第12話 これから

立つ鳥跡を濁さずの言葉通り、懸念材料の処分も済ませた。身辺整理をしてこの深い森の中に建てた長年住み続けた隠れ家とは暫しの別れとなる。

アマデウスは独り静かに暮らすことに憧れて世俗との交わりを捨て、この場所に居を構えたのだ。だがこんな形でまた表舞台に引っ張り出されるかもしれないと思うとなんだか不思議な気分になった。だが今は感傷に浸っている暇はない。


重要なのはこれからについてなのだ。


「これからクランの本拠地に行く。場所はゴンドワナだ。ついでに少し世界を見て回りたいと思う」


簡潔に自身の考えをそう伝えるとセレスティナは素直に頷いた。


「それは構いませんがここってそもそもどこの森なのですか?」


「あぁここか。聖域だの星の肺だのと呼ばれるティシュトリヤ大森林だ。ここはその表層に当たる場所だ」


さらっととんでもない事実を告げられたとんでもない事実に驚きのあまり咄嗟に言葉が出てこない。セレスティナの記憶が正しければ、ティシュトリヤ大森林といばメガラニカ大陸でも有数の森林地帯である。この森には魔獣が異常に少ない。異様に濃い精気が満ちているせいである。精気は魔力とは対極に位置するエネルギーとでも言えば良いだろうか。魔力を糧とし魔力を自由自在に操る魔獣にとっては猛毒なのだ。それ故に【聖域】とも呼ばれ、最深部には霊の上位種である大自然或いは星の意思を司る星霊が住んでいるとも伝えられる。

そんな場所で生活していたのだ。普通の人間は踏み入るどころか、近づくことさえも思わないだろう。


「あまりにも非常識な……」

そう口にするのが精一杯だった。開示された情報の衝撃についていけずにいるセレスティナをあえて無視してアマデウスは話を続けた。


「まずはアルビオン王国のヴィヴィアンに向かおうと思う。アルビオン王国にあまり長居をするつもりはないがな。そこから東に向かって移動しながらクランの本拠地のある浮遊大陸ゴンドワナを目指す」


アマデウスは世界を巡るうえでいくつか立ち寄りたい場所があった。引きこもっていた年月が長かったため、貴族狩りの件も含めて各地で情報収集をして世界情勢がどう変化しているか知る必要があった。


メガラニカ大陸にある国家群において一際影響力を誇る8つの大国が存在する。


西端の雄【アルビオン王国】

東西線の交わりに鎮座する【龍王中原連盟】

北の覇者【アヴローラ連合】

南洋を征する軍事国家【アルマダ】

シオン教の総本山【シオン聖主領】

星霊の領域【ゴンドワナ】

真祖の統べる地【ワラキア】

極東を統べる海洋国家【桜花皇国】


この8カ国のバランスがメガラニカ大陸では重要になってくる。その他の国家はどこかの大国に臣従するか、同盟を組み抗うかして生き残りを図るのだ。

大陸の勢力図の理解としてはこんなものだろう。


これらの大国を中心に巡って行けば多くの情報を集めることができるのだ。物見遊山も兼ねて一石二鳥というわけだ。


「ヴィヴィアンに行ってそこを治めているグローバル家の者に会おうと思ってな。グローバル侯爵家は代々優秀な外交官を輩出している家系だ。その情報網は大陸随一と言っていい。今の情勢、いわば生の情報を知るにはうってつけなのさ」


「なるほど分かりました」


目的については納得できたが、まだ気になることがあった。


「アルビオンに長居したくないというのは。理由を聞いても?」


「あ〜、それはなぁ……」


頭を掻きながら言い淀むアマデウス。なんと答えたら良いものかと内心で頭を抱えていた。セレスティナの疑問はアマデウスの過去に関わっていた。その過去の出来事というのがまた何とも言い難いものなのだ。いわゆる若気の至り、黒歴史というやつだ。

一方、そんなことは露とも知らないセレスティナはそんなアマデウスの苦慮する姿に戸惑っていた。

聞いては不味かったのだろうか。そんな考えが頭よぎる。そうなったらもう質問したことへの後悔が湧き上がり、居ても立ってもいられずに慌ててアマデウスに頭を下げた。


「聞いてはならないことだったのですね!申し訳ありません!」


「いや、いや!そんなことはないぞ。頭をあげてくれ!こっちが居た堪れない気持ちになるッ!」


「しかし………」


「なんだ……。まぁ昔、ちょっとあってな。クランを立ち上げてそれなりに実績を出した頃、俺もまだ若かったというかな。アルビオン王家とちょっと揉めてだな」


「なっ……。王家とですか……」


これまたまたとんでもない大物が飛び出してきた。

彼が大クランを率いていることは知っていたので王家や大貴族から依頼もあるだろう。依頼の内容をめぐって揉めることもゼロではないが、アルビオン王家と関わりがあることにも驚きだが、さらに何やら因縁すらあるとなると最早驚く気にもならない。


セレスティナは思った。だから、彼はこんな辺鄙な所に隠れ住んでいたんじゃないかと。


「はっ、そのせいでティシュトリア大森林に!?まさか王家に刃向かったせいで指名手配されてたり!?」


「待て、待て。落ち着け。何を想像したのか知らんが、ここに住んでたのは単に落ち着いた暮らしをしたかっただけで、指名手配もされていない」


「……すみません。取り乱しました」


つい勝手な想像で先走ってしまったことへの自分への羞恥のせいで顔が熱い。アマデウスの視線に耐えきれずに赤く染まった顔面を手の平で覆い隠し、蚊の鳴くような声で謝罪を口にした。そんなセレスティナの姿にやれやれとばかりに苦笑いを浮かべた。


「とにかく昔の話だ。王家の奴らと会うなんてことはそうそうないから気にするな」


「はい……。でもグローバル侯爵家の者から伝わる可能性はないのですか?」


「まぁその時は……。うん」


「いや!答えてくださいよ。怖いじゃないですか!!」


「一、他国に逃げる。二、クランの奴らを集めて戦争。三、伝わる前にグローバル家を潰す。俺のおすすめは一だな」


「あなたは何を言っているのですか!?選択肢が酷すぎます!アルビオンで何をやらかしたのですかッ!!!」


あまりにも酷い選択肢の内容に声を荒らげる。国外逃亡か戦争かの選択しか残されていないなんてきっとろくでもないことに決まっている。聞きたくはないが知らずにいる方がもっと危険な気がしてセレスティナは大声でアマデウスを問い詰めた。


セレスティナの必死な形相に溜息を着くとアマデウスはバツが悪そうにアルビオン王家との衝突の経緯を白状したのだった。


「……アルビオンの守り神をペット《使い魔》にして​───」


「───それ以上はいいです!もう聞きたくありません!!」


最後まで聞かずに言葉を遮るとセレスティナは悲鳴をあげた。国が崇める存在をあろう事かペットにするなど考えられない。あまりの暴挙に目眩がした。


「すみません……。気分が優れないので横になります」


疲れきった表情のセレスティナはそう言い残してトボトボと部屋を後にし、自室のベッドにダイブした。そして彼女は二日ほど寝込むこととなった。







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