第二十六話 同棲

「リファ?起きた?」


 泰久はリファに向かってそう聞く。


「……うん」


 リファは暫く泰久の方を見つめた。


 不審に思った泰久は聞く。


「何かあったの?嫌な夢を見た、とか?」


 リファは笑う。


「違うよ?どっちかって言うと……良い夢かな?思い出だし」


 それを言うと、泰久は少し不機嫌そうな顔をする。


「思い出か……それって、どんな人との?」


 顔を寄せて泰久は聞く。


 リファは口角を上げた。


「何?嫉妬してたり?」


 動揺したように泰久の目が泳ぐ。


「いや……何というか……その……」


 リファはケラケラと嬉しそうに笑いながら言う。


「私は嫉妬されても気にしない……っていうか、泰久にならむしろ嫉妬して欲しいくらいなんだけど~」


 リファの様子に泰久は眉を顰める。


「リファ……何か変わった?やっぱり夢の内容が変だったんじゃ……?」


 目覚める前と大きく人が変わったようなリファに不信感を抱いた泰久が聞く。


「ん?……あ、そっか。そうだよね……」


 リファはその言葉を聞いてしおしおとする。


「うん。そうだよね!やっぱり過去は気にせず進むことにするよ!」


 リファは喋り方を元々の様子に泰久の方に向き直る。


「そうそう、そういう感じ……リファってそんな感じだったよね」


 泰久は元に戻ったリファの頭を撫でる。


 ニコニコと満足そうにリファは泰久の方に近寄った。


「あ、そういえば、これからどうするの?もう夕方だけど……」


 泰久は空を指差しながらリファに聞く。


「え、嘘?!もうそんな時間?!」


 リファは辺りを見回す。


「本当だ……どうしよ……一応ホテルは取ってあるけど、ちょっと遠いんだよね……」


 リファは頭を抱える。


「……」


 それを見つめていた泰久は、少し考えてから口を開いた。


「その場所ってどこ?」


 泰久は聞く。


「え?あっちの方だと思うけど……」


 リファは指差す。


 泰久はリファを抱えた。


「え?え?え?」


 リファを持ち上げて、屈伸運動を始める。


「飛べるかな……?」


 根拠のない自信と共に、泰久は飛び立った。


「キャ♡」


 リファは妙に嬉しそうな悲鳴を上げた。


(……あの辺りで一旦降りた方が良いかな?)


 泰久の目の前にはどこかの入り口のような門が有った。


「ちょっと降りるよ」

 

 そう言って地面に降り立つ。


 門の前に立った時、泰久は数多の銃口が自分に向いていることに気が付く。


「……これは、何かな?」


 リファの前に立ってそう聞いた。


「えっとね……これは多分……都市の防衛システム……とかじゃないかな?うん、多分そうだと思う」


 リファは答える。


『まず目的を言え』


 銃口の後ろにあるスピーカーから声が聞こえた。


「困ったな……リファ、ホテルのチェックインの時間まであとどれくらい残ってるの?」


「えっとね……ちょっと待ってね……うん、今から二時間以内に行けば大丈夫みたい!」


 泰久達は、問答を続けることにした。


 ――――――――――――――――


 結論から言うと、泰久達は何の問題もなく解放された。


 いや、厳密には【何の問題もなく】という訳には行っていないが、ホテルの時間に遅れることも無く、どこかの牢獄に捉えられることも無かった。


「ふぅ……今日は疲れちゃったね……」


 部屋に入って椅子に腰かけた泰久は真っ先にそう言った。


「そうだね~なんか……その、ごめんね。私が眠っちゃったせいで色々と予定が狂っちゃって……」


 その後ろから入って来たリファはそう謝る。


「いやいや、ずっと僕のお世話を任せちゃってたから疲れてたんでしょ。僕もごめんね。気付けなくて」


 泰久は特に気にするでもなくそう返す。


「あ、そうだ。このお部屋、が付いてるから、泰久は先に入ってて。私は荷物とか片づけたら入るから」


「いやいや、荷物の整理は僕もやるって……疲れてるのにそんなに仕事ばっかり任せたら大変でしょ?」


 一人で荷物整理をしようとし始めたリファに対して泰久はそう言う。


「だーかーら、泰久は私にお世話されるの!そうじゃないと満足できないの!」


 リファは少し怒ったような口調で返した。


 不審に思いながらも、リファの望みなら……と泰久は風呂に入る準備を始める。


「うん……じゃあ、そうさせてもらおうか……」


 泰久は恐る恐る準備を進めていった。


 脱衣所で自分の服を籠に入れ、風呂場に入る。


『ゴメン!!お風呂のお湯張るの忘れてた!』


 風呂場の外から叫ぶようなリファの声が聞こえる。


「大丈夫。どこを操作すればお湯を張れるかだけ言ってもらえれば自分で出来るから!」


 泰久は風呂場から答えた。


『そう?本当に大丈夫?じゃあ、今から言うよ?』


 リファはそのまま話し始めた。


『まず、真っ黒なパネルが有るでしょ?そこに触って』


 風呂場の壁に貼り付けられているパネルを見て泰久はそれに触れる。


「あ、動いたよ。次はどうすれば良いの?」


『次はね、後ろに立体映像ホログラムが現れるはずだから、そのパネルの中の【風呂を起動】っていうボタンを押して。色は青色の筈だから』


 後ろを見ると、確かに巨大なパネルのような立体映像ホログラムがあった。


 所定のボタンを押すと、突如大きな音が響く。


「うわっ!……何これ?」


 振り向いた泰久の目の前にある風呂の中には、いつの間にか十本弱のノズルが現れていた。


 そのノズルからお湯が出てくる。


『出来た?一応ボタンを押したら二、三十秒くらいでお風呂が沸きあがるはずなんだけど……』


「あ、うん。なんか大丈夫そう」


 泰久の目の前では、湯船の水位がどんどん上がっていた。


「確かに、この分ならあと十秒もあれば湧きあがりそうだね」


 泰久は少し待った後、お風呂からお湯をすくって自分の体にかける。


「……ふぅ」


 泰久は風呂の中で一息ついた。


「このお湯、感触が独特だな……」


 泰久は風呂の湯を触ってそう呟く。


 風呂の湯には少し粘性があり、すくい上げてもすぐに下に落ちることは無い。

 

 そこで、泰久はあることに気が付いた。


「そういえば……に居た時は僕の思考を読み取って機械が色々とお世話をしてくれる感じだったけど、このホテルは違うね」


(首都みたいな【あっちの場所】に使われてる技術が凄いのか、それともこの場所に使われてる技術が遅れてるのか、どっちなんだろう?)


 頭の中でなんとなくの結論を出しながらも自問する。


「ま、いくら何でも空中を少し操作するだけでお湯が出てきて、湯船を張れるだけのお湯が数秒で出てくるこのホテルの技術力が劣ってる…………なんてことは無いでしょ。多分あの……首都?みたいな場所がこれ見よがしに最新技術を使っていただけか」


 しばらく湯船の中で考えてから改めて結論を出した。

 

(……上せてきたし、そろそろお風呂から上がろうかな?)


 泰久は湯船を出て、蓋を探す。


「あれ?無い……」


 しかし、いくら探しても浴槽の蓋は見つからなかった。


 あまりにも見つからないので、不安になってリファに聞く。


「ねえ、リファ?お風呂のフタってどこにあるか分かる?見つからないんだけど」


 恐ろしい速度で脱衣所のドアが開く音がして、リファの声が聞こえる。


「あのっ!えっとね!お風呂は……蓋を閉めなくても勝手に後始末をやってくれる……はず。あ、でも、あとで私も入るから、お風呂から出る前にパネルを操作して、モードを『継続』にだけしておいて!」


 リファは脱衣所からそう言って、ドアを閉めた。


「了解。『継続』……ね」


 泰久は先ほどと同じように立体映像を操作し、言われた通りに準備をしておいた。


「……上がるか」


 ――――――――――――――――


「どう?お風呂、楽しめた?」


 リファは脱衣所から出てきた泰久にニコニコしながら質問する。


「え、あ、うん……楽しめた……けど……」


 突然そんなことを聞いてくるリファに面喰いながらも泰久は答えた。


「え……あの、ゴメン。何か、不満だった?嫌なら、次からお泊りするときは別のホテルに変えるから、私も気にしないし、遠慮せずに言ってね?私、泰久に我慢させるのは嫌だから」


 リファは必死にそう言ってくる。


「いや、別に何か不満があったわけじゃ……むしろ楽しめたし、リラックスできたけど、そう言うリファは何か気になることあったの?」


 不審にも思えるリファの態度に泰久は質問し返した。

 

「あるわけないじゃん!泰久が満足できた場所で私が満足できないことなんて!」


 リファは語気を強めながら言った。


「え、あ、うん……分かった……」


 少し違和感を感じながらも泰久はそう返す。


「じゃあ、泰久も満足できたみたいだし、私もお風呂に入って来るね♡」


 リファはそう言ってバスケットを持ってスキップしながら脱衣所に向かった。


 ――――――――――――――――


「♪~」


 リファラウスはかなりご機嫌な様子で湯船に浸かっていた。


「喜んでくれたかな〜♪」


 身体を念入りに洗いながらリファは顔を綻ばせる。


 気分は最高潮だった。


 自分の用意した環境で泰久が満足している。


 喜んでいる。


 リファはそれだけでこの上ないほど嬉しかった。


「他にはどういうことをしてあげれば良いんだろ~?」


 リファは泰久に何かしてやれることは無いかと考える。


「う~ん……泰久が喜ぶこと……あっ!」


 リファはあることを思いつく。


 しかし、すぐに思い留まる。


「う~ん……でも、準備が大変そうだな~」


 しばらく悩んだ後にリファは決断した。


「よし!頑張って準備して、泰久に驚いてもらお!」


 リファは風呂場の椅子に座っておー、と拳を突き上げる。


「さて、計画も練ったことだし……私もちょっとくらいご褒美を貰っても……良いよね?」


 リファは湯船を見つめながらゴクリと唾を飲む。


 そろりそろりとお湯の中に入り、浴槽で両手両足を思いっきり伸ばす。


「はぁ~♡残り湯さいこ~♡」


 リファは、お湯を自分の体に練りこむように自身の体を撫でまわす。


「やっぱり泰久にお湯を残しておいてもらって良かった~。おかげで全身に泰久の余韻が入り込んでくる~」


 湯船の中をゴロゴロと転がりながらリファは呟く。


「泰久ぁ……」


 自分の体を抱きしめてグルグルと回った。


「明日からは私のこと、もっと見てくれるかな?」


 リファは期待を込めて、虚空にそう言った。

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