第二十三話 市民階級

「……お前、俺に何か言うことは無いか?」


 部屋の中でメギドは光沢に向かってそう言う。


「……報告が遅れて申し訳ございませんでした」


 光沢は黙って頭を下げた。


「『申し訳』ぐらい頼むから有ってくれ。一体何が原因で遅れたんだ?理由を話せ理由を」


 メギドは光沢に質問する。


「いや……その……少し調べたいことがあったので色々見ていたら気付いたら時間が経っていて……」


「えっとな……帰ったらまず報告しろって言ったよな?……言ったよな?大丈夫だよな?」


 光沢の態度にメギドも『自分が本当にちゃんと連絡できていたのか』が心配になったのか、不安そうな顔でそう聞いてくる。


「はい……言ってました……」


 光沢は肯定する。


「だったら、ちゃんと先に連絡しに来てくれよ……」


 メギドは自信の頭を抑えながらそう言った。


「それは……つい、大丈夫かと思いまして……」


 光沢は消え入りそうな声でそう言った。


「……」


 しばらく黙った後、メギドは小さくため息をつく。


「……まあ、もう終わった話だ。一々説教に時間をかけるのも無意味だろ」


 メギドはそう言うと、改めて光沢に向き直る。


「よし、それじゃあ今回の見学についての話を聞かせてもらうぞ!」


 メギドは声を明るくしてそう言った。


「分かりました。えっと……業務報告のような形で構いませんかね?」


 光沢はそう聞く。


「いや。そんなのよりもっと……何というか、体験談みたいなので頼む!偉い人うえに提出する時の体裁は俺が整えるから、な?」


 メギドは笑顔でそう言った。


「そんな……そこまで迷惑かけられませんよ……報告書の書き方を教えてもらえれば俺が書くのに……」


「いやいやいや!そんな事言わずに!遠慮なんざする必要ねぇって!!」


 二人は暫く互いに遠慮するような会話を続ける。


 我慢できてずにメギドがついに言い切る。


「だから!俺もD級市民区について知りてえんだよ!伝聞でしか知らねえから実際に行ったことあるやつの話は貴重なの!」


 それを言った直後に「あっ!」と軽く叫びながらメギドは自分の口を塞いだ。


「……そうだったん、ですか?」


 光沢は意外なものを見る目でメギドのことを見つめる。


「……まあ、ある程度地位の高い親の元で生まれるとD級市民区なんて見る機会無いしな」


 メギドは目を逸らしながら光沢にそう言った。


「そういえば、さっきから話しているその『D級市民区』って何なんですか?」


 光沢が訪ねる。


「ん?お前ら、まだその話されてねえのか?」


 メギドもまた意外そうな顔でそう言った。


「はい。そもそもそんな言葉聞くの初めてですし……」


 それを言うと、メギドはさらに驚いた顔をする。


「ん?!いやいやいや……実際に行ったんだから名前くらいは知ってるはず……いや、別名のD級市民区スラムの方が使われてる可能性もあるのか……」


 メギドは顎に手を当てながらそう呟いた後、再び光沢の方へ向き直る。


「よし、それじゃあお前が俺にD級市民区スラムの様子を話してくれたら、俺もお前に『そもそもD級市民区・D級市民とはなんなのか』について教えてやるよ。ってわけで、お前から話してもらうぞ~」


 メギドは生き生きとした顔でそう言った。


 ――――――――――――――――――――


「成程成程……やっぱり話に聞いていた通り、そういうも要るんだな……」


 メギドは光沢の話を興味深そうに聞いていた。


「あの……こんなことを言うのも失礼なのかもしませんけど、メモ等は取らなくても大丈夫なんですか?確か、僕の話を纏めて偉い人に提出するんじゃありませんでしたっけ?」


 光沢が聞くと、メギドは手をひらひらさせながら答える。


「気にすんなって。俺は一度聞いたことなら全部完全に覚えてるから、態々メモなんて取る必要なんざ無ぇんだよ」


「え?そうなんですか?」


 光沢はそれを聞いてまた驚く。


「『超人』なら大抵のやつは持ってる能力だと思うがな……いや、お前は後天的に超人になっちまった奴だから違うかもしんねえのか……」


 メギドは光沢の言葉を聞いて一瞬意外そうに思う顔をするが、すぐに納得したようにそう言った。


「え?超人って普通は【完全記憶能力】みたいなものを持ってるんですか?」


 光沢は質問した。


「ああ、これはの超人だろうがの超人だろうが変わらねえ。全ての『超人』が持っている能力だ。というか、この国で『超人』として認められるための条件の1つが【完全記憶能力を持っている】もしくは【今後完全記憶能力に開花する可能性が高い】なんだよ」


 メギドは光沢に向かってそう言った。


「定義がそうなってる……っていうことなんですか?」


「まあ、そういうこった。だからお前も『超人』として認定されてるってことはじきに目覚めるはずだぜ」


 メギドは光沢にそう伝える。


「まあ、今はそんなことを言いたいわけじゃあねえ。それよりも聞きたいのはD級市民区スラムについてだ。キリキリ吐いてもらうぞ」


 メギドは光沢からD級市民区スラムについての情報を聞き出そうと、執拗に質問し続ける。


「あ……はい。まあ、努力します……」


 ――――――――――――――――――――


「よし、ありがとな!お前のお陰で色々と知ることが出来た!もし今後俺に何か手伝ってほしいことがあったら言ってくれ。その時は出来る限り手伝わせてもらう!」


「あ、はい……その時は遠慮なく頼らせて頂きます……」


 光沢はメギドに対して少し遠慮がちにそう言った。


「よし!じゃあ、今日はこの辺で終わりだな!報告は俺がしておくから、お前はもう帰っても大丈夫だぞ!」


 メギドは光沢にそう伝え、光沢を部屋から出す。


「じゃあ、ありがとうございました」


「おう!お前もお前で頑張っとけよ!」


 光沢はその部屋から出る。


 ドアを閉めて暫く歩いていた光沢の頭の中には、ある一つの言葉が残っていた。


(【D級市民】……か……)


 メギドに言われた内容を思い出す。


『この国にははっきりと身分制があってな、国民はに分類されるんだよ』


『その階級が上から順に【A級市民】【B級市民】【C級市民】【D級市民】だ。皇帝一族以外の国民は全員この四つに振り分けられてる。ちなみに、俺は【A級市民】に振り分けられることになるな』


『そんで、市民はそれぞれの階級によって持っている権利や課される義務が変わってくるんだよ』


『権利やら義務やらは大量にあるから一々説明するわけにはいかねぇ。だから、今はD級市民区スラムに関するものだけ説明させてもらうぞ』


『この国では、市民はその階級によって立ち入れる区画が決まってるんだ』


『とは言っても、基本的に階級が上の奴が立ち入りを制限されることは無い。下のやつの権利に制限をかけることで実質的な隔離を実現してるってわけだ』


『やり方はこうだ。まず国内に【A級市民】しか入れない場所、【B級市民】以上の身分の奴しか入れない場所、【C級市民】以上の身分の奴しか入れない場所、そして誰でも入れる場所を作る』


『そうすると、【D級市民】は「誰でも入れる場所」にしか居られなくなる。そして【D級市民】の殆どは金が無い、要は貧困層だ。金が無くなると人は何でもしだす。犯罪のハードルが下がるんだよ』


『結局のところ、人が犯罪やを避けるのは『失うのが怖い』からだ。犯罪によって得られるものよりも失うものの方が多いから犯罪を避けるんだ。犯罪の「リスク」に当たる部分が減ると、人間は思ったより簡単に犯罪を犯す』


『まあ、そんなわけで犯罪を犯しやすい奴らを1つの区画に押し込めたらその区画の治安は当然悪化する。他の町にも住めるのにそんな街に住みたい奴なんてそうそう居ないわな』


『そうすると【D級市民区】には【D級市民】以外は立ち入らないようになる』


『そして【A級市民区】にはもともと【A級市民】以外は入れない。後はこれと同じことを【B級市民区】と【C級市民区】に対してもやっちまえば事実上の「身分ごとの隔離」が完成する訳だ』


 そこまで思い出すと、光沢は自分が今所属している国、ウァルス帝国の体制について考える。


(勿論、僕の中の常識がこの世界で通用するなんて思ってない。この世界にはこの世界で歴史があって、その歴史の中でこの社会制度が出来たことも、文化とも呼ぶべきその制度を他の世界からやって来た俺たちが勝手な顔をして壊しちゃいけないのも)


「けど……ここまでのことを見逃しても良いのか……?」


 光沢は悩む。


「……少し考えよう。今すぐに結論を出せる問題じゃない」


 光沢は結論を一旦横に置いて、部屋に戻ろうと移動する。


 暫くして、部屋に戻った光沢はウァルス帝国の身分制度について調べ始める。


「……思っていたよりも強烈だな」


 出てきた情報に少しながらも、光沢は情報を整理する。


「【D級市民】……ほとんど何も権利が認められてないじゃないか……」


 光沢は【D級市民】に関する情報を閲覧してそう呟く。


「『現在【D級市民】に認定されたものに基本的人権は認められていない。【C級市民】以上の地位の人間には自由権などの基本の権利が与えられる』か……」


 【D級市民】の置かれている状況は光沢の想像よりもずっと過酷だった。


「立場が弱いとかそういう問題じゃない……そもそも人間として扱われているかどうかが怪しいレベルだぞ……」


 光沢はD級市民区スラムで会った少年のことを思い出す。


(あの子、死体漁りをしていたな……)


 そうでもしないと生きていけない物なのか、と光沢は思いを馳せる。


「そんな状態の相手を隔離して『金がなくなれば犯罪を犯しやすい』か」


 光沢の中で、帝国への不信感が少しずつ高まっていた。


(僕は、僕たちは、本当にこのままこの国に居ても大丈夫なんだろうか)


 光沢がそう考えていると、突如としてレイアの声が聞こえてくる。


『光沢様。お取込み中失礼します』


「わ!レイアさん!……あの、何かあったんですか?」


 光沢は珍しく少し不機嫌そうな様子でレイアにそう聞いた。


『至急4番応接室にお越しください。ウェスタ王国の使者の方がお待ちです』

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