第6話 覗き返す深淵

セレスティナの血に潜む異形がその精神の綻びを察知し、セレスティナという個体を乗っ取るために侵食を開始したのだ。


溢れ出した魔力と蒼血が混ざり合った不定形が融合と分裂を繰り返しながら球形を成していき、右半身、そして下半身と徐々にセレスティナの肉体を覆っていく。左肩からは結晶化が始まり、腕から指先へと広がり、やがて左腕は結晶で出来た一振の鋭利な刃と化した。

身体の大部分が魔力と血の合わさったドロドロで覆い尽くされ、鮮やかなブルーのドレスを纏っているかのように見える。

唯一露出している胸と首周りは玉のように白かった肌が青鈍色へと変化していた。

進行する侵食の影響はとどまることを知らず、セレスティナの頭部からは大小三本の角が生え、異界と繋がった黒い渦が、王冠を戴くが如くそこに収まり、眩い光輪が浮かび上がる。


その顔はベールに覆われて表情を見ることは叶わない。だがセレスティナの自我は今深い場所に沈み、表出しているのはキルケー・プライドが蒼き民の血に溶かし込んだ人ならざる高次の存在である。


ヒトの形を保ってはいたがその姿は人間というにはあまりにも異質。人間ベースの魔物と言った方が理解しやすい。セレスティナであったモノの放つ燃えるような魔力。それを肌で感じた刹那、アマデウスは臨戦態勢に入った。殺すことすら念頭に置き、獰猛に歯を剥き出し笑うその姿はまさに捕食者のそれである。


臨戦態勢に入ったアマデウスはセレスティナが仕掛けてくる前に場所を変えることを優先した。 今いる隠れ家には思い入れも愛着もあり、これ以上壊されるわけにはいかない。めちゃくちゃになった家財に一瞬目をやり、これが終わったら必ず綺麗にしてみせると誓い、セレスティナと一緒に空間を超えた遥か彼方へと飛び去った。


遠く離れた荒野に降り立った二人。人の気配などまったく感じない荒涼とした剥き出 しの大地。乾いた風が吹き抜け、寂寥感を誘う。ここならば被害を気にすることなく存分に戦うことができる。


セレスティナから溢れる魔力を荒れ狂う業火とするならアマデウスのは決して揺らぐことのない大山脈の息吹である。そんな圧倒的な魔力を保有する者同士が今、衝突しようとしていた。


◇◇◇


虚空から二本の武器を取り出し、二刀流の構えを取るとなんと、そのまま問答無用でセレスティナへと斬りかかった。アマデウスは魔法職にも関わらずだ。1メートル強ある木刀でセレスティナの結晶化した鋭利な腕をいなし、もう一方の黒曜石でできた幅広の刃を上段から振り下ろた。


黒曜石の刃は魔力で強固に保護されてるはずのセレスティナの身体をいとも簡単に両断してみせた。左肩の付け根から胴体にかけてを柔らかいバターでも卸す様にだ。


アマデウスの持つ黒曜石の刃は、あらゆるものの性質や強度を問わず切り裂くことができる割断術式が施されてる。魔力で編まれたものも術式の適応範疇となるため、防御を無視した斬撃を放つことができる。もちろん、欠点もある。術式の範疇が刃の部分のみと非常に狭く、そして術式の刻まれた刃以外はただの黒曜石であるため非常に脆いことだ。通常は武器に魔力を纏わせ、強化して使うのがセオリーだが術式の影響で覆う魔力も無効化してしまうので強度を底上げすることができないのだ。また常時発動する割断術式のせいでアマデウスのように異空間に収納するか術式を相殺する特殊な鞘でも作らない限り、持ち歩くことも難しい。だが防御無視した攻撃を繰り出せるというそれらの欠点を補ってあまりある利点があった。


攻撃の手を緩めることなく、胴体のちぎれかけたセレスティナの側頭部に木刀を叩き込んだ。頭蓋の脆い部分への痛打によってとうとう下半身と別れた上半身は盛大に吹き飛んでいった。


残った下半身の腹辺りに木刀を突き刺し、ビクビクと陸に上がった魚のように跳ねまわる下半身を眺めた。


胴体を真っ二つにされ、地面に縫いとめられてもまだ片割れを探すようにもがき続けるセレスティナの半身。驚くべき生命力だがそれだけだ。少々手応えがなさすぎた。


「この程度で終わりか?」


期待はずれと言わざるを得ない結果にアマデウスは溜息をこぼした。まだ生きてはいる上半身の行方を探して飛んでいった方角に意識を傾けた。その一瞬の隙に魔力の揺らぎが足元で発生した。すなわち、何らかの術の発動の予兆である。


術の予兆を察知したアマデウス。下半身を犠牲に捨て身の攻撃かと武器である木刀を手放し、大きく飛び退いてその場から距離を取る。だが、それは攻撃のための術の使用ではなかった。


地面に釘づけにされた下半身が消え、はらりと落ちる1本の銀髪。賊との戦闘でもセレスティナが使っていた任意の対象の位置を入れ替えるキャスリングを使用したのだ。串刺し状態にあった下半身は上半身の元へと戻り、煌めく銀髪と地面に突き刺さった木刀だけが残された。


簡単に終わる相手ではなくてアマデウスは逆に安心を覚えた。戦いは第2ラウンドへと突入していく。

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