第3話 転生した雀、不審者に遭遇する


高身長だ。そして、黒の背広だ。

歳は30くらいかな。

この街はベッドタウンだから会社帰りのサラリーマンは珍しくもない。

けれど、明らかに不自然なものを持っていた。

光る棒ではない。

あれは、バドミントン?

特徴的な長いラケットを、剛腕にものいわせて凄まじい勢いで素振りをしている。


ブン、ブン、ブン、ブン!!!


え、なんで?夜の公園で大の大人がバドミントン。しかもおひとり様。

自主練にしたって、練習用のウェアを着ればいいのに、なぜに背広のまま?

疑問符が大量に湧き出て、私はダンスどころではなくなってしまった。

観察していると、ふいに男の人はくるっと反転して、自分のカバンを漁り始める。


あっシャトルだ。シャトルも持ってるんだ。

白い羽根のついたやつ。

正直なところ、私はあれが嫌い。前世の記憶ゆえか、なんだか鳥がラケットで叩かれてるみたいに見えてしまう。

しかもあの人。全身真っ黒だからまるでカラスみたい。

ラケットで小鳥をいじめるカラス。うわ、せめてジャケットだけでも脱いで欲しい。

パシッ!ポス……


当たり前だが、練習相手がいないので打ったシャトルは自分で取りに行かないといけない。

まして全力のスマッシュ。

遠くに飛ばしたシャトルを小走りで取りに行くサラリーマン。

せめて、予備のシャトルを持ってくればいいのに一つしかないらしい。

シュールすぎる光景を、私はいつしか音楽を止めて凝視していた。


何度目かのスマッシュの軌道が斜めに逸れた。私の足元にシャトルが舞い込み、男の人と目が合う。

「……えっと、お取りましょうか?」

そう言って拾って手渡してあげる。すぐ近くで見ると、二重瞼で鼻筋が通っていたのでびっくりした。

頬がコケ気味だけど、学生時代はさぞモテただろうなぁと思わせる風貌だ。

「あぁどうも」

そっけない返事。でも普通に話したら案外声は高めかな。それとも子供相手であえて声色を変えているのか。

まぁなんだっていい。今の私はそれどころではないのだ。

思わず見入ってしまったが、早く自主練に戻らねば。そう思って再生ボタンに親指をかざした時だった。

「君は学生か?」

「えっ」

慌てて指を離す。今度は私の声が上擦った。

「そ、そうですけど……それが何か?」

最初のいやな予見が脳裏をよぎる。

誘拐、もしくは売春?こんな暗い中ひとりでいる私も悪いが、公然の面前で堂々と犯行に及ぶつもり?

あれこれ考えて身構える。

そんな私の様子に気づいたのか、真っ黒な不審者はかぶりを振った。

「あぁ、いや。……俺はただ、遅くに子供がひとりで出歩いていてるから、親御さんは心配してないだろうかと、大人として最低限の注意をしたまでだ。そんなあからさまに怯えないでくれ」

そうは言っても問屋はなんとやら。

初対面の男性に夜の公園というシチュエーションだよ?

信用してくれと言って信用する馬鹿はそうとうの馬鹿だ。

「あ〜ぁその顔、完全に不審者扱いだなぁ。仕方ない。ちょっとまってろ、とりあえず身分の証明になるものを……」

サラリーマンはポッケを漁り始める。

待ってる義理はないので、そろりそろりと後退り。

一歩後退するごとに「いや、ちょっと」「たしかこのあたりに!」と右往左往。

なんだか面白くなってしまって、行ったり来たりを繰り返して遊んでいるうちに、「あったあった!」と小さな白い紙を差し出してきた。


名刺だ。

高校生には縁遠い大人社会の身分証明書だ。

「セキプロダクション株式会社 マネジメントの矢田だ。ダンスやってるってことは、少なからず芸能に興味があるんだろう?なら、ウチの名前ぐらいは当然知っているじゃないか?」

「セ……はぁ!?」

音で聞いて、文字で見て、もう一度と読み返してギョッとする。

知ってるも何も、老舗芸能事務所である。

小さいながらも演技派俳優やドーム公演を成功させるアーティストが多数所属している。

名刺の名前と男を見比べる。と言っても、名刺に顔写真がついてるわけではないので、本当に同一人物か怪しいものだ。

偶然拾った名刺の可能性だってないわけではない。

「もしかしてまだ疑ってる?最近の子供は疑り深い……いや、慎重なのか。ほら、こっちなら写真付きだ。これで満足か?」

今度はネームプレートと社員証。名刺と同じ『矢田三郎』という名前が真ん中にふんぞりがえっている。

「ほんとだ……あのセキプロの社員さん???えっ凄っ!マ!?」

「凄いかどうかは入社したばかりで正直わからんがな。この業界入るまで全然畑違いのとこにいたし。とりあえず、名前は見劣りしないと思って提示してみたが、君には効果覿面だったわけだ」

「え、おじさん、中途採用?もしかしてヘッドハンティングってやつ?」

「いやいや、そんな大そうなもんじゃない。話せば長くなるが……んん〜なんというか、ありていに言えば…………"天下り"?」

「は?」

「……すまん、今のなし。単純にセキ社長と顔見知りでコネ入社だ。言いにくい理由で見栄張った」

バツが悪そうに三郎さんは訂正する。

あんまり恥ずかしかったのか、急にネクタイを目一杯緩めている。

さっきのバドミントンの時からそうすればよかったのに。変わった人だ。

「私にはよくわからないけど、大人って大変そうですね」

「……その物言い、余計な気を遣わせた気がするな。いや、それはそうと、なんだったか……あぁそうだ。練習熱心なのも結構だが、親御さんは心配してないのか?明日も平日だし学校じゃないのか?」

「えっこの期に及んで話戻すんですか!」

私すらなんの話だったか忘れてた。というか、今は気になることが多すぎてそれどころではない。

「おじさん、わかってる?セキプロダクションだよ!あのクリアエイトの唯亜ちゃんも所属してるセキプロ!なんでそんな呑気なんですか!あと、何でバドミントンなんかしてるんですか!」

そう、セキプロといえば唯亜ちゃん。唯亜ちゃんといえばセキプロ。

研究生含め60人強のクリアエイトは、メンバーが各々別の事務所に所属している。セキプロには唯亜ちゃん含め5人が籍を置いているはずだ。

「お、おう……なんだ、急に大声出して?」

「そりゃ声も大きくなりますよ!だって憧れのアイドルとおんなじ職場とか……あぁダメ。想像しただけで目が回る!

なのに、おじさんと来たらなんですか!もっと己の仕事に誇りと敬意を持ってください!でないと私が泣く!」

「えぇ……」

オタクの熱弁に非オタクの一般人は完全にドン引き。

でも私だって譲れない。

憧れの職場。憧れのアイドルのすぐ近く。コネ入社?なんだそれ美味すぎる。

美味すぎるけど、それはいいんだ。

ようは中身。仕事に向き合う誠実性と信念。それさえあれば、私だってこんなに食ってはかからない。

「まさか事務所の名前を明かしただけでこんなになるとは……とりあえず謝罪はしよう。すまなかった。あと泣くのはやめろ?警察沙汰は社会的に終わるからマジで勘弁だ」

そう言って三郎さんは深々と頭を下げる。

大の大人の謝罪を目の当たりにして急に熱が冷めた。私はチラリと公園の外を見る。入り口に男女が数名、こちらの様子を訝しむように伺っている。

「…………はっ、ごめんなさい!私つい、カッとなって……」

子供が大人を脅すなんて、そんなつもりはなかったけど、実際そうなってしまったんだから取り返しがつかない。

どうしよう。どうしよう。

パニックになって、思わず涙がこぼれ落ちた。

「って!言ってるそばから泣くなよ!馬鹿ぁ!」

「あああ゛ぁごめんなさい゛ぃ!」


そのあとはもう練習どころではなく、おじさんが職質されないようすぐに別れてしまった。

逃げるように公園をあとにして、しばらくひとりでトボトボ歩く。

夜風が坂道を吹き抜ける。

ふと、貰った名刺を右手に握りしめたままだったことに気がついた。

「あ、これ……」

名刺とは配るものだから返す必要はない。ないのだが、なんとも面目ない気持ちで背中が丸くなってしまう。

赤の他人とはいえ、私の大好きなアイドルに由縁のある人物。向こうはどうだか知らないが、私は勝手に運命めいたものを感じていた。


「また、どこかで会えるかな?」


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