第十二話 リファラウス・ファンネル

「う……ん。ふぁ……あ」


 起きると、空は既に明るくなっていた。


(そう言えば、この世界に来てからまだ太陽を見たことが無いな……)


 泰久は自分が何故青空を見る事ができているのか不審に思い始める。


(何か、変な仕組みがあるのかな……?)


 そこまで考えた瞬間、泰久はポコ太がまだお腹を空かせたままだったことを思い出す。


「そうだ!ポコ太!ポコ太〜」


 周りを動いてポコ太のことを呼ぶ。


(おかしいな……どこにも居ない……)


 周りを探すが、ポコ太本人はおろか、痕跡すら見つからない。


 疲れた泰久が膝に手をついて休憩すると、自分の足元に長い毛が数本落ちていることに気が付く。


「これ……もしかして、ポコ太の?!」


 周りを探すと、先程までは一切に見つからなかったポコ太の毛が自分の足元に付近から次々と見つかった。


「どうして……今まで全然見つからなかったのに……」


 動きを止める。


(まさか……)


 そこで泰久はある可能性に気が付く。


 泰久は試しに自分の首を振ってみた。


 すると、顔の付近からその毛がはらはらと落ちてくる。


 特に、口の付近から落ちてくる毛が多かった。


「……いやいや、流石に……ありえない……でしょ」


 嫌な予感がどんどん強まっていく。


 それを振り払うかのように周りを必死に探す。


「ポコ太!ポコ太?!本当に居ないの?!」


 必死に探すと、その甲斐あってポコ太らしきものを見つけることが出来た。


「あ!なんだ……無事だったん


 もっとも、もう皮の一部しか残っていなかったが。


「……あ、あれ?ポコ太?ここに居るんじゃ……無いんだ」


 そう言って、ゆっくりとその場から遠ざかろうと後ずさる。


「うわ!」


 足を滑らせて、前のめりに転んだ。


 その勢いで、眼の前の皮に頭から突っ込む。


 血の強烈な匂いが泰久の頭を刺激する。


「?!」


 咄嗟に頭を皮から引っ剥がす。


 だが、時は既に遅かった。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 泰久の頭の中では、ある記憶が暴れ回っていた。


「いや……ありえないって、そんな……僕が……ポコ太を……」


 最悪の記憶が泰久の精神を攻撃する。


 その記憶の中では、泰久はポコ太の腹を開いて食べていた。


 普段なら、ありえない・自分はそんなことしない、と一蹴したい泰久だったが目の前にある現実がその反論を破壊する。


 確かに目の前には体の大部分がなくなっているポコ太らしきものがあった。


 それでも、泰久は認めなくなかった。


(でも、この味には覚えがある)


 泰久は、その肉を食べた記憶があった。


 そして、今転んだ拍子に口の中に入ったものの味は泰久の記憶の中にあるポコ太のものと同じだった。


 もう、これ以外に答えが出ない。


「僕が、ポコ太を、食べた?」


 その答えに、泰久は辿り着いた。


「う……ぇ、ら、あ……ぇ」


 口から、黄色い液体と共に溶けた肉のようなものが流れ出る。


 気持ち悪かった。


 つい先程まで、友人のように接していた相手を食べた自分が、


 それを一切気持ち悪いことと思えず、むしろ好ましいことと思ってしまった自分が気持ち悪かったのだ。


「ぇ……あ、ぁ」


 口から完全に吐瀉物を出し切り、数度嘔吐えずいた後、泰久は近くの壁にもたれかかって、座り込んだ。


 「なんで……どうして……」


 そのまま力なく横たわる。


 今の泰久の体は、食料が無い状態で多少吐いたからといって衰弱するほど軟では無い。


 つまるところ、精神の問題だ。


 その部分が完全に折れてしまい、泰久はもう動けなくなっていた。


「あ……あぁ」


 少しずつ、泰久の意識は薄れていく。


 ――――――――――――――――――――――――


「ごめんね……ごめんね……私が、助けなかったから……ごめんね……」


 倒れ伏す泰久に近付く人影が一人。


「ほら。こっちに来て。もう大丈夫だから」


 その人は泰久に向けて両手を開くが、泰久は倒れたまま一切動き出さない。


「……そっか、そうだよね。大変だよね」


 動かなかった泰久を抱きしめてその女は泰久の背中を撫でる。


 そのまま、虚ろな目をした泰久を抱き上げて何処かへ連れて行った。


「大丈夫、もう大丈夫だからね」


 薄っすらとだが、泰久の耳にその言葉が響き渡った。


 ――――――――――――――――――――――――


「……ね、ほら。こっちだよ〜」


 女は、上質なカーペットを敷いた部屋で泰久を相手にしていた。


 生クリームを乗せた指を泰久の口の前に持っていき、指を動かして泰久を誘導する。


 泰久はノロノロとした動きでそのクリームを追いかける。


 そして、女の指が止まったタイミングでその指にしゃぶりついた。


「うん。そうだよ〜。いっぱい食べようね〜」


 余った方の手で泰久の頭を撫でながら、女はクリームを追加で指に乗せる。


 暫くそれを繰り返すと、泰久の意識が徐々に覚醒してきた。


(あ……れ?え?ここは……)


 泰久は、目を覚ますと何やら上質な部屋にいることに気がついて困惑する。


「あ、起きた?」


 は目を覚ましたと見られる泰久に向けて微笑みかけてくる。


 そこでやっと泰久は、自分が赤ん坊のように相手の指をしゃぶっていることに気が付く。


「?!?!」


 驚き、顔を真っ赤にして飛び退く。


『あ、真っ赤になった。かわいい♡』


 泰久の頭の中に声が響く。


(え?いや……何……これ?)


 自分の頭の中に突然声が響いてきたことに泰久は驚く。


 それを見て女はキョトンとしていたが、すぐに泰久の言わんとしていることを理解する。


「……あ、もしかして、私の名前がなにか知りたいの?」


 女はそう言い出した。


「あ、いや……なんというか……」


 泰久が否定しようと何かを言うが、それよりも女が話す方が先だった。


「私はリファラウス・ファンネル。泰久君には『リファ』って、呼んで欲しーな♡」


 リファは泰久の話を聞かずにそう言った。


「あ……うん。ワカリマシタ……えっと……リファ?さん」


 とはいえ、その相手に言い返せる勇気もない泰久はそのまま相手のことを『リファ』と呼んだ。


「その……なにかやってほしいことがあったらどんどん言ってね。私、あなたの願いなら何でも叶えてあげるから」


 どうしてそこまでしてくれるのか、泰久は聞く。


「なんでそこまでしてくれるんですか?」


「好きだから」


 一切の迷いも見せずにリファはそう言った。


『言っちゃった……どうしよう?!言っちゃった!!』


 泰久の頭の中に再び声が響く。


「あの……その、声?みたいなのが聞こえるんですけど……この声が何なのかとかご存知ありませんかね?」


「ん?やだ!聞こえちゃってたの?!も〜、恥ずかしぃな〜」


 頬に手を当て、体をクネクネと動かしながらリファは言う。


「えっとね。細かいことを説明すると長いんだけど……簡単に言うと、私、好きな人に心の声を送っちゃう感じらしいの?だから、私が誰かのことを好きになっちゃうとその人に私の思考が筒抜けになっちゃうっていうか……」


 人差し指を突き合わせながらリファは言った。


「……勝手にテレパシーが送られる、っていうこと?」


 泰久が聞き返すと、リファは頷く。


「うん。そんな感じ。だから、私が何を考えてるかとかが全部バレちゃうの」


 そこまで言うと、リファは泰久に問い直す。


「それで、泰久君は私のこと、どう思ってるの?」


 その質問をされて、泰久は言葉に詰まる。


(初対面の相手のことをどう思ってるか聞かれても、正直何とも言えない……はずなんだけど)


 泰久はリファの顔を見る。


(不思議と、嫌な感じはしない。それどころか、むしろ好意的な感じというか……)


 何故かは分からないが、泰久はリファに対して好意的な感情を抱いていた。


(それどころか、無性に【離れたくない】っていう気持ちが湧いてくる)


 その理由は分からずとも、泰久は言った。


「なんか……悪い感じはしない……で、あってるのかな?正直、自分がどう思っているのかがよく分からないというか……」


 泰久がそう言うと、リファは満足そうな笑顔を浮かべていた。


「うん。大丈夫!今はそれで良いよ。すぐに分かるから」


 そのままリファは泰久の腕に抱きつく。


「それでさ、一応……私は倒れてる泰久君を助けたわけで……つまり、君に貸しがあるってことになるの」


 リファラウスこちらをチラチラ見ながら喋る。


「それで……出来れば、出来れば何だけど、私のお願いを一つだけ聞いてくれたら良いな……って」


 少し考えてから、泰久は答える。


「うん。大丈夫」


 中身を聞く前に泰久はそう答えた。


「じゃあ、お願いです。これからは私と一緒に過ごして下さい。期間は……死が二人を別つまで」


 泰久をまっすぐ見つめながらリファは言った。


「……うん。分かりました」


 泰久は、了承する。


(どうしてかは分からないけど、この人になら何もかもを捧げても良いような気がする)


 泰久はそう思っていた。


 リファは顔を輝かせて泰久を全身で抱きしめる。


「ありがと!絶対『私と居て良かった』って思えるようにするからね!」


 泰久は突然抱きしめられて困惑しながらも自然と抱きしめ返す。


「うん……その……ありがとね」


 何故自分のことが好きなのか、以前出会ったことがあったのか、そもそもリファの正体は何なのか。


 聞きたいことは山のようにあったが、泰久にはそうやってお礼を言うのが精一杯だった。


「そんな……お礼なんて別に良いよ。私はただ泰久君に出来るだけ幸せで居てほしくて、その隣に私が居れば良いだけ」


 リファはそう言って泰久の背中を撫でる。


「ね?分かった?」


 泰久は、不思議に思いながらも静かに頷いた。


 ――――――――――――――――――――――――――


「光沢君。ちょっと良いかな?」


 廊下を歩いている光沢に身なりの整った中年の男が声を掛ける。


「あなたは外交保安局の……」


 光沢は声に従って廊下の端に寄る。


「実は君に会いたいという人間が他の国から……ちょっとそちらの方の為に時間をとって頂いても構わないかな?」


「僕に会いたい人間?どのような方ですか?」


 光沢は、自分が他の国に行ったことが無いのに他の国から自分に会いに来ている人間が居ることに驚きながらも質問する。


「ウェスタ王国の魔導騎士部隊五番隊の副隊長、フィアン・ブラシロだそうだ」

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