第7話 第2ラウンド

下半身を取り戻したセレスティナは切り裂かれた部分の修復を開始すると、魔性の宿る蒼い血が触手のように蠢いて断面同士を結びつけ、傷口を結晶で覆っていく。

接合が完了し、起き上がるセレスティナ。黒き閃によって両断された身体はすでに動かすことができるまでに修復され、不死と呼ばれる生命力と再生力を惜しげもなく発揮する。


血に潜む異形はセレスティナの精神の綻びを利用して活性化したに過ぎなかったのだが、この時点で明確にアマデウスを敵対者と定め、排除のために蒼き血潮を滾らせる。左肩に球形にまとまり、留まっている血液と魔力でできた液体とも固形ともつかないような塊がぼとりと地面に落ちて吸い込まれるように消えるとすぐに周囲に変化が生じ始めた。

セレスティナの立つ場所を中心に結晶が荒野を覆い青白く染め上げ、無数の結晶体が柱状に隆起し、地形、環境すらも自らの領域へと塗り替えていく。


大地を侵食する結晶化はアマデウスのいる場所も含め、セレスティナを中心に直径約300メートルに及んだ。その範囲全てが彼女の支配領域と化したのだ。


「【幻界侵食ドミネーション】とは恐れ入った」


魔力によって世界の一部を上書きし、一定範囲内の全てを自分の支配下に置く魔術の奥義の一つ。【幻界侵食】を使用するには世界の修正力に抗い、常に領域内を上書きし続けるには膨大な魔力が必要なことに加え、思い描いた自己のイメージを投影し続ける精緻な魔力制御が要求される。人の身には過ぎたる術だが、セレスティナの中に宿る異形はそれを実行してみせたのだ。


【幻界侵食】の範囲内では空間に存在する魔力全てが術者の支配下となる。術者以外の者は内在魔力以外の魔力使用が著しく阻害される。内在魔力も体外に放出した途端に領域の干渉によって霧散してしまう。【幻界侵食】の発動者以外が領域内で術を行使するためにはその効力を上回る魔力制御力と干渉力が必要となる。

また【幻界侵食】は術者の能力を大幅に底上げし、特殊な効果を有する。並の使い手では魔術を一切封じられ、逃げることもできずに嬲り殺しだ。


セレスティナの【幻界侵食】は色彩豊かな魔晶石に覆われ、光があちらこちらで乱反射を繰り返していた。一見息を呑む幻想的風景であるが、この切り取られた世界の中に存在するものは時が経つにつれ結晶化していき、最終的には物言わぬ彫像と化す運命にあった。アマデウスも身体全体を魔力で覆うことで防いでいるが、魔力制御が乱された状態で魔力放出と循環を制御し、結晶化に抵抗しなければならないため魔力消費がどうしても増えてしまう。

状況打破のためには術を破って脱出するか、術者を倒すほかない。時間の経過は死に繋がる。


アマデウスが勢いよく距離をつめると結晶に覆われた切っ先が空間をなぞる。すると無数の結晶が足元や側面から隆起する。太く、鋭い結晶の柱が男の侵攻を阻むと同時に、生命を奪いにくる。


両手に持つ武器でいくら切り裂き、砕いても幾重にも連なる晶石によって近づくことができず、ジリジリと後退を余儀なくされた。物量で押されるアマデウス。このままではまずいと右手に握る黒曜石の剣に魔力を込めた。


魔力を受け取ると歓喜するかのように打ち震える刀身。剣は主の意思に呼応し、本来の姿を現した。

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