第16話 転生した雀、深淵に何を見る?
ラストの曲が終わってLittleStars全員がステージを降りる。
会場はいまだ熱が冷めないようで拍手が鳴り止まない。
どうやら私たちはやりきったらしい。
ステージ裏。スタッフが持つ懐中電灯の灯りに照らされた5人が息を切らしている。
さっきまでいた場所と違って、ここは途方もなく暗くて安心した。
安心した途端、私は腰を抜かしてよろけてしまった。
「スズ!」
驚いたナナちゃんの手が伸びてくるけど間に合わない。
後ろに倒れる私。その背中にゴツゴツと角ばった指の節が触れる。
「おい。大丈夫か」
見上げると三郎さんの顔がすぐ近くにあった。
「え、なんで……」
「顔色が悪いな。貧血か?とにかく少し休んだ方がいいだろう」
肩を支えられながら近くのパイプ椅子に座らされる。
腰を落ち着けたおかげで、呼吸が楽になって体内に血液が回り始める。
「ありがとうございます。途中から少し苦しくなっちゃって、助かりました……」
深々と頭をさげてお礼を言う。言うけれど、込み上げてくるものがあってなかなか顔を上げられなかった。
本当に情けなくて、今にも泣きそうで、どうしようもなかった。
「スズ」
LittleStarsのメンバーたちが蹲る私を囲って立っていた。
背中をさすってくれる子。手を握ってくれる子。
みんなの優しさに、ついに涙が溢れ始める。
「……ごめん。わたし……わたし、途中から……振り付けズレてたよね。フォーメーション乱しちゃって……」
「そんなことない。大丈夫だよ、スズ。練習したとこちゃんとキー出てたし最高だったよ」
「そうそう。私なんてラップパート外しちゃって、ホントはずかった!」
「私も!途中で一個歌詞飛ばしちゃって。さすがにバレてたよね。いやぁ練習通りいかないよねぇ」
みんな何かしら悔いは残ってしまったみたいだ。
たった一回の本番。そこ一点に100%の力を発揮することの難しさを実感する。
これがアイドル。
人を幸せにする人の仕事。
「LittleStarsの皆さん、もうすぐ投票の準備が整います。ステージ袖まで戻ってきてください」
忙しなくスタッフさんがやってきた。
そうだ、まだ終わってはいない。
これからが運命の投票。私たちがデビュー出来るかは、観客の一票にかかっている。
「スズ、いける?」
ナナちゃんが気遣って尋ねてくれる。
「……うん。だいじょうぶ。でもちょっとゆっくり歩きたいから、先に行ってて」
「……わかった。ちゃんと後から来るんだよ?」
「うん、ありがとう」
4人がいなくなる。
暗闇の中。私と三郎さんだけになった。
「……進行役はうちの社員だ。俺が掛け合えば投票時間を遅らせられるかもしれない」
「え……」
急に何を言い出すのかと思った。でもそれは紛れもなく私を気遣ってのことだった。
「この後もう一度ステージにあがるんだろ。そんな暗い顔して客の前に出るのか?」
「それは……」
「お前はまだひよっこなんだ。ひよっこはひよっこらしく、泣き止むまで休んで、それから人前に立ちなさい」
そう言って頭をくしゃくしゃに撫でられる。
せっかくのスタイリングが乱れてしまうのだけど、私は頭を差し出したまま動けなかった。
嬉しいはずなのに、また涙が込み上げてきそうになる。
「どうして……そんなに優しくしてくれるんですか……」
いち挑戦者である私に対してこの人の厚意は過剰にも思う。
あの名刺のおかげ?だとしたら、流石にもらいすぎだ。
小さな小鳥には身に覚えのない温情だ。
「さぁな。それは俺の方が聞きたい」
暗闇に黒い背広の呟きが溶け込む。
着ている服のせいだろうか。なんだか途方もなく大きな存在が、そこにいるような気がした。
「俺は一体、なんなんだろうな……」
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