第11話 汝、死を給うことなかれ

世界のとある場所────


「この十数年なかった星の巡りだ。厄災の前触れとも取れるし、世界が前へと進む予兆のようにも感じられる。確かなのは大きな出来事が起きるということかな。大きな変革は恩恵をもたらすがその過程で痛みを伴う」


星々の瞬く夜空を見上げる少女。

透き通るような水色の髪を風に靡かせてその髪より少し濃い空色の瞳に幾億の星々を映し、星々の囁きに静かに耳を傾ける。すると星が、星々の巡りが教えてくれるのだ。未来さきを。

少女は星々の巡りを観ることで未来さきに起こることを大まかにだが理解することができた。そして今まさにこの先に起こるであろう出来事の予兆を感じ取っていた。


「レダ」


「ラーナ様、ここに」


呼ばれて現れた赤髪の騎士風の女性はラーナの数歩後ろで膝を折り、かしずいた。そしてその体勢のまま主の次の言葉を待っていた。

レダを待たせて星詠によって感じ取ったことについて少し考えてから従者に指示を出す。


「すぐに東の媛巫女と西の聖主に文を」


「ラーナ様。何か見えたのですか?」


「ええ。隠れ潜んでいた者たちが動き出すと。でも凶報か。吉報かはまだ分からない。東の媛巫女と西の聖主も星々の大きな動きには気づいているでしょう。だから彼らの読みも聞いておきたいかなって。頼めるかな」


「承知いたしました」


そうしてレダは深々と頭を下げると足早にその場を後にした。

一人残されたラーナはまた無数の星が輝く天蓋に意識を戻す。より正確により詳細に起こるであろう未来を詠みとくために。


「この兆しが願わくば福音であることを」


退屈にも似た平穏が終わりを告げ、新たなる息吹が世界にもたらされる。変化を望むラーナにとって今宵の報せは心躍るものではあるが、誰もが「変革」を望むとは限らない。

ラーナは今この瞬間は静かに祈りを捧げる。


こうして世界のごく限られた立場にいる者たちへとこの予兆が広まっていくこととなった。

警戒を露わにするもの、歓迎するものと反応は様々ではあるが慌ただしさを増したのは言うまでもない。


◇◇◇


賑わいを増す世界の一方でアマデウス・フローライトは薄暗い地下室の椅子にもたれかかって脚を組んで悩みの種をじっと眺めていた。


目の前の椅子に縛られた二人の女は情報を聞き出すために捕まえた襲撃犯の生き残りである。頭を悩ませているのはベル、そしてキャロルと名乗るこのふたりの処遇についてである。一番簡単なのは殺してしまうことだ。日の当たらない場所で生きてきた者たちだ。消えても誰も気に留めはしない。サクッと処分して燃やして埋めてしまえばいいのだ。いいのだが────。


現れた男の気配に身体を震わせて啜り泣く女たち。「女」という表現を使っているがその実、おそらくだが見た目、セレスティナと大差ないまだ10代半ばといったところの少女なのだ。


「お前たちは大して情報を持っていないことはわかった。つまり利用価値はもうないということだ。わかるか?」


そう問いかけると震えるか細い声で「殺さないで」と訴える。その姿にはどうにもやりにくさを感じざるを得ない。


「そうだな。殺してしまうのがこちらとしては一番楽だ。お前たちの仲間のように。その時は仲間と一緒に埋めるくらいはしてやる」


冷たく言い放つと生まれたての子鹿のように震えてさらに萎縮する哀れなふたり。ついには死んだ仲間や互いの名前を呼んで助けを乞う始末。


「……少し黙れ」


ふたりに向けて手をかざした。


「「イダィ!!!イダィィィィィィッ!!ゴベンナサイィィ!!ゆるじてぇぇー!!」」


拷問のときに受けたのと同じ雷に打たれたような痛みが全身を貫く。ふたりは揃って絶叫をあげて絶望感に苛まれていく。

静かにさせるつもりが余計に暴れさせることになってしまったが少しすると啜り泣くだけで大人しくなった。


「今度騒いだら舌を切り落として喉を潰す。いいな?」


息も絶え絶えとなり返事はないが、聴いていなくてもそのときは処分するまでと割り切って構わず話を続ける。


「お前たちに選択肢をやる。一度しか言わないからしっかりと考えて決めろ。一つ、今すぐに死んで楽になる。二つ、いくつか魔術の実験台になる。苦痛は伴うが今は生きてはいられる。三つ、俺と【隷属契約】を交わして奴隷となる。これもとりあえずは生きていられる。三分以内に決めろ。三分以内に答えがない場合は殺してお前たちの魂と身体を好きにさせてもらう。召喚の供物くらいには使えるだろうからな」


そう言ってアマデウスは立ち上がり、ベルとキャロルの目隠しを外すと懐から砂時計を取り出してふたりから見える位置に置いた。ふたりに与えられた猶予は三分間。ゆっくりと落ち始める砂。それはふたりの生命の残量にほかならない。


刻刻と過ぎていく猶予の中でベルとキャロルは脳をフル回転させてただひたすら考える。与えられた選択肢の中で何が最善かを。


(死にたくない。でももう苦しいのもいや)


(もう痛いのはやだ。もう痛いのはやだ)


想像以上に拷問にこたえたふたりの脳は苦痛からの解放を何より願っていた。 生命を賭けて痛みに抗うでもなく、自由を求めて痛みに耐え忍ぶでもなく、生命を捨て自由を捨てて苦痛から逃れようとただそのために必死になっていた。死して楽土を目指すか、生きて家畜に身をやつすか、そんな選択肢の中で希望を見出せるほどベルとキャロルは強くはない。今のように苦痛にまみれていなければ、普段ならまた違ったかもしれないが、ふたりの思考が何より心がそれを許さなかった。


そして無情にも砂は全て上から下へと落ち切り、与えられた猶予はなくなっていた。


「答えは決まったか?」


男の声に思わず身体を震わせて怯えながら頷くベル。キャロルもつられて首を縦に揺らすと、もう一度アマデウスが口を開いた。


「それで?」


まず答えたのはベルだった。


「みっ、三つ目の奴隷になります。何でもっ…します……。痛いのも、恥ずかしいのも我慢します。だから殺さないで……」


続いてキャロルは項垂れながら呟いた。


「もう痛いのやだ……。もう痛いのはいやだ。楽になりたい……」


キャロルの言葉を聞いて一番驚いたのはベルだ。目を見開いたあと、キャロルを見つめる目からは大粒の涙が溢れ出る。


「わかった……」


アマデウスは一言そう言って立ち上がるとゆっくりとキャロルの方へと歩いていく。ベルは叫んだ。またあの痛みが襲ってくるかもしれない。それでも叫ばずにはいられなかった。


「お願いッ!!待って!!キャロル、生きていればきっと何とかなる!!だからお願い!!……私を……私を……ひとりにじなぃでぇぇ!!」


泣きながら縋るベルの姿が、声がキャロルにはなんだか遠くのことようで何だか上手に認識することができずにいた。


(すぐとなりにいるのに……。何だかよく分からないや。ごめんね、ベル……。私、もう疲れちゃった。みんなに会いたい……。ごめんね)


キャロルは一筋の涙を流して首を差し出す様にして目を閉じる。ベルの叫びは彼女に届くことはなかった。



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