第二十二話 圧縮と解凍
「……何か、時間、余っちゃいましたね」
光沢は
「……私は先に車に戻っとく。何か見たいものが有るんなら好きにして」
少女はそう言って車の方へと向かっていった。
「……俺はこれからどうしようか」
光沢は少し悩む。
(この機会だし、見聞を広めるっていう意味も兼ねてこの辺りを見て回るっていうのも良いかもしれないな)
そう結論付けて、近くの様子を見に行く。
「こっちから子供の声が聞こえるな……」
光沢は子供の居る方に向かおうと歩いていく。
「よし。これで明日もなんとかなりそうだ」
「今日は当たりだな!!」
「けど、こんな所で漁っても大丈夫なのか?確かここ、ヤクザかなんかのナワバリだろ?」
「仕方ねぇだろ!!安全な所は大体取られ尽くしてるんだから、まともに金になりそうなモンがこういう
「分かってる、分かってるからちょっと静かにしろ。バレたら本当に終わりだぞ」
歩いていくと、少し高い子供の声が聞こえてくる。
(この子達……何をしているんだろう?)
光沢は詳しく聞こうと近寄っていく。
「あの……君達?一体何を……」
光沢が近寄ってそう聞くと、子供達はバッと顔を向けて一瞬固まる。
「っ!!逃げろ!!」
子供達の中の一人がそう叫ぶと、皆が一斉に走り出した。
「ちょっと!!君達?!何してるの?!」
光沢も彼らを追いかけるために走り出す。
「まずい!あいつ速ぇぞ!」
「絶対に追いつかれるな!!死ぬぞ!!」
子供達は口々にそんな事を言いながら走っていく。
「死ぬって……何?!一体何があったの?!」
光沢が走る速度を速めると、その内の一人に追いつくことができた。
その子供を捕まえて光沢はそう質問した。
「クソッ!クソッ!!」
光沢が相手の襟を掴んで持ち上げると、少年はそう叫んでいた。
(この子の服……もう破けそうになってるな……古着なのかな?)
光沢はそう思ったので襟から手を離し、腰から抱きかかえることにした。
次の瞬間、少年の顔が青ざめる。
「マズイ……よりによって最悪なパターンかよ……」
絶望したかのように力なくそう呟いた。
「あの……さっきから何を言っているのか全く分からないんだけど……出来れば説明してもらえるかな?」
光沢がそう語りかける。
「知ってるよ!!お前等、俺を使って実験でもするつもりなんだろ?!聞いたことも無いようなクスリを打ち込むつもりなんだろ?!」
光沢は目を丸くした。
「実験?!実験って……どういうこと?この辺りで何か行われてるの?」
光沢は少年の肩を掴んでそう聞いた。
「え?」
少年も、光沢の様子を不思議に思ったのか言葉を止める。
「いや……アンタ達がやってるんじゃないのか?」
少年はそう聞いた。
「いや……そもそも俺は何か実験を行える程立場が強い訳では……」
光沢が言うと、少年は強く叫ぶ。
「嘘つけ!!そんな奴がわざわざこの場所に来る訳が無ぇだろ!!」
「こんな場所?」
光沢は眉を顰める。
「……見て分からねぇのかよ。お前も話くらいは聞いたことがあるだろ?
少年はちらりと目を後ろに向けてそう言った。
光沢が目を向けると、そこには今にも崩れそうな家やガラクタを積んで作った階段などがあった。
(あれは……)
「ここ、
光沢はそう呟く。
(スラムなんて教科書の中でしか見たこと無かったな……こんなの本当にあったんだ……)
光沢は驚きながらもそちらを見つめる。
「お前……マジで知らなかったのかよ……もしかして、本物のお坊っちゃまってやつなのか?」
少年がそう聞く。
「いや……別にそういう感じでは……それより、君は何をしてたの?」
肩を掴んだまま光沢はそう聞く。
「いや……別に……ちょっと金になるモン漁ってただけだし……」
少年は目を背けながらそう言った。
「……死体、とかから取ったのかな?」
光沢がそう聞くと、少年は小さく頷いた。
(そうか……スラムではそういうことも良く起こるのか……考えてみれば当然だな)
光沢は頭の中で『インドのスラム』を思い浮かべてそう思った。
「……どうするんだ?」
少年が聞く。
「どうするって……何を?」
光沢はそう聞き返した。
「いやだから……俺を捕まえて何処に送るつもりなんだ?処理場か?それとも、研究室か?」
少年は怯えた目で光沢を見つめながら小さく言った。
「?何を言ってるんだ?そもそも俺は何をしていたのかを聞きにきただけなんだけど……」
光沢がそう言っても、少年は信じない。
何度も何度も説明して、やっと納得した少年は光沢に向かってペコリと頭を下げる。
「その……色々疑ってすみませんでした……」
「ああ。別に構わないよ。俺だって怒ってるわけじゃあ無いし……」
光沢は腕を振ってそう返す。
「その……お礼とか……まあ、あの、何も出来ることはないんですけど……俺に出来ることなら……何か……」
少年が俯きながらもそう言った。
「お礼……お礼か……」
光沢は少し考え込む。
「じゃあ、いつか折れが困った時に君の出来る範囲で助けてくれ。それが一番嬉しい」
光沢は笑顔でそう言った。
「そうだ!まだ俺の名前を伝えてなかったな。俺は光沢神歌!君は?」
手を伸ばしてそう聞いた。
「名前……俺は……そういうの無いから……」
それを聞いて光沢は少し暗い顔をする。
(そうか……スラム育ちだったら親も自分の名前も分からないことだってあるのか……何も考えずにその辺りを聞いたのは迂闊だったな……)
「じゃあ、なんて呼べば良いのかな?通称でも良いから教えてくれると助かるんだけど……」
光沢が聞くが、少年は黙っている。
「無い……のかな?じゃあ俺が名前をつけるか……」
そう言って暫く考える。
「そうだ!『ベラ』君、ベラ君っていうのはどうかな?!」
光沢はそう言った。
「『ベラ』……『ベラ』か……」
少年は自分の名前を口の中で何度も繰り返す。
「……他の名前が良かったかな?」
光沢は少し不安そうにしながらそう聞いた。
「……いや、気に入った。ありがと、神歌」
少年はそう言って何処かへ走り去っていった。
「ちょっと!これ、持ってかないの?!」
走っていく少年に向かって光沢はそう叫んだ。
――――――――――――――――――――
「……満足した?」
少女がジトッと光沢の方を見つめながらそう聞いてきた。
「ああ。まあ、予想外ではあったけど、良い出会いもあったんだ」
光沢はそう言ってから椅子に腰掛け、少し考え込む。
(この国……思っていたよりもずっと腐ってるのかもしれないな……)
先程のスラムを思い浮かべながら光沢はそう考える。
「もう出発するからあなたも準備して」
少女は光沢に向かってそう言った。
「ああ。分かったよ」
器具を使って身体を固定し、出発を待つ。
少し経つと車が高速で走り出した。
「ふぅ……これでやっと終わったか……」
光沢がため息を吐く。
「……あなたのせい」
少女はボソリと言った。
「え?」
「あなたのせい……あなたが一々煩いから喋ってる間に商談が終わった……」
帰りの車の中で少女が肩を落としながらそう呟く。
「いや……それは申し訳ないとは思ってますけど……今回は見学なんだから、分からないことや気になることが有ったら質問するのは当たり前じゃないですか?」
光沢が聞き返すと、少女は光沢を強く睨みつけてこう言う。
「あなたが質問ばっかりするから私が何も聴けなかった!!せっかく
少女は強い口調でこちらを責め立てたかと思えば、すぐに声を小さくし、放心したかのように自分の席の背もたれへと倒れ込む。
「
光沢は、倒れ込んだ少女に向かってそう言う。
「そもそも、
光沢はその言葉に少し驚く。
「今回の見学って、そんなに異例なことだったんですか?!」
「うん。だから私は付添人に選ばれた時、本当に嬉しかった。なのに……」
気が狂うほどじっとりとした目で少女は光沢の方を見る。
「あなたが色々と邪魔をするから……」
光沢は狼狽える。
「その……それは、申し訳無い……」
しゅんと頭を下げ、そう言った。
毒気を抜かれたのか、少女も少しぽかんとする。
「……とにかく、今回私が上手く見学出来なかったのはあなたのせい。そこだけでも覚えておいて」
少女は少し気持ちが収まったのか、先程よりも多少穏やかな声でそう言った。
「分かりました。次回以降は気をつけるようにします」
光沢はそう言った。
――――――――――――――――――――
車が止まり、ドアが開く。
「着いたみたいですね」
光沢がそう言うのと同時に少女が車から降りる。
「私は自分の上司に報告をしておくけど、そっちも報告はしておいて。私が上司に伝えた情報があなたの監督官にも届くとは限らない」
少女はそう言ってどこかへと歩いて行った。
「上司に報告……メギドさんに話せば良いかな?」
光沢も車を降り、メギドの居る部屋を目指して歩き始めた。
「……いや、その前に【圧縮解凍技術】について調べてみようかな?」
光沢は進路を変えて自分の部屋を目指す。
「あの部屋なら確か調べるための設備もあったから、部屋に戻って調べよう」
暫く歩いて、自分の部屋に辿り着く。
『おかえりなさいませ。光沢神歌様』
部屋の前に辿り着くと、管理人格のレイアがそう出迎えた。
「あ、レイアさん。俺の部屋に情報端末があったと思うんですけど、どこでしたっけ?」
光沢は、現れたレイアに向かったそう言った。
『情報端末ですね。部屋で準備しておきますので室内にお入りください』
レイアがそう言うのと同時に、部屋のドアが開く。
中に入ってすぐのところに、真っ黒な箱のような情報端末が置いてあった。
その箱には、一切の画面もボタンも、スピーカーさえ無かった。
「これは……」
光沢は眉を顰めながらそう言う。
『そちらはこの世界で一般的に使用されている情報端末を、あなたのような異世界人が使いやすいように形を変化させたものです。使い方に関しましては、端末に向かって念じるだけで大抵のことは出来るので心配なさらずとも大丈夫です』
レイアが光沢に向けてそう言った。
光沢は恐る恐るその端末を手に取る。
そして
(【圧縮解凍技術】について知りたい)
と、頭の中で念じた。
次の瞬間、脳内に大量の情報が流れ込む。
しかし、情報に頭がパンクする、といったことは起きなかった。
『【圧縮解凍技術】:十一年前に発見された技術。主に巨大なもの、もしくは大量のものを持ち運ぶ際に利用される』
光沢は入ってきた情報を整理する。
(えっと……原理は……)
『【圧縮解凍技術の原理】:圧縮解凍技術を利用した収納は、おもに三つの手順に分類される。まず一つ目は収納物の情報収集。二つ目は収納物の分解、三つ目は分解した粒子の格納である』
(少し詳しい情報は出てきたけど……これだけだとまだ何もわからないな……もう少し調べてみよう)
更に情報を探る。
『まず、第一段階として収納する予定のものは装置に
(なるほど。データを取って分解か)
光沢はそう考え、残りの情報を探る。
『最終段階として、分解後の粒子を【魔素】を利用することで装置に収納・固定します。こうすることによって、対象の物質を非常に小さい状態で保管することができます』
その情報が流れてくるのと同時に、光沢は
(そういえば……あの場所で取引されていたのは人間だよな……?そこに【圧縮解凍技術】を使っていたってことは……)
光沢の顔が青褪める。
「……バラバラになってる……ってこと?」
その事に思い当たり、光沢はもう一度考える。
(……うん。間違いない。どう考えてもあのボールの中に
「じゃあ、人体を分解してあの中に入れてた……ってことになるのか?」
そして、最終的にはその想像に辿り着いた。
(そんなまさか……世界が違えば倫理観は違うし、俺がまだ世の中のことを何も知らないだけかもしれないけど、いくら何でもこれは……)
絶句したまま光沢は少しよろめく。
「許されて……良いのか?これが……」
光沢は頭に手を置きながらそう呟いた。
「……いや、早とちりし過ぎだな。それを判断するのはもう少しこの世界について知ってからだ」
光沢は自分を戒め、更に情報を集めようと行動を開始した。
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