第21話 北海航路

う アマデウスたちを乗せた龍は力強く羽ばき、風を切り裂いてぐんぐんスピードをあげていく。龍の背に乗っての空の旅は思いのほか悪くない。人間には真似できない速度で飛行しているのに揺れは少なく、龍の張る障壁によって風の影響もない。揺れによって身体が痛くなる馬車を利用した陸路よりも遥かに快適な旅だ。


当初アルビオン王国から程近いシオン聖主領を訪れてシオン教団のトップである聖主に謁見を申し込む予定であったが、アマデウスはまずゴンドワナにあるクランの本拠地にて仲間たちとの合流を優先することを選んだ。龍王アルビオンからの依頼を達成するためには招集をかけたクランメンバーたちの協力が不可欠になると考えていた。


アルビオン王国からゴンドワナ浮遊大陸に向かうための空路として使えるのは3つ。


1つ目はアヴローラ連合の上空を突っ切るルート。

2つ目はアヴローラを迂回して極点に近い北海を通るルート。

3つ目はメガラニカ大陸の南側を抜けるルート。


3つの航空ルートにおいて最短となるのが北海を抜けるルートである。

アマデウスはアヴローラ連合の上空を通るのは戦争の機運高まる情勢を鑑みて危険と判断して選択から排除した。大陸の南側を抜けるルートは一番遠回りとなり、さらにアヴローラ連合と同じく侵攻の噂のあるアルマダやその侵攻に呼応して動き出す可能性があるワラキアの上空を通ることになる。それもまた危険を伴うとも考え、北海の上空を進んでいる。


「アマデウスさまぁ、さむいです」


極点に近い極寒の空の旅だ。北海の冷気が肌を刺す。龍の障壁は風避けで寒さまでは遮断してくれない。鼻を啜りながら暖を取るものをねだるセレスティナ。


「セレス。お前も俺に慣れたものだな。最初の頃はもっと遠慮があったのにな」


「だって〜」


口を尖らせるセレスティナにやれやれというふうに呆れつつ、アマデウスは空間連結術式を使って別の場所とこの場所とをつなげて開いた虚空に手を突っ込んだ。

共に過ごし時間を重ねた結果、セレスティナは出会った頃よりも年相応の姿をアマデウスに見せるようになった。心を許して甘えることができるようになってきたのだろう。


アマデウスは虚空を漁り、火妖精の加護の宿ったが外套を取り出すと凍えるセレスティナへと手渡した。

震える両手で外套を受け取ると袖を通した。身体をすっぽりと包んだ外はほんのり熱を帯びておりとても暖かい。冷え切ったセレスティナの身体に少しずつ血の気が戻ってくる。


「アマデウスさまぁ、ありがとうございます」


外套に包まれながらアマデウスにお礼を言うと暖を取りながらセレスティナは妖精の加護付きのアイテムが珍しいのか肌触りや感触を確かめるように生地を弄んでいた。


「雲行きが怪しくなってきた」


どんよりとした雲が重くのしかかるように空を覆っており、風が強いせいで海も荒れている。元々寒さの厳しい場所だが雪が舞い、より気温が下がってきてもいる。


「多分もうすぐ天候が悪くなる。吹雪の中を進むのは厳しいだろう。一旦どこかで─────」


「─────アマデウス様!雲の中に何か見えます」


アマデウスの話を遮り、慌てた様子でセレスティナが鉛色をした雲の中を指差した。めを凝らしてみるとかなり離れた雲の中が時折、点滅してみえる。この海域で雷雲が発生することは稀だ。 光の正体が分からない以上、近づくのは得策ではない。


(飛空挺か何かか?見つかる前にゴンドワナまで転移するか?)


アマデウスは光の正体について、どこかの勢力が所有する飛空挺の可能性を考えていた。他勢力との遭遇自体面倒だが、やはり一番鉢合わせしたくないのはアヴローラ連合軍だ。アヴローラ連合への包囲網を築くために動いている身からしたら、何として避けたいところだ。


境界門ゲートを開いて転移して逃げるにしても海の上では、白い龍の巨体が目立ち過ぎるのだ。それに雲の中に隠れている物体がアヴローラ連合軍の飛空挺ならとっくにこちらの存在は魔力探知されているだろう。むしろ、龍種の存在を察知して迎撃のためにこの北海に飛空戦艦を送り込んできたのかもしれない。アマデウスはすぐさま龍に障壁を解いて魔力の使用を最小限に抑え、高度を下げるように指示を出した。


「結界を張る!何が起こるか分からない。注意しろ」


代わりにアマデウスが魔力隠蔽と認識阻害の結界魔術を使用した。

魔力を隠して海面スレスレに飛べば相手の魔力探知をかいくぐれる可能性があるからだ。

アマデウスの魔術結界は龍の身体を球状に包み、周りの景色に溶け込むようにして外からは見えなくなるように覆っていく。



「勇猛なる突撃タウロス・スマイト!」


すでにおおよその位置が特定されているかもしれないとスピードをさらにあげてこの海域から離脱するように龍に指示を出したそのとき。


凄まじい雄叫びをあげながら何かがこちらを目掛けて突っ込んでくる。


敵襲だ。アマデウスは即座に六重に折り重なったそれぞれ効果の異なる魔術障壁を六層展開して迎え撃った。流星の如き速度で迫ってきた敵はアマデウスの張った計三十六枚の障壁に剣を叩きつけ、真正面からぶつかり挑んでくる。凄まじい突進に一枚、二枚、三枚と障壁が砕かれていく。


「くッ……」


障壁の維持に心血を注ぐアマデウスから苦悶の声がもれる。

セレスティナはアマデウスがこれ程までの規模の障壁を展開する姿を見るのも初めてだが、

こんなに必死な姿も初めてだ。それだけにこの状況がとても不味いということがよく分かる。


突進の圧倒的な勢いはまるで衰える気配はない。障壁が最後の一層という所まで追い詰められたアマデウスは虚空から二本の剣を抜いた。


激しく金属同士がぶつかり合う音が響く。勢いよく互いの剣が交差する。貫かれた障壁がいくつもの破片となって舞い散り、魔力へと返っていく中、剣を交えて相対するアマデウスと謎の襲撃者。アマデウスを見つめる双眸はまるで獣のそれだ。戦いの最中にあって獰猛な笑みを隠そうとすらしない。戦いに愉悦を求める類の輩に違いない。


アマデウスが両手に持った剣を振り払うと襲撃者は迷うことなく距離を取ることを選んだ。魔力を足場にして当然のように空に立つ。


「我が突進を防いでみせるとは。龍種が目撃されたと聞いてな。何処ぞのはぐれ龍かと気軽な気持ちで来てみれば、真龍クラスの白い龍と龍を駆る類稀なる使い手に見目麗しい少女に出くわすとは。名乗らせて頂こう。我が名は、アレクサンドル・ルニン。誉れ高きアヴローラ連合北方守護隊を預かる者である!」


先程とは打って変わって理性的な様子でその男は名乗りを上げた。突然現れてアマデウスと切り結んだ黒い鎧に身を包んだアレクサンドルと名乗る筋骨隆々の偉丈夫。

アマデウスはその名に聞き覚えがあった。


「アレクサンドル……。アヴローラの三輝将トリグラフか」


アヴローラ連合が誇る最高戦力。

戦場において三輝将を務める者は単身で千の軍勢を圧倒するとされ、軍神の如き戦果をもたらすと言われている正真正銘の化け物だ。

アルビオン王国の守護神である龍王アルビオンと同じだ。アヴローラ連合の切り札であり、国防の要。

そんな輩と出くわすなど心底ついていない。アマデウスは両手の剣を握り直して内心で悪態をつく。


「ほう。我を知っているのか。それならば話が早い。龍種を連れて我国に何か用事か?事と次第によっては排除させてもらう」


「勘違いしている様だが、俺たちはアヴローラに用はない。ゴンドワナを目指す旅の途中だ。その証拠にアヴローラ連合の領内には今も一歩として踏み込んではいない筈だが?」


アマデウスは勘違いで攻撃されては堪らないと目的地を正直に伝えた。


「まぁ、そうだな。貴公の言い分は正しい。ここは我が国の領内からはまだ距離がある海域だ。だが、龍がアヴローラ連合の領域近くを彷徨くなど看過できるはずもないことはわかってもらいたい


「それでいきなり攻撃か?一歩間違えたら俺も彼女も死んでいたぞ。いや、殺すつもりだったのか?そんなものを看過できるはずないだろう?」


アレクサンドルの言い分に皮肉めいた言い回しで返すアマデウス。アレクサンドルはそれに少し眉をひそめたが、勤めて冷静だった。


「それについては謝罪しよう。済まなかった。何分、龍種が現れたという情報だけを頼りに出張ってきたもので。先程も申した通りはぐれ龍の類だと考えていた。貴公らが居ることは知らなかったのだ」


それには今度はアマデウスが眉をひそめる番だった。殺されかけて居るのを知らなかったで片付けられてはたまったものではない。目前の男の傲慢さにアマデウスは明確な怒りを覚えた。


「そうか知らなかったのなら仕方がない。魔力感知の精度を上げることをおすすめしよう。なんだったら、探知魔力の指南をしてやろうか?スヴェトラーナも飼い犬の躾がなってないなぁ」


「なッ!我だけならまだしも。貴様!スヴェトラーナ様を愚弄するか!」


これまでは理性的に振舞っていたアレクサンドルだが、女神の如く崇め、忠誠を誓う君主への侮辱とあっては黙ってはいられない。怒りを顕にして剣を構える。


「坊や。あんまり舐めるなよ……」


噛み付くアレクサンドルに冷たい言葉を浴びせるとアマデウスの雰囲気が変わった。

魔力が天を衝くかのように立ち上り始めていた。アマデウスの持つ桁違いの内在魔力がアレクサンドルを含めた周囲一帯を呑み込んでいく。


大気中の魔力を利用しているならまだしも、アマデウスの自前の魔力に圧倒されて、深い海の底にでも沈められたかのような息苦しさを味わっているのだ。これには流石のアレクサンドルもたじろいだ。


「くッ……。貴様は一体何者だ!?」


アヴローラが誇る三輝将である自分が魔力に気圧され、怯えて立ち竦むなどあってはならないというプライドが何とかアレクサンドルを踏みとどまらせていた。そして、やっとのことで絞り出した一言。


「あぁ、まだ名乗ってなかったな。俺の名はアマデウス。アマデウス・フローライト。肩書きは色々とあるが、今はクラン【到達すべき理想エンテレケイア】のオーナーだと名乗っておこう


アレクサンドルの言葉を受けて名乗りを上げた。滑稽な三輝将の姿を一笑に付すと皮肉を込め、アレクサンドルの名乗りよりも傲慢にみえる様に。そして相手に応じるかのようにゆっくりと左右に持つ剣を構えた。その動きに合わせ、威圧的な魔力が剣へと集まっていく。




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