第二十七話 賭博王国

「では、これから私たちの今後の予定について話し始めまーす」


 ぱちぱちぱち~、とリファは手を叩いた。


「よろしくお願しますっ、と。これからの予定……何やるの?」


 泰久もぱちぱちと手を叩いてそう聞いた。


「えっとね、今日は元々でーとする予定だったでしょ?私が眠っちゃったせいで予定が台無しになっちゃったけど……」


 リファは目尻に涙を溜めながらそう言った。


「あ、大丈夫だよ!全然気にしなくて大丈夫!むしろ今日一日焦らされたお陰で明日のデートが一層楽しみになったくらいだよ!」


 泰久は焦ったようにフォローする。


「でもぉ~、私がぁ~」


 リファは地面蹲ってそう言った。


「大丈夫。気にしてないから。そもそもリファが疲れて気絶しちゃうくらい負担をかけてた僕も悪いし」


 その背中をポンポンと叩きながら泰久は慰める。


「ごめんね……泰久」


 リファが落ち着いた辺りで、泰久はリファを椅子に座らせ、自分もその隣に座った。


「それでリファ……明日は何処に行こうか?」


 泰久はリファに目線を合わせながら聞く。


「う~ん……実は色々考えてはいるんだけど、いまいち結論が出なくて……だから泰久に聞こうと思ったの!」


 リファがぴょんぴょんと飛び跳ねながら言った。


「僕の意見か……」


「意見って言うほど大層なものじゃなくても、別に『単に自分がここに行きたい気分』ってだけでも良いんだよ?私、泰久の要望を満たすのは好きだし」


 リファはニコニコしながらそう言う。


「とは言っても、僕はこの町のことを全然知らないからね……リファが連れて行ってくれるなら、特にどこでも気にしないかな」


 泰久が言うと、リファは嬉しそうな、同時に寂しそうな顔をする。


「まあ、それだけ泰久が私を信頼してくれるのは嬉しいんだけど……その、どういう感じの所に行きたいかだけでも無い?」


 どうしても聞き出したいようで、リファは上目遣いになりながら聞く。


「そんなこと言われても……う~ん、行きたい場所……強いて言うなら、博物館とかかな?でも、デートでそんな所に行っても楽しくないだろうし……」


 泰久は頭の中に浮かんできた要望を率直に伝える。


「博物館……分かった、博物館に行きたいんだね?じゃあ、一緒にパンフレット見よ?」


 リファは泰久の脳内にこの街のパンフレットを送り付けた。


(っ?!?!?!)


 泰久の脳内に凄まじい情報の奔流が生まれる。


 泰久は耐え切れず、前のめりに倒れこむ。


「泰久!?大丈夫?」


 地面に泰久の頭が当たる直前、リファが泰久を抱きかかえる。


「う、うん。大丈夫。ちょっと一瞬頭が痛くなっただけ。もう収まったから……」


 泰久の言葉を聞いたリファの顔がどんどん青ざめていく。


「そ、それって……その情報って、私が送ったの……?」


 リファは震えながらそう聞く。


「え?あ……いや、分かんないかな……覚えてるのはうっすら街が見えたことくらいだけど……」


 リファノ体がどんどん震えていく。


「そんな……」


 リファはついに膝から崩れ落ちた。


「リファ?!大丈夫?!」


 泰久が膝をついてリファの肩を持つ。


「私のせいだ……私のせいで泰久がそんなことに……ごめんなさい……ごめんなさい」


 リファはブツブツと呟きながら蹲る。


「いや、そんなことって……僕は別に怪我とかは負ってないけど……」


 泰久は不思議そうにしながら答える。


「違うの!あのままだと、もしかしたら泰久が一生何もできない廃人みたいになって……それは、不用意に泰久の頭の中に情報を直接送った私のせいで……」


 リファは一人でそう言う。


「大丈夫だよ。結局そうはなってないし、まあ、その……もしそうなっちゃっても、お腹いっぱいで生きていけるならそれで良いし……」


 泰久はリファの頭を撫でながらそう伝える。


「え……う、うん……えへへ……そう、だよね」


 リファは頬を緩ませる。


「だ、大丈夫だよ……泰久がそうなっちゃっても私がずっとお世話してあげるからね……」


 リファはそのまま泰久に抱き着く。


「……うん」


 泰久はリファの背中を撫でて答える。


「その前に、まずは明日の予定を決めようか」


 ――――――――――――――――――


「じゃあ、明日はまずレジャーランドに行って、その後に裏カジノへ行く、っていう感じにしよっか」


「そうだね!これで予定は立った!まあ、明日の気分によって変わるかもしれないけど」


 リファはウキウキしながら行程を思い返す。


「……えっと、じゃあ、明日も朝が早いから、僕はご飯を食べたらもう寝るね。リファもあんまり夜更かししちゃダメだよ?」


 泰久はトリップしているリファを尻目に、ホテルに備え付けられているレストランへ向かった。


「へへ……えへへ……あっ!ちょ、ちょっと待って!ご飯は、ご飯は一緒に食べよ?!ね!?」


 我に返ったリファは、泰久を追いかけて走り出した。

 

 ――――――――――――――――――


「それでね、本当はカジノって作るのも運営するのも禁止なの。でもね、やっぱりわるぅ~いことをしちゃう人は居るみたいで……ね」


 リファはステーキを口に運ぶ。


「まあでも良いじゃん。そののおかげで僕たちは明日、デートを楽しめるんでしょ?」


 泰久は茶碗蒸しをスプーンで掬いながらそう言った。


「あ、泰久。ちょっと料理交換しない?」


「え、うん。良いけど……」


 泰久とリファは互いの口に料理を運び合う。


「この料理、今まで食べず嫌いしてきたけど……こんなに美味しかったんだ……」


 リファは目を輝かせながら言う。


「ステーキかぁ……こういうのも良いかもね……」


 泰久は口に入れたステーキをよく噛んで飲み込んでから言う。

 

 しばらくして


「泰久」


「何?」


 リファが泰久に聞く。


「明日のデートの終わりにさ、ちょっと話したいことが有るの」


 泰久はリファを見つめる。


「……良いよ。リファが伝えたいなら、僕は聞く」


 リファは目を細めた。


「ありがと」


 お酒の入ったグラスを口に運びながらリファは言った。


「泰久も飲む?」


 リファはお酒の瓶を右手に、空のグラスを左手に持ちながら言った。


「いや、僕は良いよ。未成年だし」


 泰久は手で制する。


「え~良いじゃ~ん。その年齢制限ってでの話でしょ~?私のいる場所こっちじゃあノーカンだって~」


 腕をふにゃふにゃと曲げながらリファは言葉を並べ立てる。


「いやいや、僕もいつかは向こうの世界に戻るつもりだから、この世界のルールにだけ従う訳にもいかないかな~……って」


「え?帰っちゃうの?」


 リファは泣きそうな目で聞いた。


「え……あ、いや、一応、そう考えてはいるけど……」


 泰久は少し戸惑う。


「そんなの……そんなの……」


 リファは俯く。


「私……もう一人じゃ……」


 リファが黙り込む。


「いや、別に帰ってこないわけじゃないよ?」


 リファの様子を見た泰久が慌ててそう付け加えた。


「え?そうなの?」


 リファの顔が明るくなる。


「うん。まあ、何と言えば良いのかな……里帰り?って感じで買えるくらいの予定だから、帰っちゃってもうリファに会わない!みたいなことにはならないと思う」


「本当に!!」


 リファが目をキラキラ輝かせる。


「う、うん。そのつもり」


 取り繕えた、と少し息をつく。


 リファの反応を見て咄嗟に付け加えた言葉ではあったが、別に全くの嘘という訳でも無かった。


(少なくとも、僕がリファに会わなくなる、なんてことが起こらないのは紛れもない事実だ)


 泰久は目の前のリファラウスを見つめる。


 気付いた時には、泰久達の皿は空になっていた。


「……そろそろ、お部屋に戻ろっか」


 リファが提案した。


「そうだね」


 リファが会計を済ませると、二人は部屋に戻っていった。


 ――――――――――――――――――


「おはよ」


 泰久は隣のベッドに居るリファに泰久は声をかける。


「ん……あぁ……」


 リファは目を擦りながら体を起こした。


「あれ……あ、そっかぁ……今日はホテルかぁ……」


 ゆっくりとベッドから起き上がる。


「やすひさ〜。歩きたくな〜い」


 リファは両腕を前に伸ばす。


「はいはい……分かったよ」


 泰久はリファを抱きかかえて歩いていく。


「ねぇねぇ泰久、今日はデートだよね?」


「そなだね~今日はデートだね~」


 リファを抱きかかえて泰久は答えた。


「じゃあさ~、今日は私の時間なんだよね~?」


「……?ま、まあ多分?」


 泰久は少し首を捻りながら返答する。


「じゃあさ~今日は私から離れないでね~♡」


 リファは泰久に抱きかかえられたままそう言った。


「はい!あっち!」


 リファが洗面台のある方向を指差す。


 泰久リファを一旦布団の上に下ろし、今度は背負ってから洗面所に向かった。


 ――――――――――――――――


「!!」


 自身の執務室の中に居た男は咄嗟に立ち上がる。

 

(この反応……まさか、来ているのか?)


 ベランダにまで出てきてそう漏らした。


「こういう動きをするとしたら考えられるのはだが……」


 思案を巡らせていると、部下らしき男が入って来る。


「失礼します!オヤジ、お時間よろしいでしょうか?」


 角刈りの男が部屋の中に入って来る。


 部屋に居た男は上質そうなスーツを軽く整える。

 

「ああ、すまないが、出来るだけ手短に頼む。いまは色々と考えなくてはいけないことがあってな……」


「了解しました!では報告の方だけさせて頂きます。我が組の管理するカジノで最近トラブルが頻発しているとのことで……」


 その話を聞いて、男の反応が変わる。


「……そうか。具体的にはどのくらいのトラブルがどれほどの頻度で起こっている?」


 顎に手を当てながら『オヤジ』と呼ばれた男は聞いた。


「詳しいことはこちらの報告書に書かれておりますが、どうやら組が働かせているディーラーに怪我をさせて無理矢理金を取っているらしいです」


「……ウチのシマでか?」


「はい」


 スーツの男はフゥ、と息をつく。


「分かった。今日中に対応方針を考えておく。報告はそれで終わりか?」


「はい。以上です。失礼しました」


 再び椅子に座り込んで男はため息をつく。


「全く……次から次へと……」


 部屋には、対策に頭を悩ませる一人の男だけが残された。

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