第二十一話 商談

「出発……今日、だよね?」


 板倉は光沢の部屋を訪れていた。


「ああ。とは言っても、前とは違って危険な場所に行くわけじゃないからそこまで心配する必要はないと思う」


 光沢は安心させるようにそう言った。


「そうは言っても……やっぱり奴隷市場って治安の悪い場所にあるんでしょ?他の人に聞いたよ?本当にそんな所に行っても大丈夫なの?」


 板倉はまだ不安そうに聞いてきた。


「いや、だから大丈夫だって。別に殺し合いに行くわけじゃないんだし」


 光沢はそう言って、なだめる。


「っ!なら、もう、それで良いから……」


 板倉は俯きながら部屋へ戻っていった。


「……どうしたんだろう?妙に不安そうだな」


 光沢はこの異変に気付かない程鈍感では無かった。


「今凛が不安に思っていること……身の振り方……かな?」


 少し自信はなさそうでありながらも一応の結論を出した。


(まあ確かに、俺が何かしらの功績を上げ続けなければ凛や清水くんはすぐにでもされてしまうだろう)


 いや、と考え直す。


「放逐されるとしたらそれでもまだマシな方か」


(今後何処か他の国に拾われてその国の戦力が増えるのを防ぐために凛達をしにくるかもしれない)


(例え凛達が戦力的に使い物にならず、他の国に取られても戦力的に問題がなかったのだとしても、凛達は今国の中央部で過ごしている)


(場合によっては時刻の機密情報が敵国に渡るかもしれないから、それを防ぐ為に凛達を処分しに来る可能性は十分ある)


 自分のせいで板倉が死ぬ可能性も見えた光沢は一層気合を入れる。


「とにかく、俺が『有用性』をアピールして、早く【凛と清水くんの安全を保証する】っていう要望を通せる位の立ち位置にならないと」


(今回の見学は俺の評価に直接影響はしないだろうけど、見聞を広めておけばアピールできることも増えるはずだ)


 クラスメイトを守る為に、光沢は集合場所へと向かった。


 ―――――――――――――――――――――


「お、来たな。じゃあこっちに乗ってくれ」


 集合場所で光沢を見つけたメギドはそう言った。


 光沢はメギドに示された車に乗り込み、ドアを閉めた。


「ああ、それ、自動で閉まるからわざわざ手を当てなくても良いぞ」


 光沢はそれを聞いて手を引っ込める。


「よし。それじゃあ行って来い!」


 メギドが窓越しに言った。


「……え?一人なんですか?」


 光沢は驚いたように聞く。


「いや、もう一人居るぞ。車の中に居なかったか?」


 メギドの反応を訝しみながらも光沢は車内を見渡す。


「やっぱりいませ……ん?」


 車内をじっくりと見ていると、前の座席に違和感を覚えた。


(何だ……今の感覚?)


 もう一度前の席をよく見る。


 じわり、と空間が少しにじむと一人の少女が見えてきた。


「うわっ!」


 光沢は驚いて後ろのけ反る。


「……」


 少女は何も言わずに座っていた。


「あの……あなたは……?」


「お!見えたみたいだな。そいつが今回お前と一緒に奴隷市場を見に行くことになっている。ちゃんと仲良くしとけよ?」


 メギドはそう言ってどこかへ去っていった。


「……あの、よろしくおねがいします」


 光沢は座っている少女にそう言った。


「……」


 少女はチラリと光沢の方を見て、また顔を戻す。


(……あんまり上手く話せないな。一緒に市場を見に行くんならもう少しちゃんとコミュニケーションを取れた方が良いと思うけど……)


 光沢は話しかけるタイミングを伺いながら黙って椅子に座り続ける。


(この車、窓がないのか。もしかしたらそれを話題にできるかもしれないな……)


 車内を見渡して、光沢は窓が無いことに気が付く。


 それを話題にしようと様子をうかがう。


「そういえば……この車、窓がひとつもないんですね」


 少女はチラリと光沢の方を一瞥すると、小さな声で呟く。


「貴方はまだ来たばかりで多分知らないと思うけど、この世界に窓の付いた乗り物は殆ど無い。外の景色が見たい人は内壁に外の様子を投影して見てる」


 そう言うとすぐに視線を元に戻した。


(……そもそも相手は、俺とコミュニケーションを取る気が無いみたいだな)


 光沢は困ったように頭を掻く。


(これじゃあちょっとコミュニケーションの取りようが無いぞ……困ったな……)


 何とかして目の前の相手と仲良くなる方法を考えるが、良い方法は思いつかなかった。


 ――――――――――――――――――――――――


「……着きましたね」


 光沢がそう言うと、少女は何も言わずに車を降りた。


(あれから何度か話しかけたけど、結局、全然話が続かなかったな……)


 光沢はそう考えながら車を降りた。


「えっと……ここでしょうか?」


 降りてすぐ前を向くと、そこには一軒家程度の小さな建物が有った。


(奴隷市場オークションってことは多分人間を売るんだよな……こんなに狭い所に人が何人、場合によっては何十人も入ることが出来るとは思えないけど……)


 光沢は『オークション』という名前から多くの人が集まることを想定していたが、もしかすると違うのかもしれないと考える。


 光沢が立ち止まって考えている間に少女は建物に向かって歩いていく。


 それを見た光沢は、慌てて着いていった。


 建物の中に入ると、予想通りというか、所謂『普通の民家』が広がっていた。


(どうやら、一般人の家の見た目は僕たちの居た世界と大して変わらないみたいだな……)


 光沢がそう想っている間にも、少女はどんどん家の奥へと進んで行く。

 

「ちょっと、どこまで行くんですか?そっちはもう壁しか無いですよ?」


 光沢が聞くも、少女は無視してそのまま歩き続けた。


 そして壁まで辿り着くと、そのまま歩いていく。


 少女は、壁に吸い込まれていった。


(?!)


 光沢は、驚きながらも壁にゆっくりと近付いていく。


 近くにある


 その壁に恐る恐る手を当てると光沢の腕は壁の中へ吸い込まれた。


 驚いて一瞬手を引っ込める。


「……こういう建物なのか?」


 再び腕を突っ込むと、やはり何の抵抗もなく手が壁にめり込む。


(さっきの子は、この奥にいるのか?)


 光沢は勇気を出して壁に体全体で突っ込む。


 すると、壁をすり抜けて新たな空間に入り込んだ。


「ここは……」


 その空間の中には数人のと見られる人間がたむろしていた。


「……遅い。この人たちも予定が詰まってるんだから早くして」


 少女は不機嫌そうな顔をしながらそう言った。


「あ、も、申し訳ございません」


 周りの様子を見た光沢は慌てて謝った。


「まあ、構わないですよ。が来るときに予定が狂うのはいつものことです」


 待っていた者たちの内、若い女がそう言った。


「そ、そうなんですか……」


 光沢はやや困惑しながらも椅子を見つけ、そこに座る。


「じゃあ、人数も集まったことだし始める」


 少女がそう言うと、その場の空気が変わる。


(これが奴隷市場の雰囲気か……思っていたよりもずっとピリピリしてるな……)


 光沢は初めて見る奴隷市場の雰囲気が、自分の思っていたものとは随分違うことに少し驚く。


「では今回の奴隷市場オークションを開催させていただくエドワード・ウォーカーです。よろしくお願いします」


 画面をつけた人間がそう言う。


 その声は、男とも女とも子供とも老人とも取れるようなものだった。


 もしかすると、何らかの高性能な変声機ボイスチェンジャーを利用しているのかもしれない。


「まずはこちらをご覧下さい」


 エドワードはポケットから小さなボールを1つ取り出し、その場の客に見せる。


「こちらが1つ目の今回の商品です。商品説明スペックシートをご覧下さい」


 エドワードがそう言うと、ボールの上に映像が映し出される。


「これは……」


 光沢は驚いたように声を漏らす。


 その直後、共に来た少女に顎を掴まれ、強制的に口を塞がれる。


「?!」


 光沢は驚いて手を引き剥がそうとする。


「静かにして。あんまりうるさくされると取引の邪魔になる。見学させてもらってるんだから、迷惑だけはかけないで」


 光沢はその言葉に頷く。


 すると、少女は光沢の口からゆっくりと手を離した。


「……わ、分かった。出来るだけ静かにするよ」


 少女は少し不審そうに光沢を見ながらも光沢から少し離れる。


 その間にも商談は進んでいた。


「では、こちらの商品を買わせて頂くということでお願いします」


 若い男がそう言ってボールに手を伸ばす。


「畏まりました。お値段の方を送らせて頂くので、少しを繋がせてもらっても宜しいでしょうか?」


「勿論。何の問題もありません」


 二人は暫く話した後、黙り込んで虚空を見つめていた。


 そのまま少し時間が経つと、二人は握手を交わす。


「ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。良い取引ができました」


 そう話しながらエドワードが若い男にボールを渡した。


「確かに、受け取りましたよ」


 そう言うと、若い男はその場から出ていった。


「……そう言えば、あのボールってなんなんですか?購入証明書みたいな扱いなんでしょうか?」


 光沢は少女に小声でそう聞いた。


「あれは【商品】そのもの。中に買った奴隷が入ってる。もしそうじゃなかったら返品・返金する決まりになってる」


 少女はそう答える。


「中に奴隷が?!あの小さなボールに?!」


 光沢は驚いて少し大きな声を出してしまう。


 キッ、と少女に睨みつけられて光沢は慌てて黙る。


「あれは【圧縮解凍技術】を用いて奴隷をあのサイズに収めてるだけ。必要な時に【展開】して使うらしい」


「その……【展開】っていうのは?そもそも【圧縮解凍技術】ってどういうものなんだ?」


 光沢はそう聞くが、少女は首を振る。


「私も別に専門家じゃないからそんなに詳しいことは分からない。本当に聞きたいんならどこかの研究所に質問にでも行ってきて」


 光沢はその言葉への返答に詰まり、その間にまた一つ、新たなが決まる。


「では、これで」


「そうですね。こちらも良い取引ができました。ありがとうございました」


 そうして、一人、また一人と人数が減っていった。


「では、商品が無くなりましたので、これにて本日の商談を終了とさせていただきます」


 そう言ってエドワードは何処かへと消えていった。


「……あれ?もしかして、もう終わりました?」


 二人しか居なくなった部屋で光沢の声が虚しく響いた。

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