第二十四話 ウェスタ

『こちらの部屋にです』


 レイアの案内で四番応接室に辿り着いた光沢は部屋の扉を開ける。


 中では、以前光沢と話したウェスタ王国の使者、ファイン・ブラシロが卓に着いていた。


「やあ。暫くぶりだね」


 ブラシロは光沢に向かってそう言った。


「あなたは……確か前に僕を引き」


 そこまで言ったところで、光沢は自分の口に手を当てる。


(そうか……他の国から勧誘が来たなんて好き勝手に喋っていい内容じゃあ無いな……)


 そこで踏みとどまった光沢は改めてブラシロの話を聞こうとする。


「じゃあ、さっそくで悪いが今日の話題について話させてもらうとしよう」


『実際の会話は「こちら」で行うが、構わないかな?』


『はい。僕としても実際そちらの方が都合がいいですから』


 光沢とブラシロはすでに繋がっている【パス】を利用して会話を行う。


 と、同時に


「本日君に提案したいことは1つだ」


『今日は君に1つだけ提案が有って来た』


「『何でしょうか?』」


 光沢は同時に聞き返す。


「『君に』」


「我が国とウァルス帝国の仲裁をして頂きたい」


『我が国に亡命して頂きたい』


 光沢は一瞬固まる。


「仲裁、ですか……」


『それ、正気で言ってます?』


 光沢の返答に対し、時間を置かずにブラシロは答える。


「そうだ。具体的には講和を行える場を作り出して頂きたい」


『勿論、本気だ。ウァルスそのくにからウェスタわがくにに鞍替えする気は無いか?』


 光沢はそれを聞いて少しの間動きを止める。


「講話の場を作る……僕にそんな権限は無いですよ?」


『亡命する気は無いんですけど……』


 光沢は同時に答えた。


「別に君に場所を用意してもらいたいわけじゃない。君にはを持つ人に掛け合って講和の場を用意するように頼んでもらえないか?」


『本当にそうなのか?最近この帝国に対して不審に思ったことなどは無いのか?この国の様々な制度に不安を覚えたことは?』


 その直後、口から直接声を出すのを止めて光沢の脳内に語りかける。


『例えば、過度な身分制度、とか』


 光沢は図星を突かれたように黙り込む。


 少し時間をおいてから、光沢は答えた。


「講和の場を……つまり、俺の知り合いの政府の人に講和の場を作るよう交渉するんですか?そこまで人脈広くないと思いますよ、俺」


『そりゃあ、市民を階級に分ける制度や、一番下の階級の人間に殆ど何の権利も認めないのは俺も少し思うところがありますよ。でも、それは俺が清水と板倉あのふたりを見捨てて何処かに遠くへ行って良い理由にはならない』


 光沢は、一瞬動揺したのを見せないよう細心の注意を払いながらそう答える。


「そこは問題無い。君の人脈はある程度把握しているが、我々が調べただけでも『会談の提案が可能な程の地位の人物』が少なくとも三名居る」


『なるほど、友人達を捨ててまで亡命する気は無いと?』


 光沢の返答にそう答え、ブラシロは続ける。


「自分一人だけの力では不可能なことであっても、誰かの助けを借りれば出来る。世の中にはそのようなことが数多く存在する。今回の場合はそれが講和の場を作ることだっただけの話だ」


『しかし、それほどにまで大切に思っている友人をこの国に置いていて大丈夫だと思っているのか?君はそれほどにまでこの国を信用していたのか?』


 ブラシロの発言を聞いて、光沢は返答に詰まる。


 少し時間を置いて、光沢は言葉を絞り出す。

 

「……しかし、もうすぐ国を離れるという人間の為に色々と便宜を図ってもらう訳には」


『……俺は、それでも』


 それだけの言葉しか口に出すことは出来なかった。


「別に遠慮する必要は無い。国の運営なんていつもそんなものだ。そこに居る管理人格でもその程度のことは分かるぞ」


『恩というものは大切だが、国を相手に考えるときは「一度拾ってくれた恩」だけで「この国はきっと素晴らしいばずだ」と思い込むのは止めた方が良い。後になって莫大な代償を払う羽目になる』


 ブラシロは表情をより真剣なものにしてそう言った。


「少しだけ、考える時間を下さい」


 意識してなのか、それとも無意識になのか「どちらの提案に大してとも取れる」言葉を光沢は言った。


「……そうだな、今すぐに決めろというのも厳しい話か。二週間ほどしたら再び提案に来させてもらう。もっとも、その頃まで停戦が続いていれば、の話だがな」


 ブラシロはそう言って立ち上がる。


「忙しい所悪かったな。ただ、次に俺が来る時までには真剣に考えておいてくれ。その時に最終的な答えを聞く」


 ブラシロは部屋から出ようと歩きながらそう言った。


「……分かりました。俺なりに考えておきます」


 部屋を出る直前、ブラシロは光沢にを通して伝える。


『本当に亡命する気が有るなら、明日の夕方この都市の南口へ来い。機会は用意してやる』


 そのままブラシロは部屋を出ていった。


 ――――――――――――――――――――


『光沢様。お疲れ様でした』


 ブラシロが出ていった後、【二人きり】になった部屋の中で光沢に向かってレイアは言った。


「……その、レイアさんはあの話を聞いてどう思いました?」


 レイアは答える。


『申し訳ありませんが、その話は私のに触れる可能性が高いため、回答を拒否させていただきます』


 レイアはそう答える。


「そうですか……」


 ほんの少しだけ残念そうに思ったようにも聞こえる声色で光沢は反応した。


『ただ、この内容に関して上層部に連絡し、彼等の判断を仰ぐことは可能です。行いますか?』


 レイアの質問に光沢は返す。


「いや……それは別にしなくても大丈夫です」


 光沢は言ってからレイアに質問する。


「少し……部屋に戻っても構いませんか?」


『畏まりました。案内させていただきます』


 光沢は自分の部屋へと戻った。


 ――――――――――――――――――――


(……亡命、か)


 光沢は悩んでいた。


(正直、この世界にきてまだ基盤が整っていないのに他の国に移動するなんて言う根なし草デラシネみたいな真似はしたくない)


「けど、本当にこの国に居座り続けて良いんだろうか……?」


 光沢は不安を口にする。


 光沢は以前からウァルス帝国に不信感を覚えていた。


 その不信感は、泰久達が居なくなった時の対応で一気に大きくなった。


 この国は、泰久達の葬儀を行わなかったのだ。


 もちろん、この国に住む人たちが単に葬儀を行わない文化圏だった可能性もある。


 しかし、泰久達『行方不明者』への対応は、光沢にとっては相当雑だった。


 死んだということは書類でつ伝えるに過ぎず、弔意の1つも示さない。


 その時は見ず知らずの相手に弔意を要求するのも図々しい話かと思って我慢したが、国への不信感が強まってきた今になってその時覚えた不快感が再燃する。


(本当にこの国に対してそこまで義理を尽くす必要があるのか?)


 自問自答を繰り返す。


『君はそれほどにまでこの国を信頼しているのか?』


 ブラシロの言葉が光沢の脳内で響く。


(信用していない国の人であっても助けたいとは思ってるけど……俺は……)


 光沢は、そのまま約束の日まで考え続けた。


 ――――――――――――――――――――


 翌日、日が沈むころ。


 光沢は都市の端の方にきていた。


(俺は今自由にこの都市から外に出ることを許されていない)


 いくら功績を上げたところで、どれほど『超人』という存在がウァルス帝国にとって大切な存在だったとして


 光沢が今は戸籍も持たない、立場上は【D級市民】以下の存在であることは覆しようが無い。


 この国がその気になれば、光沢の権利など易々と消し飛ぶ。


 そして、光沢が無許可で行動できるのはこの境界線の内側のみに限られている。


「……この先に進めば、もう引き返せない」


 都市の外側と内側を隔てる境界線を目の前に光沢はそう言った。


 光沢の脳裏にこの国で出会った者たちの姿が浮かび始める。


 レイア、二人の研究員、軍事作戦中に出会った少女、奴隷省、帝国の外交官。


 そして、メギド。


 知り合った人達の顔がおおよそ出揃った辺りで光沢の目の前にブラシロが現れる。


「……君は、頭が回るようだね」


 ブラシロが光沢に言った。


「ここまで来て何を言っている、って思うかもしれませんけど、正直まだ迷っています」


 光沢は俯きながらブラシロに向かってそう零した。


「いや、仕方のないことだ。大きな決断ではむしろ悩んだ方が良い」


 ブラシロは優しくそう言った。


「……そうですか」


 光沢はその言葉を聞いて再び考え出す。


(いや、わざわざここまで来たんだ。俺も本当の自分の気持ちくらい分かっている)


 覚悟を決めた光沢は顔を上げてブラシロに言う。


「いえ、大丈夫です、ブラシロさん。もう答えは決めてありますから」


 光沢は、はっきりと言い切った。


「俺は、ウェスタに行きます」


 その後に、こう続ける。


「ですが、その前に1つだけ飲んで頂きたい要望があります」


 その言葉を聞いたブラシロは頷く。


「程度にもよるが、基本的には構わない。今回の交渉に置いて最終的な決定権を持っているのは君だからな」


 光沢は口を開いた。


「今後、もしもウェスタとウァルスが戦争を再開するようになった時は、俺の同郷の友人、具体的には『板倉凛』と『清水孝宏』の2人には手を出さないで下さい。それを飲んでもらえないなら、残念ながらウェスタに行くことは出来ません」


 ブラシロは暫くの間考える素振りを見せてから答えた。


「まあ、それなら不可能ではない。その方向で取り組んでいくので、我が国に来てもらえるか?」


 光沢はブラシロのことを軽く睨みながら念を押して聞いた。


「『その方向』では無く、確約して下さい。中途半端な言葉で濁さないで下さい」


 ブラシロは少しの間黙っていたが、息を深く吐くと光沢の質問に答えた。


「分かった。その2人には『国として』手は出さないことを確約する。言っておくが、個人の行動まで含めると流石にコントロール出来ないから、そこまでの保証は望むなよ?」


「はい。その辺りは覚悟してあります」


 光沢はそう言って、ついにを越えた。


「では、少し早いが」


 ブラシロは光沢に手を伸ばして言った。


「ようこそ我が国へ。光沢神歌、我々ウェスタ王国は君を歓迎する」

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