第十七話 デート

「ねぇリファ、どこに向かってるの?」


 泰久が前を歩くリファに向かってそう言った。


「えっとね、これから不可侵領域アンタッチャブルの外側にある国に行こうと思うの」


 リファの言葉に泰久は少し眉を上げる。


「外に行くの?」


「うん!デート!」


 リファは顔を明るくしながら言った。


「デート……デートか……ん?」


 泰久はそこまで言ってから1つ質問する。


「あれ?僕等ってそういう感じの関係だっけ……?」


 泰久が言うと、リファの顔が少しずつ泣き顔に近付いていく。


「うぇっ、ご、ごめんなさい……わたっ、わたしっ、そんな……あのっ、そんなっ……つもりじゃ……」


 突然泣き始めたリファを見て泰久は慌てる。


「あ!いやいや、別にリファとそういう感じになるのが嫌ってわけじゃなくて……その、確認というか……」


 泰久はどうして良いか分からないまま、リファに向かってそう言った。


 リファは泰久の言葉を聞くとすぐに顔をぱぁっと輝かせる。


「ホント?!本当に、私とに成るのが嫌じゃないの?!」


 リファは泰久に飛びついてくる。


(この子、情緒不安定って言うよりもはや躁鬱とかなんじゃないか?)


 リファの精神状態メンタルヘルスが心配になりながらも泰久は答える。


「うん……僕として、全然嫌じゃない」


 それは間違いなく本心だった。


 その言葉を言った瞬間、泰久の頭の中に恐ろしい程の歓喜が流れ込んでくる。


(?!?何だ、コレ!?)


 突然流れ込んできたえも言われぬ喜びかんじょうに、泰久の頭はショートしそうになる。


 眼の前では、リファが心底嬉しそうに小躍りしていた。


「ありがと、泰久!」


 そのまま素早く泰久の後ろに回り、背中に乗っかる。


「ま、まぁそれは良いとして……外側にある国って……具体的にはどこに行くの?確か周りには何個か国があったはずだけど、どれ?」


 リファは笑顔で答える。


「分かんない♪」


 リファが言った言葉に泰久は固まる。


「……分かんない?マジで?」


「うん。全然わかんないよ」


 何がおかしいのかが分からないような顔でリファはそう言った。


「本当に分かんないんだ……適当に歩いてる……ってことなの?」


 リファは当然のように頷いた。


「いやいや……迷って出口が解んなくなったらどうすんの?!見た感じ、リファはそんなに体強そうじゃ無いじゃん!迷って食べ物が足りなくなったら……」


 泰久がリファのどこに肉が付いているのか分からないような体を見ながらそう言うと、リファはまた嬉しそうにする。


 今度は、泰久の頭の中にはっきりとした感情が流れてくる。


『やった♡♡♡泰久から心配してもらえた♡♡どうしよう……今死んでも良いかも♡』


 リファの心の声が聞こえた泰久は少し引きつつもリファの喋る言葉を待った。


「大丈夫だよ!だって私【超人】だから!」


(あ、この雰囲気なら【色欲】の時とは違ってリファが【超人】について何か知ってるかも……)


 泰久は聞き覚えのある言葉について少し質問することとした。


「その……【超人】?っていうの、聞いたことはあるんだけど、いまいち何か分かんなくてさ……ちょっと教えて貰っても良い……でしょうか?」


 泰久は慣れない敬語で質問する。


「あ!敬語とかは全然使わなくても良いよ!私はその辺気にしないから!」


 リファはパタパタと手を動かしながらそう言って、泰久の質問に答える。


「えっとね……私も本当に細かいことは知らないんだけど、【超人】っていうのは肉体?遺伝子?とかに変異があって、特殊能力を持ってる人のことを言うらしいよ」


「あれ?僕が聞いたことのある話よりもちょっと定義が狭いような気がするんだけど……」


 泰久は自分のうろ覚えな知識と違うことが出てきたので即座に質問する。


「あ、それは多分【皆が超人って呼んでるだけの人】のことを言ってるんじゃないかな?」


 リファは泰久から質問がないことを確認すると、そのまま話を続ける。


「【超人】が初めて生まれてから今の時点で1万年近く歴史が流れてるからね〜、遺伝子関連の技術も発展したし『超人を作ろう』っていうプロジェクトもひとつや2つじゃ無かったみたいなの」


「そういったプロジェクトの成功例、つまり、人工的に作り出された【限りなく超人に近い能力を持った存在】も【超人】って呼ばれることが多いの」


 区別するのが大変なんだろうね、とリファは言った。


「なるほど……つまり僕が聞いたことのある【超人】っていうのは『広義の超人』で、さっきリファが言った【超人】っていうのは『狭義の超人』。そしてリファは狭義の方の超人、ってことなの?」


「うん!そーゆーこと!」


 リファは笑顔でそう答える。


「それで、リファが『狭義の超人』ってことなんだろうけど……だとしても、それは迷ったときにリファの食べるものがなくなっても良い理由にはならないでしょ……リファが飢えるのなんか見たくないって……」


「?私は飢えないよ?だって私、超人だもん」


 リファはケロッとした顔でそう答えた。


「えっと……どうして超人だったら飢えないの?」


 泰久の疑問にリファは答える。


「【超人】ってね、すっごくエネルギー効率が良いの。だから、ニ、三ヶ月くらいなら何も食べなくても生きていけるの♪」


 リファは泰久を指差す。


「泰久君があの場所で飢えずに生き残れたのもそのお陰なんだよ?君が【超人】として成長したから、ある一定のところを超えてからはほとんど飢え死にしなく……」


 リファはそこまで言い出すと急に泣き出した。


「ごめん……本当にごめんなさい……私が……私のせいで……」


 泰久はその様子を見て、思い付いたようにリファを抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だからね」


 泰久がそう言ってリファの背中を擦っていると、リファの嗚咽は少しずつ収まっていった。


 泰久は、リファの背中を見て不思議な感覚を覚える。


(何だ……?この感覚……今までどんな人に対しても抱いたことが無い……好感……では、あるんだけど……)


 自分の中に突如として湧いた感覚を処理できずに泰久が困惑している間にリファは持ち直したようで、再び説明を始めた。


「それで……さっきの続きなんだけど……泰久、で何度も餓死してたでしょ?でも、あるタイミングを越えてからは死ぬことは無く、今まで上手いこと生き残ってきた」


「それはね、泰久が【超人】としての力を十分に引き出せるようになったからなの」


「泰久みたいに、世界を渡ることによって【超人】になった人の場合、最初はその力を十分に発揮できないの。確か、体と精神が適合してない……とかだったっけ?」


「でも、何かきっかけがあったり、何かしらの改造処置を受けたりすると、超人としての力を完全に引き出せる……とかだった、と思う」


 リファは少し自信が無さげにしながらもそう言った。


「なるほど……超人だと飢えないのか……」


「殆ど、って言葉が着くけどね!」


 泰久とリファはそう会話しながら進んで行く。


「……やっぱ飽きたー。泰久ー背負って!」


 リファは突然地面に座り込み、足を投げ出してそう言った。


「え?!」


 泰久は突然のことに固まる。


「だーかーら!疲れた!泰久!お!ん!ぶ!」


 リファは地面を叩きながらそう言う。


(あれ……?もしかしてリファって、かなり話が通じない感じなのか……?)


 泰久はそう思いながらもリファの元に近付いていく。


「はいはい。おんぶ?」


「うん!おんぶ!」


 泰久が背中を向けると、リファはすぐに飛び乗ってきた。


「えへへ……」


 だらしない笑みを浮かべながらリファは泰久の背中にしがみつく。


(不思議だなぁ……さっきの無茶振りがこの反応一つで許せちゃうんだから……なんでなんだろうね?)


 そのまま泰久はリファを背負ったまま歩き続ける。


「ねぇ……お腹空かない?大丈夫?」


 リファが泰久にそう聞いてきた。


「うん……大丈夫。っていうか、さっき食べたばっかだし……」


 背中から聞こえてくる声に泰久は答える。


 二人で喋りながら暫く歩いていると、泰久が突然立ち止まる。


「どうしたの?泰久」


 リファが聞くと、声を震わせながら泰久は答える。


「……なんかさ、変な……音?しない。モーターの音って言えば良いのか……そんな感じのやつ」


 リファも耳を澄ますと、確かにモーターが回転する音が聞こえてきた。


「……確かに。何だろうね、これ」


 リファは音を確認してからも呑気にそう言ってきた。


「これってさ、放置して大丈夫なやつ?リファは何か心当たり、無い?」


 リファは嬉しそうにしながら答えた。


「えっとね……多分コレは『廃棄兵器』だと思うよ!どっかの国が兵器の実験をしようと思って不可侵領域このへんに放ったけど、お金が足りなくなったり、実験結果の収集機器が壊れたとかいう理由で置いていったやつ」


 迷惑だよね!とニコニコしながら答える。


『これで私も泰久の役に立てたかな♡』


 頭の中に入ってくる言葉を泰久は一旦無視し、リファの言った言葉について考える。


「どこかの国が管理をほっぽらかした兵器かぁ……危ないねぇ……」


 小声でそう言いながら、モーター音がどこから聞こえるのかを探ろうと耳を澄ます。


「あ!泰久!それとね、具体的にどこの国が捨てたかっていうと……」


「ごめん、ちょっとだけ静かにしてて……」


 リファは気にせず喋ろうとしていたが、泰久はそれを遮って周りの音を聞こうとする。


「……近い、ね」


 モーター音はどんどん大きくなっていた。


「こっち……かな?」


 右を見て泰久はそう言う。


 泰久の右に少し大きな瓦礫が飛んできた。


 ガシャン!と音を立てて泰久の足の直ぐ側にする。


「……ねぇ、リファ。ちょっと今から一緒に走れる?背負ったままだとスピードに自身が無いから……さ」


 泰久はリファが降りやすいようにしゃがみながらそう言う。


「うん!分かった!」


 リファは、思っていたよりもあっさりと泰久の背中から飛び降りた。


 二人が音を立てないように慎重に移動していると、二人のいる場所への光が遮られる。


(不味い……不味い!)


 上を見上げると、巨大な蜘蛛型の機械が空を飛んでいた。


「っ!!」


 泰久はすぐに飛び退く。


 が、


「リファ?!」


 リファはその場に止まったままだった。


 泰久はとっさにリファへと手を伸ばす。


 しかし、泰久の手が届くよりも先に蜘蛛が降ってきた。


「リファ!!!」

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