アルビオン王国編

第13話 入国騒動

アルビオン王国有数の規模を誇るグローバル侯爵領の領都ヴィヴィアンより少し離れた位置に目立たぬよう開いた境界門ゲートをくぐり抜けてティシュトリア大森林から一気に転移してきた2人は辺りに人の気配がないことを確認してからヴィヴィアンへと続く街道に足を踏み入れた。街道は綺麗に石畳が敷かれ、しっかりと舗装されており、人が歩く歩道と馬車が行き交う車道に分けられ、誰もが安心して移動できるよう配慮された造りとなっていることにセレスティナは驚いた。主要な街道といってもここまで完璧に整備されているところは珍しい。この街道だけを見てもグローバル侯爵家が優れた統治者であることがよくわかる。家格、領地経営の手腕、財力とどれを取ってもグローバル家は王国でも指折りの大貴族なのだ。


「アルビオン王国が誇る湖上都市ヴィヴィアンだ」


街道を進んでいくと目の前に澄み渡る湖が姿を現した。

湖には立派な石造りの橋が架かり、湖に浮かぶ島を利用して造られた都市へと伸びていた。橋の中央には関が設けられており衛兵たちがヴィヴィアンへの人の出入りを監視していた。馬車の者も徒歩の者も例外なく関にて荷物や積荷の検査と身分証の提示が必要となり、順番待ちで長蛇の列ができていた。

2人もそれに習いヴィヴィアンに入るために列へと並ぶ。


「あのー」


「どうかした?」


順番待ちの最中、前に居るアマデウスの衣服の裾を引っ張る。振り向くとセレスティナがおずおずと小声で話しかけてきた。


「身分を証明できるものとか何も持っていないのですが……」


身分証明の手続きの心配をするセレスティナに対してアマデウスはそんなことかと笑って、心配するなとまた前を向く。

こればかりは任せるしかないと一応は納得したがどうにも落ち着かない。

奏功しているうちにひとり、またひとりとヴィヴィアンへと入っていく。そしてアマデウスたちの番になると目つきの鋭い壮年の衛兵と大柄な若い衛兵が待ち構えていた。


「身分を証明できるものの提示を。荷物はこちらで検めさせてもらう」


壮年の衛兵に促され、荷物を若い衛兵に手渡すとゴソゴソと中身を漁り始めた。

手持ちには大した物は入れていないので荷物検査は特に問題なく終わった。


「身分証明は何を提示すればいい?」


「クランの登録証、商人なら組合登録証、国や領主が発行する手形、何でもいいからさっさと出せ」


荷物を受け取り、身分証明について軽くたずねるとそんなことも知らないのかと言わんばかりに眉をひそめて見下すように鼻を鳴らすと面倒くさそうにそう返す衛兵。

その態度に多少イラつきはしたがここでもめても面倒なだけである。さっさと確認を済ませてここを去りたいアマデウスは肩を竦め、懐からいくつかの書簡を取り出して机の上に放り投げた。


「ほれ、どれがいい?好きなのを確認してくれ」


横柄な態度の衛兵に礼を尽くす気など毛頭なく、その眼前にいくつかの品を雑に放り投げてやると若い衛兵は顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がり、でかい図体を揺らしてアマデウスの胸倉を掴むと激しい口調で叫んだ。


「貴様ッ!なんだその態度はッ!!」


自分のことを棚に上げ怒りを顕にする若い衛兵の怒声が詰所内を駆け巡った。その様子を見ていたもう1人がさすがに不味いと止めに入る。


「おい、やめろ!少し頭を冷やせ!この街の品位を貶めたいのか!?」


壮年の衛兵による一喝が一応効いたらしく、突き飛ばすようにして胸倉から手を離すとその場にあった椅子を蹴り飛ばした。行き場をなくした怒りの捌け口にされた椅子は激しく壁に当たり、粉々になる。そしてアマデウスを睨み付けると扉を壊す勢いで去っていった。


「うちの若いのが済まなかった。すぐ確認するから、待っていてくれ」


頭を搔きながら申し訳なさそうに壮年の衛兵はアマデウス達に頭を下げ、部下の不始末に頭を抱えたい気持ちをどうにか堪え、机に放置された身分証の確認を始めた。


思えばこれが彼の受難に満ちた日々の始まりだったのかもしれない。


(やけに上等な紙だな。これもこれも)


まず手に取った書面。それは羊皮紙ではなく紙製で、それも手触りからかなり高級なものである。紙など庶民には手が届かないものだ。それもインクがよく馴染む高級品。恐る恐る内容を確認し、机にそっと戻す。すると男の顔からはどんどん血の気が引いていき、顔面蒼白となった衛兵は震える声でアマデウスに名をたずねた。


「……おっ、お名前を……お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「アマデウス・フローライト」


先程とは打ってかわって丁寧な口調で名前をたずねてくる衛兵に正直に名乗った。


名前を聞いた衛兵は今にも卒倒しそうな雰囲気だったが、そこは意地なのだろう。ごくりと喉を鳴らし、言葉を選びながら何とか会話を続けようと試みる。


「申し訳ございませんが、私では判断がつきませんので上の者をすぐにお呼び致します。もう少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わない。どうせならグローバル侯爵に直接伝えてくれ。アマデウス・フローライトが来たと」


「承知しました!」


壮年の衛兵のあまりの態度の変わりように今まで沈黙を貫いていたセレスティナですら驚きを隠せずにいた。


「おい、アラン!今すぐグローバル卿にアマデウス・フローライト様がいらっしゃったと伝えてこい!!」


大声で先ほどの無礼な衛兵を呼びつけたのだ。


「ですが……」


何故、自分がこんなヤツのためにといった様子で、命令に納得いかず領主のところに行くことを渋るアラン。


「馬鹿野郎!!そこに並べられた品を全部しっかりその目で見てみろ!!」


上司である壮年の衛兵に再び大声で怒鳴り散らされ、不承不承机に置かれた品々に目を通した。アマデウスと机の上を交互に見比べ、そこでようやく上司が慌て、自分に怒りを向ける意味を理解したのだろう。みるみる顔色が悪くなり、絶望に満ちた表情を浮かべる。


「わかったら、さっさと領主様の所に行ってこい!!」


そんな呆然と絶望に満ちた表情で立ち尽くすアランを三度怒鳴りつける。

その怒号でもってやっと我に返ったアランは大急ぎで領主邸に向かうべくドタドタと大きな身体を揺らして走っていった。


アランが走り去ったのを見送ると残った上司はもう取り繕っても仕方がないとばかりに大きな溜息を吐いた。部下のやらかしは消えることはないが、上司の自分にできることはこれしかないと腹をくくる。


流れるような所作ですぐさま跪き、頭を地面に打ち付けたのだ。いわゆる土下座の格好である。


「部下の数々の無礼、大変申し訳ありませんでした!殺されても文句は言えません。ですが部下の失態は上に立つ私の責任。どうか私の首一つでご容赦いただきたい。奴は馬鹿ですが、それでも未来ある若者だ。どうか………」


一国に仕える衛兵が必死に部下を庇おうと無様に地面に頭をこすり付けているのだ。この光景は異常である。

その原因はアマデウスが取り出したものにある。そっとそれが並べられた机の方へ移動すると書状の1枚を手に取って目を走らせ、またもう1枚、またもう1枚と内容を確認していく。そしてこれで何度目だろうかという衝撃に苛まれた。


最初に手にした書状にはアマデウスの名と共にこうあった。


この者の身分を桜花皇国の名において、保証するものである。またこの者を我が国における最重要人物として扱うものである。と。


そして、桜花皇国の国章と国家元首である神皇の直筆と思われるサインが刻まれているではないか。残りの2枚も概ね同じような内容で違うのは国名と国章、そしてサインの部分であった。

これらの内容を見て衛兵の二人は顔を青くしたのだ。列強の要人に喧嘩を売ってタダで済むとは思うまい。衛兵たちの態度の変わりようも納得がいく。


衛兵に平伏された当の本人は落ち着いたものだった。失敗は誰にでもあるし、男の言うように正していけばいい。それに何よりも部下のため生命の差し出す覚悟で土下座までしてくれる上司がいるのだ。目の前に伏す彼が居ればきっと大丈夫だろうと男の姿を見て思っていたくらいだ。


「気にするな。あの態度はまぁ問題だが、あなたが付いているのだから大丈夫だろう。これからは品格ってやつをしっかり教えてやるんだな」


そう言ってアマデウスは笑って水に流すことにしたのだ。この情に厚く、漢気溢れる衛兵のことがどうしようもなく気に入ったからだ。魔力や戦闘力ではない心の強さ、人間としての魅力を見せつけられたことによって。


「感謝致します。二度とこのようなことはさせませぬ。この生命に誓って!」


平服しっぱなしで先程よりいくらか老け込んだ感のある男を立たせるとその肩を強く叩いた。


「気に入ったよ。部下のために恥も外聞もかなぐり捨てて土下座なんてなかなかできることじゃない。名前を聞いてもいいか?」


「はっ、はい。オリバーと申します!」


アランはこのあと上司であるオリバーにこってりと絞られることになろう。だが、何かを失うわけではないのでしっかりと悔い改めることだなとアマデウスは思うのだ。






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