第18話 転生した雀、振り向けばそこに
何がいけなかったんだろう。
私に何が足りなかったのだろう。
あんなにみんなで猛練習したのに、この体は突然いうことをきかなくなってしまった。
なんとかギリギリで曲についていった。
だから余裕なんてまったくなくて、まして楽しむなんて考えられなかった。
とにかく無事に終わってと祈った。
秒針よ、時間よ、はやく進んで。私のステップが崩れてしまうより先に、音楽よ止まれ。
その結果がこれだった。
一面には青。私の赤はどこにも咲かなかった。私は誰の目にも認められなかったのだ。
「ナナ48票、モモコ18票、ヒカル17票、ユリ17票、スズ0票」
残酷な数字が突きつけられる。
言われなくてもわかってる結果をあらためて掲示されるとキツかった。
「お疲れ様ぁ☆いやぁ素晴らしいステージだったわよ貴女たち。やっぱり私の見込んだ通りの逸材ね」
拍手をしながら階段を登ってきたのは麗子社長だ。
白黒の長髪を靡かせてキラキラと輝くキューティクル。ピンヒールは渡ってきたばかりのジョウビタキのように勝気。
絶対的なオーラは重圧になって、体は勝手に強張っていく。
「社長!」
尻込みする私たちの中で、勇気を出して前に踏み出したのはナナちゃんだった。
「私たちは5人でLittleStarsです。だからっその……たった一度のステージで得点とか関係ないと思うんです」
「ふん?つまり?」
「……スズを残してください!このチームにはスズが必要なんです!!」
項垂れた私に希望が差し込む。
仲間たちが次々と社長に詰め寄る。
「私もナナと一緒の意見です。スズが居たから、私たち、まとまれたんです!」
「実力差があったから、特にナナとは……だからずっとぎこちなくて。でもスズがナナと話してくれて、ナナがどういう子なのかわかったから!」
「そうなんです!あれがなかったら正直どうやって付き合ったらいいかわかんなかった!スズは私たちにとってかけがえのない仲間なんです!」
涙声でみんなが必死に訴えた。
あのレッスン後の会話。
ナナちゃんが何故アイドルを目指すのか。あれが一つの契機だった。
親の七光?アイドルごっこ?
そんなんじゃない。彼女の覚悟は本物でかけがえのない人を追いかける純粋な願いだった。
その夢を、アイドル虎狛ナナの未来を、私だけでなくみんなが期待して応援したんだ。
「そうね、スズの功績は大きい。そこは認めるわ」
社長の声は冷たくて暖かかった。
その声色にどことなく聞き覚えがある。
「社長ッ……じゃあスズも……」
「でもね、一度決まった結果を覆せるほど彼女のチームへの貢献度は認められないわ」
投げやりで、開き直りみたいな希望を打ち落とす一撃。それでいて、それが正しいのだという絶対的な確信。
傲慢というには烏滸がましい次元の壁を感じる。
「アイドルはステージの上が全て。私生活や努力が垣間見えることはあっても、あくまでも魅せるのはステージなの。お客様を満足に喜ばせることも出来ない今の貴女は、このチームに必要ありません」
私の存在はきっぱり否定された。
凄まじい意志と決断力だった。これは絶対に覆らない。
この人は何が何でも私を認めないんだ。
ステージ上で今の私は晒し者状態だった。へこたれる、というかもう消えてしまいたいレベルだ。
ここまで来ると涙も出てこない。
「意地悪だと思うでしょうね。ええ、現に私は貴女に意地悪を働いてるわ。貴女が苦手な試験をあえて用意したの。きっと貴女自身も気づいていない弱点を炙り出すためにね」
「え……?」
予想外のワードだった。だから、何を言っているかわからなかった。
自分ですら気づいていない弱みとは?
けれど、考えるいとまもなく、社長は私に背を向けてしまう。
「逆に言えば、あとの4人に致命的な弱点はない。そりゃ人間性に欠点はたしかにあるわよ?でもね、アイドルとしては合格点。だからデビューはこの4人だけ。理解できたかしら?」
「納得できません」
徹底抗戦。ナナちゃんは尚も引き下がらなかった。
圧倒的な強者を前にしても、彼女の光は鈍らない。
それどころか、怒りの力も手伝ってもっと強く熱く光り輝こうとする。
未来のトップアイドルの光芒。それを目の当たりにして、社長は口角をあげた。
「ナナ。貴女、スズの弱点に気づいていたでしょう?」
「……!」
その瞬間、呼吸が乱れた。
濃密な時間を過ごした私たちだ。何とか平静を装う彼女だけど、さすがにわかってしまう。
私はナナちゃんと社長の会話に耳を欹てる。
「なんのことですか。私は、そんなの……違います……」
「この期に及んで嘘はなし。貴女ほどの子が気づかないはずがないわ」
「スズの音への繊細なリアクション、そしてパフォーマンスの低下。二次審査も併せて3週間、苦楽を共にしたなら尚更、顕著にわかったことでしょう」
音、と聞いて脳内で雷鳴が轟く。
記憶の端っこ。潜在意識というのだろうか。私は雨が昔から怖かった。
時々、感じていた。手拍子や声援が雨音と重なった。リフレインしていた。
そんな馬鹿な。でも、そうとしか考えられない。
見て見ぬふりしたまま忘れようとした水槽の垢を、目の前で丹念に拭き取るみたい。
透明なガラスの向こう、あぶくのなかに、これ見よがしに浮き上がる。
「違う……わかってたけど、デビューすれば……こんなの、慣れだって……!」
「そうね、貴女は本当にそう思ったのでしょう。偽善ではなくて、友情からそうしたのでしょう。でも、本心ではわかってるはず。人前に立つ度胸、好奇の目に晒される覚悟。この世界、なりたいの気持ちだけじゃ成立しないの」
青く煌めくアイドルは俯いたまま、何も答えない。
沈黙は彼女の優しさと譲れないプライドがせめぎ合ってる証拠だ。
私が能天気に練習する傍ら、ナナちゃんはずっと思い悩んでいたのかもしれない。
「麗子社長」
思いがけない指摘をまだ上手く飲み込めなかったけれど、私は何が正しいのか考え始めていた。
このチームにとっての最良はなんだろう。
チームの雰囲気は最高だと自負している。個々の実力差も、ナナちゃんの手解きを受けながらみんなが日々高め合って更新していっている。
上に登りたいという向上心が、歌やダンスに滲み出ている。
逆に邪魔になってるモノは?
このチームにとっての不利益。まっすぐに突き進むべき光を屈折させている異分子とは-
「……私が降りれば、このチームは今よりもっと上を目指せますか?」
「スズ!?」
全員の視線が私に注がれる。自分で言っておいて無責任だけど、そんなに驚かないで欲しい。
「私はこのチームには合わない。というか、そもそも素質が欠けてた。うん。これは仕方ない。仕方ないことなんだよ」
「待って。やめてよ。諦めないでよ、スズ!」
期待してくれてる。必要だと言ってくれる。
でも、それではいけないんだ。
私が抱えているハンデ。それを清算しない限り、私が立てるステージは何処にもない。
「嘘つき」
ナナちゃんの小さな呟きを、私の過敏な聴覚が聞き逃さない。
すごく怒ってる。照れながらも夢を語り合った時の可愛い素顔とは違う、明確に私に対して失望の眼差しを向けている。
「……スズの夢は、そんな簡単に諦めがつくような中途半端なものだったの?違うじゃん、絶対。会いたい人がいるんでしょ?アイドルになって、大切な人に見つけてもらうって、そう言ってたじゃない!」
「……ッ」
痛いところを突かれた。
前世からの夢。それを最初に応援してくれた君に見つけてもらいたかった。
これじゃ叶わない。まだチャンスはあるかもしれないけど、確実に遠のいたのは事実だ。
真っ暗闇だ。
未来のビジョンが見えなくて、でも私は現状ここから抜け出すすべを持っていない。
それがどうしようもなく悔しくて、不甲斐なくて、辛くて、怖くて堪らない。
「……いや、だよ」
身を引く覚悟がぶれる。感情が爆発してついに涙が溢れてしまう。
「……ここで終わるなんて、嫌だよ。でも、このままじゃ……今のままじゃ、アイドルになんて……」
「ちょっと待ったぁぁぁあ!!!」
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