第23話 癒し手

 爆発は予想外だった。

 アマデウスは放った光熱系広域殲滅魔術【天照】で押し切るつもりでいた。

 それがまさか魔術の押し合いで拮抗され、耐えきれなくなり崩壊するとは思っていなかった。環境やら生態系やらに悪影響を及ぼす程の戦いになるとは、これまた思いもしなかったわけだ。

 自分が隠棲してる間にこれ程までの使い手が出てくるとは、まだまだ世の中分からないものだ。


 身体中に刻まれた切り傷と爆発による火傷、何より爆発を防ぐ障壁を張るのに使った右腕は肘から下の感覚がない。急造の障壁では全ての威力を殺しきれなかったのだ。手傷を負うというのも久方ぶりで新鮮に感じてしまう。


 感覚を失い、信号の途絶した右腕に左手を添えて魔力を集中して回復を促す。傷の具合で言えば、一から生やした方が早く済むくらいだ。だが

文句を言っても始まらない。

 処置の傍ら、アマデウスはかなり念入りに辺りに魔力を飛ばし、探知を行っていた。自分が生きているということは、【三輝将】の奴も生きている可能性が高い。

 そして雲に紛れてずっと手出しはして来ないアヴローラ連合の飛空挺。アレクサンドル指揮下の部隊のものだ。

 そちらの動きも気になる。

 アヴローラ連合と事を構えるつもりはなかったが、今更遅い。手負いのアレクサンドルを回収して去るなら放置するが、こちらに介入してきたり、レスティナたちを追跡する様子を見せれば容赦はできない。

 

  「召喚」


 短く唱えると、アマデウスの声に呼応するように顕在する境界門ゲート

 世界の何処かへと繋がった境界門を潜り抜け、天の川の流れを想わせる腰まで伸ばしたホワイトブロンドの艶髪をなびかせ、現れた見目麗しき乙女。

 背中には染み一つない純白の翼。

 たなびくヴェールと青薔薇の意匠のティアラが頭部を飾り立てる。

 その身から溢れ出す精気を紡ぎ、織られたドレス。身体を覆う輝ける薄衣は極上の肢体を浮き彫りにし、隠すというよりシルエットをなぞるように強調していると言ってよい。

 扇情的にさえ感じられる出で立ちは、あらゆる穢れを寄せつけぬ大天使の礼装である。

 そして、その頭上には神聖存在の証たる幾何学模様の光輪が不規則に瞬いていた。

 

 戦場に舞い降りた天使は、契約者であるアマデウスに優しげに微笑みかけた。


 「久しぶりですね。アマデウス」

 「ラジー。本当に久しぶりだな」

 「派手にやられましたね。その傷」

 「あぁ。身体が訛っていたのもあるが、強い奴を引き当ててしまってな。見ての通り、片腕が使い物にならなくなった」


 互いの名を呼び合うと長く戦いを共にし、死線をくぐり抜けた両者は短い再会の挨拶を交わした。

 ラジーと呼ばれる天使は、アマデウスの怪我をみて自分が喚ばれた理由をすぐに察した。

 アマデウスの身体のあちらこちらに刻まれた切り傷の痕。真新しい刃物傷たちからはまだ血が滴っており、肉の裂け目から骨が見え隠れしている箇所もあるではないか。

 だがやはり、一番深刻なのはアマデウスの右腕だ。正確には右の肘から下にかけてだ。熱傷によって皮膚は黒く変色し、感覚も失せているという。損傷は神経にまで及び、痛みすら感じなくなっているのだ。


 「どうだ?治りそうか?」

 「私を誰だとお思いで?大天使ラジエル様ですよ。任せなさい」


 そう言ってラジーこと、大天使ラジエルは腰に手を当てて、胸を張る。

 自信満々な態度。不遜にも思える態度だ。

聖なる者よ。もっと謙虚で在りなさいと諭したくなるが、天使に教えを説いても仕方ない。

 アマデウスはそっと言葉を飲み込んだ。

 

 マデウスの腹の内など知らないラジエルは、せっせと治療の準備に取り掛かる。

 治癒魔術を患部に当てて止血をし、手早く応急処置をすませると傷の具合を入念にチェック。治療の方法を吟味しているようだ。


 「これはこのまま治すより、切り落として生やした方が早いですね。ちょこっと痛みますが、すぐに済みますからね」

 

 そしてラジエルは笑顔でアマデウスの焼け焦げた腕を一切の躊躇なく肩口から切り落とした。

 鮮血が派手に吹き出すグロテスクな光景が広がる。

 ラジエルの言葉通り、神経まで達した火傷の影響で然程痛みは感じない。だが本当に腕を切り取られるとは思っておらず、アマデウスは唖然とした表情を浮かべている。

 アマデウスとは対照的に血飛沫にまみれても無表情な天使の姿は些か猟奇的である。


 「おい、冗談だろ……」

 「安心してください。すぐに生やしてあげますから」


 ダラりと力なく垂れ下がり、完全に役目を終えた腕であったものを握りしめてこちらに振ってみせた。

 それを投げ捨てるとまたアマデウスの傷口に魔術を施す。

 最早使い物にならない部位とわかっていても自分の一部だったものがぞんざいに扱われるのは何とも気分が宜しくない。


 「投げ捨てることはないだろ」

 「まったく細かいことを気にしますね。これだら……」


 「自分の腕がゴミのように扱われて嬉しいか?」

 「はっ?神々より賜りしこの身体にそのような扱いをする不埒な輩など消し飛ばしますが。不敬ですよ」


 「うわぁ、おま……」

 「あっ、ちょっと。冗談ですから!本気で引くのやめてください。メンタルにきます」

 「だったらやるなよ。それに神々から主人を鞍替えしたのはどこのどいつだ」

 「それはそれ。これはこれです」

 「どれがどれだまったく。不良天使め」


 この天使は打たれ強いのか、弱いのかイマイチよく分からない。

 こいつは天使のくせにどこか頭のネジが外れている。それとも天使だからなのだろうか。

 どうにも人間とは感覚が違うのだ。

 

 散々な評価のラジエルは欠損部の修復に取り掛かった。

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少数精鋭主義の大召喚師が征く 一二三楓 @Q0040

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