第19話 龍王の依頼

ココがアマデウスたちに引き合わせたのはアルビオン王国の真の君主にして守り神として崇められているこの世界最強の一角である龍王アルビオンだった。


アマデウスたちを遥かに超える巨体を横にして悠然と頭だけを持ち上げてこちらを見下ろすと、

目を離すことのできないほどの圧倒的存在感を放つその姿からは想像つかない気さくな物言いで来訪を歓迎する龍王。


「人の住処のように椅子も机もお茶もないけど楽にするといい。ココもいつまでも跪いてなくていいから例の件を客人たちに話してやってくれ」


「わかりました」


跪いたまま微動だにしなかったココは主に促されてそっと立ち上がり、アマデウスたちの方に向き直ると依頼とやらについて話し始めた。


「まず、お二人をこちらにお招きしたのはアルビオン様のご意思です。ご依頼というのもアルビオン様からのものです。大陸を巻き込んだ戦争の機運が高まる情勢は我が国としても看過できるものではありません。そこでアマデウス様には列強諸国にパイプがございますよね。衛兵からの報告では少なくとも桜花皇国を含め、3カ国の元首直筆サインが入った身分証明をお持ちだとか。そしてアルビオン様曰く、神猫様の一件で尽力していただき信頼に足る方だと伺っております。なので是非、各国との橋渡しをお願いしたいのです」


そこで一旦、ココは言葉を切った。ココの言葉を引き継ぐように龍王アルビオンが口をひらいたからだ。


「あのイカれた猫の件については感謝しているよ。面倒事を頼むなら信頼できる者がいいからね。王家の輩はいい顔はしないだろうが、そこは私が何とかするさ。まったく、君がイカれたアイツの凶行を阻止してくれなきゃ今頃、王家も国も悲惨なことになっていただろうに」


やれやれとぼやくアルビオン。

アマデウスとしても王家と反りが合わないのは確かだ。


ことの始まりは20年以上前、この国の守護神の片割れである【神猫しんびょうキャスパリーグ】が子を産み、代替わりした時期にまで遡る。キャスパリーグは王家と契約し、王国の民より少しずつ魔力を捧げられる代わりに外敵から国を守る役割を果たしていた。だが、生まれたばかりの新たなキャスパリーグは幼いが故に魔力が足りず、国を守る役目を果たせないといって良質な魔力を持つ王家の姫を生贄に求めたのだ。言葉巧みに王を懐柔して3人の姫を捧げる約束をさせたキャスパリーグ。これには国中大騒ぎとなり、神猫と王の凶行を止めるべく密かに動く者たちが現れた。その筆頭が当時まだ若かったココの父だった。

ココの父の先代グローバル侯爵のエルシスはこの凶行を許せばキャスパリーグは味をしめ、さらなる不幸を振り撒くと考えた。

キャスパリーグは種としての性質が混沌としており、聖にも魔にも傾くが、今代のキャスパリーグは大きく魔に傾いた邪悪な性質に支配されていた。

エルシスの予想通り、キャスパリーグの目的は魔力を得て力を付けることだけではなかった。王や民を弄び、絶望に歪む様を楽しんでいたのだ。キャスパリーグは契約に抵触しない範囲での戯れとしてこのようなことを企て、悦楽を満たす。この生贄事件は暇つぶしの始まりに過ぎなかった。

エルシスは密かに当時急激に名を上げていたアマデウスに接触し、助けを求めた。

アマデウスと仲間たちはキャスパリーグの住処へと乗り込み、戦いの末王家との契約を上書きするというかたちで使い魔とし、姫たちを救った。だが、神として崇めるキャスパリーグを奪われた王は激怒した。さらに救われた姫たちは生贄にされかけたことで国と家族に捨てられたと考え、アマデウスたちに付くことを選んだことで神猫と娘たちを奪われた王家との対立は決定的なものとなってしまう。

エルシスは王に何度も掛け合ったが力及ばず、アマデウスのクランはアルビオン王国を去ることを余儀なくされた。

国外追放で済んだのは、キャスパリーグと戦えるアマデウスたちのクランの武勇とアマデウスの元に下ったキャスパリーグの力を恐れたからで、そうでなければアマデウスたちをひとり残らず処刑したかったに違いない。

そして今日に至るまで、アルビオン王家及び国王派の上層部とアマデウスの関係は冷え切っており、最悪といって良い。

君臨せども統治せずを貫き、政に介入することのない龍王が同情する程に。


「囀る奴らには君の所にいるキャスパリーグ《猫》をけしかけてくれたっていいよ。そうすればすぐに黙るだろうさ」


龍王は本気だ。

笑えない冗談にココは顔を引き攣らせてせた。

事情はともかく国の守り神の片割れを奪われ、姫たちを攫ったと思われているせいでアルビオン王家に蛇蝎のごとく嫌われているアマデウスは別の意味で笑えなかった。


「龍王様、流石にそれは……」


苦い顔で苦言を呈するココ。人間とは違う感覚を有する主君を諌めるのも仕える者の仕事である。

ココの諫言にアルビオンは尾を揺らし、不満げに地面をペシペシと叩いた。


「とにかくだ。王家のことは気にしなくて構わないからどうか依頼を受けてもらいたい」


依頼についてアマデウスは少し考える素振りをみせた。ココとの会談でも確認したが、アマデウスとしても戦争は望むべきものではない。だが、この依頼を受けるということは表舞台に立つということになる。少なくとも古い友人たちを訪ねて回るということは、各国の上層部に自分が活動再開したことを知られるということだ。貴族狩りの背景に見え隠れする勢力にセレスティナのことを嗅ぎつけられる恐れがある。

そこまで考え、今更かとアマデウスは考えを改めた。アルビオン王国にはアマデウスのもとに蒼き民であるセレスティナがいるということは知られているのだ。ココや龍王が積極的に話を広めることは考えられないが、どこかしらから漏れ出る可能性は捨てきれない。

人の口に戸は立てられないのだ。

アマデウスは考えた末にセレスティナの情報が漏れるリスクについて一旦放棄し、依頼を受ける方向に切り替えた。


「俺は依頼を受けてもいいと考えてるが、セレスティナはどう思う?」


今後の方針に大きく関わることなのでセレスティナの考えも聞いておきたかった。


戦争の芽を摘むために行動を起こすことに異論はなく、意見を求められたセレスティナもすぐに頷いた。


「決まりだな。依頼を受けよう」


こうして今後について決めたアマデウスたち。依頼を受けてもらえると分かり、ココはほっとした表情を浮かべている。人間と違い、表情は読めないがアルビオンも満足しているのが伝わってくる。


「できれば近くからお願いしたい。近隣の国ならばココを通じて緊密な連携が取れるからね。足並みを揃えていければアヴローラやアルマダに圧力をかけられる。近隣となるとワラキアとシオン聖主領辺りだろう」


「それじゃあワラキアとシオン聖主領から巡って、アルマダ、アヴローラ、龍王中原連盟と最後に桜花皇国の順番になるな」


メガラニカ大陸の西端に位置するアルビオン王国から見て南東に国境を接するワラキアと南の小国群の中心にあるシオン聖主領を手始めに大陸を蛇行しながら東へ進むことになる。終着点の東の端にある桜花皇国まで順番に列強諸国を巡る旅だ。


元々諸国を旅して回るつもりではあったが、物見遊山のつもりが非公式ではあるが外交に携わるとなると予定を変更してゴンドワナの本拠地を訪れた方がいいとアマデウスは頭の中で計画に修正を加える。招集をかけてあるが、各国にゆかりのあるメンバーを連れて行った方がスムーズに依頼を遂行できると考えてのことである。


「方針も決まったところで、お願いを聞いてもらったお礼だ」


そう言ってアルビオンは身体を揺すり始めた。10メートルをゆうに超える巨体が動けば自然と周りに咲く花々が散り、洞窟内に舞い上がっていく。その舞い散る花弁の中に混ざり、龍王の身体を飾っていた古くなった白銀の鱗が地面へと剥がれ落ちていく。


「好きなだけ持っていくといい。この位でいいかい?」


アルビオンが報酬として差し出したのは自分の鱗だった。剥がれた古い鱗を鼻先でアマデウスの方にやるとそんなことを聞いてきた。

龍の鱗といえば羽のように軽く、オリハルコンに匹敵する強度を誇る最高級の素材である。武器と防具のどちらに加工しても一級品が出来上がり、売れば鱗1枚で屋敷が建つ程の価値がある。龍王のものとなればその価値は想像がつかない。

伝説級の一品にも使用される素材を惜しげも無く寄越されてアマデウスとセレスティナは息を呑んだ。

アルビオンは自分の鱗が人間にとって価値があることは理解しているが、龍種にとっては抜け毛のようなものなのだ。それで対価となるなら損はない。


「十分だ。大切に使わせてもらう。依頼は確実にこなしてみせる」


アマデウスは空間を開き、鱗の山を丁寧にその中へと収めていく。気前の良い報酬の前払いによって俄然、やる気が漲る。これでセレスティナの装備についても目処がたった。クランの名にかけて速やかに依頼を遂行することを誓った。

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