第4話 回想〜カラスside〜


俺の名前は矢田という。

三男坊だから下の名は三郎。実にシンプル。かつ、日本人ならば親しみある聞こえの名前である。


最初に断っておくが、この世界は各地で文明を築いた人類だけで運営されいるわけではない。

人の目には見えない神秘が混在、もしくは秘匿されて世界は回っている。

鬼、人魚、悪魔、妖精、そして神。

現代まで残ってる種はごく僅かだというが、人類の進歩に寄り添う合わせ鏡のように、人類史には必ず彼ら異形の者たちが関わってきたという。


突然のオカルト話で誠にすまない。

だが、俺という人間はこのオカルト話を交えないと語ることが儘ならないから、なにとぞ許して欲しい。


俺は矢田三郎。

由緒正しい矢田家の三男坊。あるいは、神の末席まっせき

混迷の時代。導きの神を求める一族の悲願で、つい1年前まで"我が一族の祖神・八咫烏をやらされていた"なんとも滑稽な男である。


信じられないかもしれないが、俺の人生の大半は、わずか50センチ程度の黒い鳥の姿だった…………らしい。


らしい。何故曖昧なのか。

それは、俺が生きてきた30年あまりの記憶が、人間の体を取り戻したと同時に、もろとも剥がれ落ちてしまったがゆえである。

幸い、親兄弟の顔、学んだ経験は持続して残っていたが、30年の神人生かみじんせいで築いた交友関係、会話の一切がバックアップされることなく吹き飛んでしまった。


ワケは俺のほうが聞きたい。

なんてことをしてくれてんだ、神様。

お陰で30過ぎのおっさんが、一から人生やりなおす羽目になったんだぞ?わかっているか?

そりゃ白鳥になって飛んでった浦島太郎には遠く及ばないかもしれないが、それにしたってこれは辛い。

意識を取り戻したその日。

体はあっても中身のない自分に軽く絶望したこの気持ち、この侘しさ。

一言一句、嘆願書にしたためて、その神様ってやつに送りつけてやりたかった。


とはいえ、何故か心のうちに不思議な達成感があることに、まもなく俺は気がついた。

何を為したのか。当然、記憶にはない。しかし、俺はたしかにその何かを成し遂げて、人間に戻ったのだという自負があった。

目的は果たした。

もう俺は神でなくていい。

神となるべくして産み落とされた俺は、存在の意味を失ってもなお、まだこの世に留まっている。

途絶えるはずだった約束の先の未来。続く道行を指し示されても、俺はどうしたらよいのかイマイチわからなかった。


あれよあれよと、半年が経過した。

二足歩行の人間の歩き方とか発声とか手の動かし方とか、いろいろ取り戻した俺だったが、仕事はせず毎日部屋に閉じこもってネットばかりを漁っていた。

驚くことに東大合格レベルの学はあった。その気になれば兄たちと同じ仕事だって出来るかもしれない。

だのに、俺は何のやる気も起きなかった。

神としての役目を終えた俺は、人間として生きるビジョンがまったく浮かばない。

綺麗なもの、美味しいもの、楽しいこと、スリルのあるもの、この世には驚きと発見がたくさんあるらしい。

そう、頭ではわかっていても、体が動かない。自然と目を伏せてしまう。

しかしながら、いつまでもプー太郎生活はいかがなものか、と危機感はあった。

いくら兄たちが優秀で金に困ってないにしても、無賃で衣食住を与えられてるのは気がひける。

何でもいい。オフィスワークでも、重労働でも、文句は言わない。とにかく働かなければ。

そんな経緯から、求人募集をネットでしらみつぶしに検索している時だった。


あの人から着信が入ったのは。



「もしもーし!あっ三郎くーん!おひさー!元気してるぅ?」

スマホの画面には見知らぬ番号。

そして、知らない女の声。

いや、以前の俺は知っていたのかも知れないが、今の俺には皆目見当のつかない自称友人からの電話だった。

何と返したらいいか。

申し訳ない。記憶をなくして貴女のことも覚えてないんだ、なんて開口一番言えば、必ず相手を傷つけてしまう。

俺が言い淀んでいると、スピーカーの向こう側で大きな笑い声がした。

「アハハッごめんなさいね、貴方に記憶がないのわかってるのに、今のは意地悪すぎたわ。いやぁでもよかったわねぇ、人間に戻れて。、それでも貴方に起きた奇跡を祝福しようと思ってね。勇気出して電話してみたのよ、私」


……今なんて言った?

神?神と言ったのか?

俺は人間の声帯を不器用に震わせる。

「あなたは、おれの、なんだ?」

「あー勘違いしないで?断じて貴方の

フィアンセとかではないわ!……そうね、千年以上生きてると色んなことがあるけど、貴方は中々にレアケース。だからちょっとだけ相談に乗ってあげてた間柄って感じ?神としての基本とか極意とか、もろもろ直伝したりぃ?……なーんちゃって☆えへっ」


ずいぶんハイな神だった。そして、妙な口調が俺の混乱に拍車をかける。

この人は、この神は、間違いなく俺の過去を知っている。

聞けば答えてくれるだろうか。

いや、そもそも、聞いて何になる?俺は一体どうしたいのだろうか?


「ありゃ?また悩んでる?せっかく元に戻れたっていうのに、貴方の悩みは尽きないわね。うーん、本当ならこれっきりだったんだけど、私たちまぁまぁ長い付き合いだし、悩み、また聞いてあげようかしら?」

「……おれは」

確かなことは、立ち止まるのが嫌だということ。

暗い部屋でひとりきり。なんとなく、閉鎖的な場所は苦手だと体が言っているので、早めにここは出た方がいいと思う。

兄たちに頼らずに自立して、地に足をつけたい。

まずはそこから。考えるのは二の次でいい。

「家を出たい?あーそれはまた唐突な反抗期……えっ違う?……仕事がしたい?……うんうん。へぇーなーんだ、そういうことならお安い御用よ!」

短絡とも楽観とも取れるほどに、答えまでは早かった。

謎の女神は大して考える素振りも見せず、解決策を打ち出した。



「私のとこに来なさい、三郎。ウチはいつでも人材不足でね。ちょうど三月前にひとり抜けて結構逼迫してたとこなの。いきなり穴埋めとまでは言わないけど、貴方なら適任だわ」

そうと決まれば、と言った感じで電話の向こうが慌ただしくなる。

一体彼女はどこにいるのか。そもそも何をやっている人、いや、神なのか。

「お兄さんには私から話しつけてあげるわ。浅からず面識はあるし。そうそう、この間もウチの子たちを宣伝ポスターに起用してもらってね、色々お礼したかったのよ。あーちょうどいいわ、うんうん!」

「ちょっ……はなしが、みえない。あなたは、なにを、されてるかたなんですか?」

「あっそっか言ってなかったけ?私、芸能事務所の社長なの。あー、神なのにぃとかそういうのなしよ?あと年齢詐称してるのも内緒ね?それさえ守ってくれれば、即内定出してあげるわ」

俺の知識というか常識がちょっと焼き切れそうになる。

何を言っているのか、この人は。いや、神だった。

なんかいろいろモラルとかルールとか大丈夫か。俺が知りうる限りだと、アウトすれすれのリプレイ検証ものだ。



「人のために散々人生捧げてきたんだもの。やんちゃな子達をまとめるのなんて、今更お手のものでしょ?」

傲慢極まりない女神は、そう言い残して手前勝手に電話を切った。

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