第十三話 開戦

「ねぇ、神歌。これからどうするつもりなの?」


 二人きりの部屋の中で板倉は言う。


「どうするって……決まってるだろう?暫くはこの国に協力しないと僕たちの立場も危ないじゃないか」


 神歌は答えた。


「その後の話。いつまでもこの国に居て大丈夫なの?私達を不可侵領域あのばしょに送り込んだのがこの国のトップこうていなのに?そいつが私達をあんなに危険な所に連れて行ったからは死んだんでしょ?」


 板倉が言う。


「そもそもあの皇帝、私達のことを単なる道具くらいにしか思ってないんじゃない?昨日会った時の態度がそうだったでしょ」


 神歌は黙って聞いていたが、ここで口から言葉を零す。


「そうだ。けど、俺はこの国に協力する。そうしないと、俺達は兎も角、清水君が危ない。一緒に来た内の半分が死んだ今、これ以上犠牲は出したくない」


 それを聞いて、板倉は清水のことを思い出す。


「……ああ、そっか。清水君、あれからずっと施設に入れられてるんだっけ?」


 神歌・板倉・メギド・清水の四人が不可侵領域アンタッチャブルから帰ってきた日、清水は明らかに様子がおかしかった。


 カタカタ体を震わせていたり、何やら変な言葉をブツブツと呟いていたりと不思議な行動が多かった。


 それを心配したのか、メギドが申請して清水を精神病棟へ連れて行った。


 詳しい話は聞いていないが『CSR』という精神疾患らしいということは噂として光沢達の耳に入って来ていた。


 その噂が本当なら、清水は今この国にとって役に立てていないどころかお荷物になっている状態ということだ。


(この状況で僕達が逃げ出せば『今回呼び出した異世界人は失敗揃いだった』という扱いになって彼が処分されかねない)


 自身の想像したことを防ぐ為にも、既に光沢はウァルスに貢献してそれをアピールすることを決めていた。


「そうだ。出来る範囲で良いから、凛にも協力して欲しい」


 神歌は頭を下げる。


「……分かった。仕方ないなぁ……」


 暫く考えた後、板倉は頷いた。


「いつも気を使わせて悪いな。頼んだぞ」


 ――――――――――――――――――――――――


「あ?協力する気になった、ってことか?」


「はい。俺も何か役に立ちたいんです」


 メギドの部屋に辿り着いた神歌はそう言った。


 フゥ、と深く息を吐いてメギドは背もたれに体重を預ける。

 

「お前、前はんなこと言ってなかったよな?いつ気分が変わった?」


 メギドが聞く。


「あの時です。俺は結局誰も救えなかった」


「それを救うのはお前じゃなくて俺の役割なんだがな」


 メギドは少し申し訳無さそうにしながら言った。


「だとしても、俺も出来たことが有ったはずです。次にあんなことが起こるのなら、もう犠牲は出したくない」


 光沢はそう言って、まっすぐメギドを見つめる。


「……分かった。俺の方から職員として雇う申請だけしとく。実際に何の役職に就くのか、どの部署に行くのかはまた今度連絡する。それで良いか?」


「はい。ありがとうございます」


 光沢は少し安心したような雰囲気を出して礼を言う。


(まあ、この国に縛り付ける手段って言っときゃなんとかなるだろ)


「ってか、これで話すことはもう終わりだろ?ちゃんと部屋に戻って休んどけ。自分が健康じゃねぇと他人の役に立つなんてこたぁ出来ねぇぞ」


 メギドは光沢にそう声を投げかけた。


 ――――――――――――――――――――――――


「貴方が、ウェスタ王国から来たという……」


 光沢は椅子に座ってそう言う。


「うん。よろしくね、光沢神歌くん。少しだけど、噂は聞いているよ。私の名前はフィアン・ブラシロだ。以後お見知り置きを」


 ブラシロと名乗った男はそう言って立ち上がると手を差し出してきた。


 神歌はその手を取り、握手を交わす。


「さて、じゃあ早速話を始めよう」


 ブラシロは椅子に座り直して口を開いた。


「そうだな……まず最初に私がここに来た理由を説明するとしよう」


 机に置いてある飲み物に口をつけてからパピウス話は言った。


「端的に言うと、君の引き抜きだ。ウェスタ王国に来る気は無いか?」


 そう言ってブラシロはティーカップをテーブルに置いた。


「……ウェスタ王国に、ですか」


 神歌は呟くと目の前の相手を見た。


「そうだ。条件に関しては今後交渉していくとして、まずは絶対に無理なのか、条件次第では来てくれるのか、辺りのことを聞きたい」


 ブラシロが聞いてくる。


「僕は……」


 神歌が何か言おうとすると、脳内に声が聞こえてくる。


『ちょっと話すのは待て。今を繋げている……』


 脳内に音割れした声が聞こえてからしばらくすると、音割れが収まった。


『よし、これで良いか』


 何かが繋がったような感覚がすると、神歌の頭の中にクリアな声が響いてくる。


『今は少々特殊な方法で君に話しかけている。詳細は省くが、この声は君にしか聞こえないと思っておいてくれ』


 神柱の反応を待たずにブラシロは話す。


『君が帝国とのしがらみで自由に【ウェスタへ行きたい】などとは言えないことは予想できている。その辺りの関係から、今は当たり障りのないことだけ喋ってくれても構わない』


 脳内に響いてきた声を聞いて、光沢は答える。


「僕は……僕は、まだこの国の役に立てていません。少なくとも、僕自身が十分この国の役に経ったと思えるようになるまでは他の国に行くのは無理です」


 光沢が答えた。


「なるほど……君はもう少しこの国に居たい、と」


『君が実際どうしたいのかは知らない。ただ、もし【条件さえ整えば】少しでも我が国に来たいという思いがあるのなら今、深く息を吐いて欲しい』

 

 ウェスタ王国は現在ウァルス帝国と敵対している……とまでは行かずとも、少なくとも有効的な関係では無い。


(ウァルス帝国が凛や清水くんにとって良いものなら、この国に居続けるのも良い)


 しかし、と光沢は考える。


(もしこの国が駄目だった時に他の行き先は準備して置いた方が良い……か?)


 暫く考えると、光沢はゆっくりと息を吐いた。


「……分かった。今は無理なんだね」


『兎に角、確認はした。少なくとも、最悪な返事では無くて安心した。また機会があれば詳しい話をする機会を作ろうと思う。その時までにしっかり考えておいてくれないか?』


 ブラシロの提案に光沢はゆっくりと頷いた。


「なら、今回はこの辺りで帰らせてもらうとしよう。また会う機会があると良いな」


 ――――――――――――――――――――――――


「どうだったかな?光沢くん?」


 部屋から出て暫くすると、この対話をセッティングした外交保安局の人間が出てきた。


「どうと言われましても……勧誘されたこと以外には特に何も……」


 光沢が言うと、保安官は少し安心したような雰囲気を見せた。


「?……何か問題があったんでしょうか?」


 その様子を見て光沢は質問する。


「いや……相手側が変なことを吹き込まないよう、万が一吹き込んでいたら私がちゃんと正しい知識を教えてあげるように偉い人うえから言われてるんだよ」


 少し困ったような顔をしながら保安官はボヤく。


(『正しい知識』……やはり俺達のことを誘導しようとはしてくるか……)


「あの……正しい知識、って例えばどういうものが有るんでしょうか?」


 光沢はそう聞いた。


「そうだね……例えば不可侵領域について変なことを吹き込まれていたり、とか」


「不可侵領域?あれについてですか?」


 自分にとって印象的な言葉を耳にして、光沢はそう聞いた。


「ああ。時々だが『あの領域内に政府にとって都合の悪いものを隠している!隠蔽の主犯は〇〇酷だ!』っていうような陰謀論を唱える人間が居るんだよ。どうやら、国で最高の研究者達が集まって必死に探しても一向に分からない【不可侵領域】の真実を彼等は知っているそうだよ!」


「そ、そうですか……」


 怒りを含めながらそう言っている保安官に光沢は少し及び腰になりながらも話を聞き入れた。


「さて、それじゃあ確認も済んだことだし、私はここで帰らせて貰おう」


「そうですね。お疲れ様でした」


 光沢と保安官はその場で別れた。


 ――――――――――――――――――――――――――


「開戦って……どういうことですか?!」


 数日後、突如上層部からウェスタ帝国との開戦を伝えられた光沢はメギドに詰め寄っていた。


「まあ落ち着け、そもそも俺はどうしてこうなったのかも知らん。何か聞くならもっと地位の高いやつにしろ」


 少し納得の行かないような雰囲気を出しながらもメギドは答える。


「っ!!けど、どうして凛まで連れて行くんですか?!」


 今回通達されたのはウァルス・ウェスタ間で開戦することだけでは無い。


 開戦の決定が光沢達に伝えられると同時に、板倉凛に対して後方支援の指示が出された。


 この場合の後方支援というものは、戦場に行って物資の移動を手伝ったり、軍の移動ルートを整備したりすることを指すのであって、決して国の中で支援物資を作成する事では無い。


 つまり、この二人は戦場に連れて行かれることになる。


「それに、貴方が全く関係無い訳でも無いですよね?」


 今回の声明は、ウァルス帝国【内政統括局】と【ウァルス帝国皇帝直属超人部隊】となっていた。


 その【超人部隊】の副団長であるメギドが声明発表に向けた意思決定に関わっていないとは考えにくかった。


 はぁ、とため息をついてメギドは愚痴をこぼす。

 

「とは言ってもなぁ……そろそろ『今回の異世界人の召喚は正解だった』っていう感じに向けさせなきゃ、官僚の連中ががお前等を野に放逐しかねないんだよ」


 頭を掻きながら話す。


 「まあでも実際の所、お前一人なら多分何とかなる。お前本人が色々動いてくれたお陰で、最近じゃ国の中央付近の人間の中にもお前を悪く思って無いやつが増えてるからな。ただ、板倉の方は言っちゃ悪いが何もしてねぇだろ?だから正直周りから見ると印象が悪くてな……」


「だから、前線に送って貢献度を示させると?」


 メギドは頷く。


「……分かりました」


 光沢は何かに納得したような雰囲気でそう言う。


「ま、分かってくれたんなら構わねぇ。別に最前線に連れて行くってわけじゃねぇんだ。後方だから危険もそこまで大きくは


「俺も、向かいます」


 

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