第十四話 初戦争
「……は?」
口をポッカリと空けてメギドは固まった。
「ですから、俺も参加するって言ってるんですよ」
光沢はそう言って立ち上がった。
「いやいやいや、お前も参加するって……その、後方支援にか?」
「はい。凛一人で行かせるよりはその方がまだ安心できます。厳しいですかね?」
光沢は真剣な顔でメギドの目を覗き込む。
「今の時点で作戦行動は決まってるからもう人員を追加する隙間は無い……いや、こいつを国に貢献させるっていう理由で捩じ込めば……」
メギドはブツブツと呟きながらその案が実行可能なのかを考える。
すると、少なくともまったく不可能という訳では無いことに気付いてしまった。
「待て、少し考えさせろ」
メギドは頭を抱えながら言った。
しばらく考えた後、改めて光沢に質問する。
「どうしても、行きたいか?」
光沢は頷いた。
「……分かった。出来る限りのことはしてやる。上手くいかなくても文句は言うなよ?」
そう言ったメギドに光沢は頭を下げる。
「ありがとうございます、メギドさん」
――――――――――――――――――――――――
「なるほど……光沢神歌も参加したいと……」
「メギドによるとそうらしいですよ、陛下」
玉座に座った初老の男が、その隣に控えている男に話しかけた。
「ふむ……まあ、予想の範囲内だな。メギドが
最善では無いし、出来ればこの展開は避けたかったがな、と少し面倒そうな雰囲気で初老の男が言う。
「どうします?メギドの提案程度なら俺の権限で潰すこともできますが……」
隣に控える男がそう聞く。
「……止めておこう。ここで無理にあの子供の提案を棄却しても却って不信感が増すだけだ。このくらいの提案なら許容範囲として通してやった方が良いだろう」
椅子に深く腰掛けて
フゥ、と息を吐いて続ける。
「それに、我々にとってもウェスタにとっても元々この軍事行動は国民へのアピールに過ぎん。その程度の価値しか無いなら奴をねじ込んだところで大した影響も出ないだろう」
大きな人数を動かしてウェスタと戦った、という事実が作れるならそれで構わん、と皇帝は言う。
その話を聞いて、皇帝の隣に立つ男が質問する。
「だとしたら、彼の配置はどうします?軍議へかける前にある程度決めておきたいのですが……」
暫く考えた後、皇帝は答えた。
「いや、お前が決めておいてくれ。配置1つ決めるくらいで一々私に話を聞くな。」
「……そうでね。ではその辺りは私が考えておくとしましょう」
――――――――――――――――――――――――
「凛!俺も補給部隊として次の戦争に向かうことが決まったぞ!」
数日後、板倉が暮らしている宿泊施設にやって来た光沢は板倉を見つけるとすぐにそう言った。
それを聞いた板倉が血相を抱えて近寄ってくる。
「っ!あんた!次の戦争に参加するってこと?!」
光沢の両肩を掴んで板倉は叫ぶ。
「あ、ああ。そうなるな」
気圧されながら光沢はそう言った。
信じられないものを見る目で板倉はこちらを見つめてくる。
そのまま一歩、二歩と後ろにヨロヨロ下がりながら言葉を零す。
「何でよ……何でアンタがそんなこと……せっかくアンタは無事でいられると思ったのに……」
放心したかのようなか細い声で板倉は言う。
「俺が……凛、それはどういうことだ?」
しゃがみ込んだ板倉に対して光沢は聞く。
「いや、何でも無い。多分言っても分からないと思う」
板倉はそうボヤく。
「?……まあ、凛も身体には気を付けてくれ。急に座り込むと何処か身体が悪くなったのかと思ってしまう」
「ああ、うん……そうね」
板倉は乾いた笑みを浮かべながらそう返した。
「そうだ!それで、さっき言おうとしていた事なんだけど、俺も補給部隊に入ることになって、担当部隊はA8らしい。凛はどうなんだ?」
ウァルス帝国軍が動く際は軍全体を細かく部隊に分けて行動する。
当然、部隊が異なれば使用する補給線も異なる為、同じ補給部隊に所属する者同士であっても殆ど出会うことがない、ということだって起こり得る。
「私は確かE6部隊だったと思うけど……」
「そうか……」
光沢は暫く何かを考える様子を見せた後、声を明るくして言う。
「まあ、でも大丈夫だ!補給部隊同士、物資を受け渡す時には必ず会う」
「うん……そうだね」
二人はそう話した。
「それじゃあ、私は今からやることがあるから……」
板倉はそう言って宿泊施設の中に入っていった。
――――――――――――――――――――――――
「皆さん、準備はできましたか?」
戦争に向けた出発予定時刻の約二十五分前になって、補給部隊の総隊長は言った。
「準備ができた人から部隊ごとにあちらに集まって下さい。来ているのかどうかの確認を行います」
そうして、数百人の人間がそれぞれ部隊に別れて集まった。
(見たところ、顔認証に使うカメラや指紋認証用の機械は無さそうだけど……どうやって確認するんだ?点呼なのかな?)
光沢が暫く待っていると、先程と同じ声が聞こえてきた。
「全員が来ている為、これにて確認を終了致します。暫くその場で待機して下さい」
確認が終わったということが通達された。
(どうやったんだ?カメラか?)
周りを見渡すが、カメラ等の個人を識別する道具らしきものは見つからない。
周りを探ってキョロキョロしている光沢に、隣に立っている人物が声を掛ける。
「あの……どうかなさいました?」
光沢より4つか5つ程年上に見えるその女は丁寧な口調で聞いてきた。
「あ、いえ、どうやって来ている人数を確認するのかが気になってしまって……」
光沢が答えた。
「ああ……それは多分、床センサーを使っているのではないでしょうか?」
「床センサー?」
光沢が聞き返す。
「はい。どうやら、私達の体から出る物質―例えば魔素ですね―を検知・識別することによって人間の位置を把握しているらしいですよ」
「なるほど……そんな技術が……」
光沢は素直に感心した。
(前から思っていたけど、この世界、僕たちの世界に比べて数十年、下手すると数百年単位で技術が進んでるぞ……)
そこまで考えた所で、光沢はある可能性に思い当たる。
(だとしたら、核兵器もある可能性が……)
考えて、光沢は少し顔色を悪くする。
「……あの、大丈夫ですか?」
その様子に気付いたのか隣に居る女が聞いてくる。
「あ、ああ……大丈夫です。少し嫌なことを思い出していただけなので」
すると、今度は相手の女が顔色を変えた。
「あ、その……すみません……何か嫌なことを聞いてしまったみたいで……」
それを聞いて光沢慌てて否定する。
「あ、いえいえ!大丈夫ですから!お気になさらず……ただ少し、故郷のことを思い出していただけで……」
それから暫く話をしていると、上から声が聞こえてきた。
「それでは総員、移動用の車両に乗り込んで下さい」
その声が聞こえると同時に光沢たちが並んでいる目の前の床が開いていく。
光沢達がそれを見ていると、開いた床から大量の列車が登って来る。
列車の動きが止まり、ガコン、という音がすると並んでいた補給部隊の隊員達は順番に乗り込んでいった。
(あれ?これだと俺達は乗れても物資を乗せる隙間が無いんじゃ……)
列車に乗り込んだ光沢がそんなことを思っている間にその場に居たほぼ全員が列車に乗り込み切った。
その直後、カタカタとどこからかか音が聞こえてくる。
(何だ?この音)
音は鳴り止まず、どんどん大きくなっていく。
そして音が最大になった時、ガチン、という音が鳴って列車が少し揺れる。
「っ!!」
光沢は少し驚いて転びそうになるが、すぐに体勢を立て直した。
「今のは……連結した?」
光沢が零す。
「多分そうですね。物資を運ぶ用の貨物車が私達を運ぶ乗員・動力車に繋がったのかと」
隣の女が教えてきた。
光沢は気になって窓を覗き込む。
視線の先では隣の列車がその後ろの貨物車と連結していた。
『これにて貨物車部分との連結が完了致しました。今から二十五分後に出発しますので、移送官僚担当の方は貨物部への移動を開始して下さい。それ以外の方は各自席に座って出発の準備をお願いします』
車両内のスピーカーからそのような言葉が聞こえると、車両後部に居る者たちが貨物車に入っていく。
人が減って車両内のスペースが空き、やっとまともに動くことが出来るようになった光沢は椅子に座った。
その隣の椅子に例の女が座った。
「そういえば……今回俺達が運ぶ荷物って結構大量にあるんですよね?各車両につき貨物車一両、っていう編成だと車両が足りないような気が……」
光沢が聞くと、その女は答える。
「それは大丈夫だと思います。確か、この車両の貨物車の部分にはリゲルの方で話題になっている【圧縮解凍技術】っていう最新技術が使われてるらしく、そのおかげでスペースを節約できるそうですよ」
「【圧縮解凍技術】?」
光沢は耳慣れない言葉を聞いて、それを聞き返した。
「はい。詳しい原理はまだ余り世に出ていないのですが、物を持ち運ぶときだけ小さくし、使う時に元の大きさに戻す事が出来る技術らしいですよ。今までは私達一般軍の装備に使われていなかったみたいだけど、今回から実装されるらしいです!」
その説明に光沢は驚く。
「そんな技術があるんですか?!」
その反応に相手の女も驚いた。
「あれ……結構有名な技術だと思ってたんですけど……」
そこまで言うと慌てたように言葉を取り消す。
「あ!いえ、その、決して無学だと見下してるとかそういう訳じゃなくて……」
「あ、いえ!大丈夫ですよ。俺の知識が少ないことは分かってるので……」
フォローの為になのか、光沢は自分が別世界から引っ張られてきたことを伝えた。
「貴方が噂の異世界人さんだったんですね!噂は少し聞いていたんですけど、実物を見るのは初めてで……」
そのまま話していると、再び車両内のスピーカーから音が聞こえてきた。
『出発まで残り十分です。体の固定をお願いします』
二人は私語を止め、本格的に出発の準備を始めた。
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