第15話 転生した雀、それは期待と裏腹に


一時間前。


バックステージに召集された私たちは、最終審査のあらましをあらためて伝えられた。

「今から貴女たちには3曲ノンストップで歌ってもらうわ。投票は公演終了後その場で。オーディエンスが持ってるペンライトで判定します」

麗子社長がペンライトをカチカチと切り替えてお手本を見せてくれる。

5色が均等に入れ替わる。

そこに不正はなく、すべては観客に委ねられていると念を押すようだった。

「そして、今回のライブ限定になるけど仮のチーム名を用意したわ。今はまだ小さな輝きという意味で"LittleStars"よ。ちなみに個人の呼び方はファーストネームのみに限定するわ。それでいいわね?ナナ」

「はい。問題ありません」

LittleStarsの一等星が凛と答える。

もとより親の七光なんて必要ないぐらい彼女の光は眩しいけれど、公平を期すためにわざわざ設けられたルールなのだろう。

私たちはあくまで同じステージに立つ仲間。そして、同じ競争相手なのだ。

「それじゃあ後は進行役に任せて、私は客席で観させてもらうわね。みんな、悔いのないように全力を尽くすのよ」

「「はい!!!」」

背中が見えなくなるまで社長の姿を見送る。

その後ろを真っ黒な長身の背広が追いかけていく。わずかに振り返って目が合う。「頑張れよ」と口元が動いた気がした。

いよいよだ。いよいよ、今日ですべてが決着する。


「すっごい衣装まで用意してもらっちゃったね」

ナナちゃんがスカートの裾をなぞりながらモジモジと話しかけてくる。

私たちはお揃いのステージ衣装を見に纏っていた。

白を基調にアシンメトリーのドレススタイル。

胸もとには担当カラーの大振りのコサージュがあしらわれている。

ウェリングドレスを彷彿とさせる清純な佇まいだけれど、肩や足を大胆に晒して、まるで孵化したばかりのひよこのようにも思えた。

「見た目踊りづらそうだったけど、着てみたら結構可動域あるよね?」

「そうそう。さすがプロフェッショナルって感じ。あの社長のことだから、もしかしたら凄い人に頼んだのかも」

「うわぁ誰なのかなぁ〜聞いてみたいけど今はそれどころじゃないしなぁ」

ワクワクが止まらない。

緊張よりも今この場に自分が立っていることが心底嬉しいかった。

横並びに整列する仲間たちの期待と不安に溢れた表情を見て、私はいいことを思いついた。

「ねぇ、みんなで円陣つくらない?」

言うと全員がこくこくと頷く。5人の手が繋がって私たちは輪になった。

「それじゃあ……掛け声はナナちゃんが」

「えっわたし?」

「うん!いっちょ気合い入るやつ!お願いします!」

「うわぁマジか〜〜〜」

彼女は少しだけ躊躇ったけれど、目を瞑って大きく深呼吸したらすぐに決心がついたらしい。

パッと見開かれた両の目がギラギラと他のどんな恒星よりも眩しく光る。

「LittleStars。まだ仮名で、持ち歌もない。そんな誰にも知られてない私たちのために今日はたくさんの人たちが来てくれてる。まずはみんなを楽しませよう。そして、私たちも楽しもう。今日までの努力を余すことなく全てぶつけよう!」

「「うん!!」」

「LittleStarsいくぞぉ!」

「「おー!!!」」



そうして飛び出した煌びやかな舞台の上。照明は際限なく切り替わり、リズミカルなミュージックが空気を目一杯振るわせる。

客席には老若男女が所狭しと立ち並んでいた。

ぱっと見で直感する。

この人たちはライブ慣れしてる。

ラフな佇まいでそうとは予感させないけれど、鍛えられた二の腕は自由自在にペンライト操るためにある。

「はじめまして!LittleStarsです!」

「今日はこの日のためにたくさん練習してきた曲を歌わせてもらいます!」

「たぶんみんな知ってる曲なので、ペンライト振って一緒に盛り上がっちゃってくださーい!」

メンバーが思い思いに客席に呼びかけると手拍子が起こった。

ドラムのリズムはいつしか人気アイドルのヒットナンバーのイントロを奏で始める。

おおっとどよめく気配があった。

それに釣られて私のステップが僅かに外れる。

私たちの一挙手一投足に客席が反応する。

これがステージ上の景色。聴衆の目が余すことなく私たちを見ている。

視界だけではない。歌声や掛け声にも、ちょっとの違和感も聞き逃すまいとばかりに耳を澄ましている。

(あれ……)

足が竦んだ。

夢にまで見た景色のはずだったのに、楽しいステージになるはずだったのに。

審査員の前で出来たことが、なぜ、今になって体が強張ってしまうのか。

言い知れぬ困惑を誤魔化しているうちに最初の曲が終わってしまった。

「よーしあったまってきたねぇ!次の曲はちょっと難しいフリがあるけど、ついて来れるかな?」

ナナちゃんが歴戦の猛者たちを煽る。

場に慣れてるというより、もはや天性の才能だ。

私も負けてはいられない。

「私たちの自己紹介ソングです!みなさんペンライトの準備は出来てますかー!」

「「おおおお!」」

100人の歓声が五臓六腑に響く。力強い答えに私の足の踏ん張りが効かない。

これが人前に立つということ。

暗い公園で、レッスンスタジオで、家で、学校の廊下で。

黙々と練習をしていた時と違う。お客さんとの間近での掛け合い。対面のリアリティ。

嵐の中にひとり投げ出されたような心地がした。

まさか、こんなところで躓くなんて思いもしなかった。

まだ見ぬ私のファンを想像していた頃はなるほど私の都合通りだった。でも、現実の鮮明さはその想像をなんなく超えてきてしまった。

「スズ!」

間奏の最中、ナナちゃんが私の手を掴んだ。

きっと私を気遣ってくれたんだろう。私のステップは相当に崩れていたに違いない。

「次、スズの番だよ!肩の力抜いて!」

一瞬耳打ちをされて、すぐさま離れていく。

出来ればもっとそばにいて欲しかったけれど、音楽は止まらない。

私は軽く自分の胸を叩いて、なんとか落ち着かせる。

練習通りやればいい。

私たちの晴れの舞台を私の動揺なんかで止めてはいけない。

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