第22話 アヴローラの精鋭

アヴローラ連合が誇る【三輝将トリグラフ】のアレクサンドル・ルニンに畏れを抱かせたアマデウスの魔力が両手に持つ剣へと均一に割り振られる。通った魔力は剣の強度を何倍にも引き上げてくれる。そしてまるで身体の一部、手の延長であるかのようによく馴染む。


アレクサンドルも全身に魔力を纏わせて、得物たるずっしりとした幅広の両手剣に魔力を込める。


内在魔力による装備強化や身体強化は戦闘におけるごく当たり前の魔力操作術だ。基本的な戦闘技術であるが魔力を全身に循環させて強化を維持し続けるためには魔力消費を抑える洗練された魔力制御が鍵を握る。その点でアマデウスとアレクサンドルの魔力操作技術には無駄がない。魔力のロスを最小限に抑え、最高値の強化を自分自身に施していた。


互いに睨み合う中、アマデウスの後で固唾を呑んで戦況を見守るセレスティナに短い指示を出した。


「ここは俺が抑えるから先にゴンドワナに向かえ」


セレスティナは何か言いたげだったがあえて無視をして契約を交わしているものの中から猫の姿をしたゼナを呼び出した。

召喚されたゼナは呑気にあくびをしながら伸びをしていた。


「このゼナが俺の代わりにゴンドワナまで案内してくれる。ゼナ頼んだぞ」


「な〜」


猫のゼナは短く鳴いて返事をして毛づくろいを始めた。緊張感の欠片もなく、自由だ。


アマデウスは全くやる気を感じられないゼナに大丈夫だろうかと少し心配になったがそこは信じるしかない。


「行け!」


アマデウスは叫ぶと龍の背から飛び降りた。


龍はアマデウスの意を汲んで一気に上昇すると戦闘に入った二人を残して離脱していく。


「逃がさん!」


アマデウスを残して飛び去ろうとする龍に向け てアレクサンドルは剣を振り下ろした。


アレクサンドルの剣先から放たれた魔力刃が大気を切り裂きながらセレスティナたちのいる上空へと駆け上っていこうというタイミングでアマデウスが割って入った。


「お前の相手は、俺だッ!」


アマデウスが右手の剣を横に一閃。甲高い音と共に明後日の方向に飛んでいく魔力刃。セレスティナたちを狙ったアレクサンドルの斬撃をアマデウスが剣で弾き飛ばしたのだ。


不敵に自分を見下ろすアマデウスに対してアレクサンドルは突撃を敢行した。アマデウスを睨み、半身になる。上段に剣を振り上げ、構え直すと魔力を固めて作り出した足場を強く蹴った。


「勇猛なる突撃タウロス・スマイト!!」


アレクサンドルの繰り出した技の性質上、助走距離が長ければ長いほど威力が増す。

最初の一撃よりも二人の距離は近いため、障壁を砕かれたときほどの破壊力は出せない。アレクサンドルもそれは理解していた。それでもこの技を選んだのは技に絶対の自信があったからだ。


鍛え抜かれた肉体と魔力強化を武器に驚異的な速さで距離をつめ、突進してくるアレクサンドル。


「羅刹ッ!」


迫り来るアレクサンドルが上段から剣を振り下ろすより早く右手に持つ剣を手薄となっている胴より下からカウンター気味に叩きつけた。


羅刹は逆袈裟斬りと呼ばれる基本的な剣技に基づく。逆袈裟斬りと何が違うのか。


この技は東方の鬼族の使う棍棒術に由来する。本来、棍に精気を込めて地面を削り、砂礫を巻き上げながら脇腹当たりを狙う技である。精気を纏った棍は骨を砕き、内臓を抉る威力がある。棍を避けられても精気を流し込んだ土砂が相手の視界を塞ぎ、襲い来るという二段構えになっている。防がれても巻き上げた砂礫が壁となり、敵からの反撃を食らいにくいという利点もある。

この技を魔力を使った剣技にアレンジしたのがアマデウスの【羅刹】だ。


アマデウスの羅刹による剣閃がアレクサンドルの右脇腹から左肩にかけて走る。


「グッ……!!」


アレクサンドルは低い唸り声を上げて大きく吹き飛ばされていく。アマデウスの魔力が存分に籠った剣と強化された膂力から放たれた斬撃はアレクサンドルの身に付ける漆黒の鎧を砕き、鋼の肉体に傷をつけた。空中なので土砂による追撃はないが、それでも十分に相手にダメージを与えたはずだ。


「この程度ッ!」


絶対の自信を持つ技を破られ、冷たい海へと叩きつけられたアレクサンドルは3度、海面を盛大に跳ねながらも立ち上がると口もとを汚す血を手の甲で乱暴に拭い、吐き捨てるように叫んだ。


「そうだとも。これくらいで終わりとはいかないぞ。小僧」


天に立ち、海面を見下ろすアマデウスは歯を剥き出しにして獰猛に口元を歪め、静かに吠えた。


その言葉を合図に戦闘が再開された。


アレクサンドルは取り落とした己の剣を素早く手元に引き寄せる。そこに瞬時に距離を詰めたアマデウスは十字を切るように剣を振るう。右の切り落とし。左の横薙ぎ。

それを大剣を駆使して器用に捌くと手甲で覆われた右拳に魔力を込めて殴りつける。

アレクサンドルの渾身の右ストレートはアマデウスの交差させた剣に防がれたが、体勢を少し崩すことに成功した。その隙を見逃すことなく畳み掛けるアレクサンドル。剣と剣が激しくぶつかり合い、二撃、三撃と剣戟が響き渡る。


アマデウスが喉元を狙った突きを繰り出せば、それを首を捻り、躱しすアレクサンドル。頬を裂かれながらも左一文字に大剣を振り抜き、腹のあたりを浅く薙ぐ。


両者の血飛沫が、宙を舞う。

激しい斬り合いが続き、互いに浅い傷を刻む。

距離が開けば魔力刃や魔弾が飛び交う。

もう何度目かわからない程に剣戟を重ねる両者。


(煽り散らかしたが、さすがは三輝将。強いな)


戦いの最中、アマデウスの中にアレクサンドルへの賞賛の念が芽生えていた。


一方でアレクサンドルも己の慢心を恥じていた。


(これほどの使い手とは……)


互いに互いを認め合い始めてはいたが、それはそれ。勝敗はまた別の所にある。譲れない両者の戦いは熾烈を極めた。


紅炎プロミネンス!」


天照アマテラス!」


アレクサンドルは炎熱系広域殲滅魔術を。

アマデウスは光熱系広域殲滅魔術を。

互いに手をかざして相手に向けて放つ。深紅に燃え立つ業火と白熱する光の束が激しくぶつかり合う。その熱量で海面が沸騰し、そこに住む生命は地獄の釜で茹でられたような有り様だ。


威力は互角。お互いの魔術が拮抗し、少しでも気を緩めて魔力操作を謝れば骨すら残らないだろう。両者が互いを打ち倒すために膨大な魔力を注ぎ込んだ結果、衝突の規模を増していく。そして限界を迎えた魔術同士が弾け飛んだ。


◇◇◇


アマデウスとアレクサンドルが激闘を繰り広げている最中、彼の命令で離脱したセレスティナたち。離れた場所で起こる大きな魔力同士の衝突を背中に感じながら案内役として残していった猫をギュっと強く抱きしめて不安そうにするセレスティナ。


「大丈夫でしょうか」


「主様なら心配ないわ」


セレスティナの腕の中におさまりながら、アマデウスの身を案じる彼女に言葉をかける猫のゼナ。

気まぐれなゼナにしてはこうした気遣いは珍しい。同じ主と契約を交わしたよしみといったところだろうか。セレスティナに抱きかかえられているのも少し迷惑そうにもみえるが、暴れることなく大人しく好きにさせているのもゼナなりの気遣いなのかもしれない。


後ろを振り返ると魔術同士の衝突が見えた。かなり離れたこの場所からでもはっきりとわかる。分厚い雲に覆われた空へと昇っていく光の柱が。大きな力同士の均衡が脆くも崩れ去り、一瞬にして海と空を結んだ。眩いばかりの閃光に少し遅れるカタチでやってくる轟音。弾けた魔力の波動は衝撃を伴ってセレスティナたちのいる所まで届き、飛行する龍の巨体をも大きく揺さぶった。


「きゃあっ!」


セレスティナは悲鳴を上げぬがら振り落とされぬよう龍の背中に必死にしがみついた。高度をかなり下げているとはいえ、海面まで数百メートルはある。万が一、落下をすれば粉々になってしまうに違いない。如何に不死性を与えられた蒼の民といえども、バラバラにされて海を漂うのは御免だ。


何とか龍が飛行を安定させて体勢を立て直し、やっとセレスティナは顔を上げることができた。


視線の先。セレスティナが見たのは、すぷーんで抉り取られたように海に空いた黒く大きな穴だった。爆発による熱と衝撃波によって海水が沸騰・蒸発し、吹き飛ばされた結果、一時的に海底があらわになったのだ。

契約による魂の繋がりは失われていない。胸に手をやると確かに感じる絆。アマデウスは生きている。そのことはわかる。だが五体満足であるかは不明だ。なおもセレスティナは遠ざかる爆心地を只々見つめることしかできずにいた。


「あれくらいでどうにかなるような主様ではないわよ。貴女も繋がりはたどれているのでしょ?だったら、心配しても無駄よ」


ゼナは相変わらずだ。膝の上で丸まりながら欠伸混じりにセレスティナを諭す。共に修羅場を潜り抜けてきたゼナと出会って間もないセレスティナとでは付き合いの長さが違う。その違いが両者の態度に表れていた。



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