第二十話 見学会
『撤退?!』
光沢は軍からの司令を聞いて内心驚いた。
周りを見渡すと、やはり皆不思議に思っているようだ。
「その……どうして急に撤退を……?」
その内の一人が勇気を出してそう聞く。
若い上官はそれに答えた。
「あのな……お前は分かってないかもしれないが、軍において
上官は少し睨みながらそう言った。
「は、はい!申し訳ございません!」
聞いた補給員は大慌てでそう答える。
(やっぱり、一介の補給員程度に情報が回ってくる訳が無い……か。けど、このまま何も知らずに撤退するのはちょっと不信感があるな……)
光沢は、今の時点で僅かながらウァルス帝国に不信感を抱いてしまっている。
そんな状況下でウァルスが自分の理解できない行動を、何一つ説明せずに取ったら不信感は強まるばかりだ。
(もどったら誰かに話を聞いて……いや、無理だ。)
光沢は政府の中枢部とも関わりがある。
しかし、それは主に行政、つまり軍事以外の政治を執り行う部署との間だけだ。
光沢には軍部の情報を得るためのパイプが何一つ無かった。
(もどったら自力で調べるしか無いか……自由時間、取らせてもらえるか……?)
光沢は不安に思いながらも撤退の準備を始めた。
――――――――――――――――――――――――
「お疲れ。実際に経験して、戦場はどうだった、光沢?」
ウァルス帝国の中心部に戻り、メギドに会いに行った光沢はそう質問される。
「いえ、俺が配属されたのは補給部隊ですから……とてもまだ『実際の戦場を体験した』と呼べるものじゃあありませんよ」
光沢は少し遠慮がちにそう言った。
「いやいや、後方でもちゃんとした戦場だぞ?そこに大した優劣は無ぇ」
メギドは励ますように言う。
「……そうですか」
光沢は俯きながらそう答えた。
それを見て、あ〜、と頭を掻きながらメギドは伝えた。
「お前な、そんなに年行ってねぇだろ?」
「え?はい……まあ、そうですけど……」
光沢は頷く。
メギドは椅子から立ち上がり、持っている本で光沢の頭をコツンと叩く。
「ガキが大人のことを気遣うな」
メギドはそう言った。
光沢は少し焦ったように答える。
「いや、別に気遣っていた訳では……」
「嘘つけ。絶対気遣ってたぞお前。顔に出てた」
光沢の言葉はすぐさま否定された。
「あのな、お前が自分で色々と決めたいのも自分で決めなくちゃいけない事が沢山あるのも分かる。けどな、お前、今何歳だ?」
「今年で16になります」
メギドは少し驚いたような顔を見せる。
「そうか……16か……まあ、そっちの元々居た世界で16歳ってのがどのくらいの歳かは分からねぇけどよ、少なくとも俺達の世界では16ってのはまだまだガキだ。そんな奴が色々背負おうとするな。その……なんだ、
メギドは光沢に言い聞かせる。
「……分かりました。今後は気をつけます」
ちゃんと分かってんのか〜?というメギドの声を後ろに光沢はその部屋を去ろうと動いた。
「あ!それとお前、暫く休暇だから!」
メギドが思い出したようにそう言う。
「え?休暇ですか?」
光沢は驚いてそう聞く。
「ああ、なんか分からんが
「はい?」
光沢は自分の扱いに少し驚く。
「ん?何をそんなに驚いてるんだ?」
メギドはその光沢を少し不思議そうに見つめながら言った。
「正直、俺のことはもう少し……なんというか、雑に扱ってくると思っていたので少し意外なように思っていまして……」
光沢が遠慮がちにそう言う。
「いや、いくら何でも『超人』をそんな奴隷みたいな扱い方する奴はいねぇだろ。後々反乱でも起こされたら大変だし。そういう使い方をしたいんなら普通に奴隷を買うと思うぞ」
「まあ、それもそうですよね……ん?この世界って、奴隷制が残ってるんですか?!」
光沢はメギドの言葉から気になる言葉が出た事に気が付き、そう質問した。
「残る……?ああ!お前の元々居た
「はい。僕の生まれてくる随分前に国際的に禁止されたはずです……勿論、まだ世界の何処かでは
光沢はメギドにそう言う。
「へぇ、そうなのか……じゃあ、丁度いいじゃねぇか!」
「丁度いいって、何がですか?」
『奴隷』という言葉に『丁度良い』という肯定的にも聞こえる言葉を使ったメギドに対し、光沢が不機嫌そうに眉を顰める。
「お前、観光に行くんだろ?じゃあ奴隷の働いてる所に行ってみるのも良いんじゃねぇのか?知らねぇことはどんどん学んでいった方が良いと思うぜ」
光沢は、少し考える。
(俺はこの世界について、まだ殆ど何も知らない)
メギドの言葉に頷く所のあった光沢は、奴隷の働いている場の見学に行くことを決めた。
「そうですね。行かせていただくことにします。具体的には、どこに行けば良いんでしょうか?」
光沢はメギドに質問する。
「そうだな……この国の中にもそういう場所があるから、そこにしたら良いんじゃないか?そこなら多分お偉いさんに申請を出せば通ると思うぞ」
メギドはそう言った。
「そうなんですか?」
「ああ。これでも俺は使える権限は多いほうだからな。そのくらいならどうとでもなる」
メギドはそう言う。
(この人、そんなに権限が強かったんだ……全然知らなかった……)
光沢は驚く。
「でしたら、お願いします」
光沢は頭を下げた。
「そんなポンポン頭を下げんな。遜る癖を付けちまうと後々大変だぞ?」
メギドは光沢の頭をポンポンと叩きながらそう言った。
「……ご忠告、ありがとうございます。気をつけさせていただきます」
メギドはそう言った光沢を、困った顔をしながら見送った。
――――――――――――――――――――――――
「奴隷か……」
光沢は自分の部屋に戻りながらそう呟いた。
(僕の常識の中では『奴隷制』は許されないことだ)
(けど、それはあくまで向こうの世界で生きてきた『僕』の意識の中の話だ)
(この世界での常識に慣れる、っていう意味も含めて奴隷市場を見に行くのは良い機会かもしれない)
光沢は一人でそう考える。
そのまま自分の部屋に着いて、光沢はシャワールームに向かう。
(今日はお風呂でゆっくり考え事をしたい気分だな……)
光沢が頭の中でそう考えていると、浴室の方から何やらガタガタと音がする。
『浴槽の組み立て、及びお湯の準備が完了いたしました』
「あ、ありがとうございます」
光沢はそう言って浴槽に向かう。
(それにしても、恐ろしく便利だな……自分の頭の中で考えただけでその望み通りに事が運ぶなんて……)
この部屋の外もそうだったら良かったのにな、と柄にもなく弱気になりながら光沢は服を脱いだ。
身体を軽く洗い、浴槽に浸かる。
「……ふぅ」
独特の感触のするお湯を持ち上げながら光沢は深く息を吐いた。
「奴隷……奴隷か……」
光沢は記憶の底から『奴隷制』のイメージを引っ張り上げる。
(やっぱり北アメリカやアフリカの農園奴隷がイメージとして出てくるな……後はロシア帝国の農奴くらいか?)
光沢の頭に浮かんだ『奴隷』の姿は農園や鉱山などの過酷な環境で延々と働かされているものだった。
(この世界での奴隷も似たようなものなのか、それとも、もっと
「まあただ、実際に見てみないと分からないこともある。自分の目で確かめる前に変な先入観を持つのもあんまり良くないかもしれないな」
光沢は風呂の中でそう考えた。
暫くお湯に浸かりながらゆっくりしていると、光沢はある1つの違和感に気が付く。
「……全然上せないな」
先程からずっと風呂に入っているが、全く上せる気配がない。
「別にお湯の温度が低いとかそういう訳では無さそうだけど……」
光沢は不思議そうにしながらお湯をすくった。
「……うん。普通に温かいな」
(だとしたら、俺の身体がおかしいのだろうか?)
浴槽の中で暫く考えるが、結論は出なかった。
「……これ以上は考えても無駄だな。明日に回そう」
光沢は風呂を上がり、寝るための服へ着替えた。
――――――――――――――――――――――
「よし!許可取れたぞ!明後日から行って来い!」
メギドは光沢を自分の部屋に呼んでそう伝えた。
「明後日からですか?!」
光沢は驚いて大声を出す。
「ああ。直近の
メギドが言った。
「?でも、元々予定してたのは【奴隷が働いているところ】を見に行くことですよね?」
光沢は首を傾げながら言った。
「ああ。だが、市場の方も見ておいたほうが見聞が広まるのもまた事実だろう?」
そう言ってメギドは光沢の脳内に情報を送る。
「これは……地図、ですか?」
「ああ。お前、あの辺の地理に詳しくねぇだろ?だから俺が教えておいてやろうと思ってな」
「なるほど……」
光沢は納得したように頷く。
「って訳だ。お前の他にももう二、三人くらいは連れて行っても構わんらしいが、どうする?」
メギドはそう選択を迫ってきた。
「……いえ、俺一人で行きます」
(清水くんは精神病棟に入っているらしいから、とても
(凛も、連れて行くには少し不安がある)
(僕一人で行くしか無い)
「そうか。まあ、その場合も
メギドはそう言う。
「ところで、どこの……
「お、そうだな。まだ地図に目的地を載せてなかった……これで行けるか?」
泰久の頭の中の地図に赤い点が追加された。
「ここに行けば良いんですか?」
「ああ、そうだ。じゃあ明後日までにちゃんと準備しておけよ?」
メギドはそう言って、光沢に部屋の外へ出るよう促す。
「それでは、失礼します」
光沢はその部屋から出て呟いた。
「……随分、早いな」
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