第14話 湖上都市ヴィヴィアン

「うわぁ、すごい綺麗!!!」


初めて訪れたヴィヴィアンの街並みに目を奪われたセレスティナは感嘆の言葉を零した。

広がる景色に目を輝かせ、逸る気持ちを抑え切れないといった感じだ。無邪気にはしゃぐ彼女の姿を見るだけでもここまで来た甲斐が有るというものだ。アマデウス自身も以前来たときより遥かに発展を遂げたヴィヴィアンの街並みに驚いていた。建物の数も人の数も比べ物にならないくらい増えているのだが雑多な印象は受けず、景観にもこだわった緻密な都市計画が練られて実行されているのがよくわかる。

石灰によって白く塗られた見栄えの良い建物。一枚ずつ丁寧に切り出された石が隙間なく敷き詰められた道。舗装された道を行き交う馬車に往来の波。区間がしっかりと整理されたうえで設けられた大通りに面した一等地に店を構える商館や職人たちは高価なガラスを惜しげもなく使ったショーウィンドウに自慢の品を飾り、道行く人の目を引いてた。色彩豊かなドレスに一軒家と大差ない価値の煌びやかな宝飾品。武を嗜む者が憧れる名工の一振。国を象徴する白く優美な陶磁器類。甘く優雅な香りがする方に目をやれば宝石のような砂糖菓子を求めて行列ができ、精巧な飴細工を嬉しそうに胸に抱える淑女が通り過ぎていく。世界中から集められた香辛料が山のように積まれ、食欲を唆る刺激的な臭いが市場を包む。万人を魅了する異国の茶葉が飛ぶように売れ、景気の良さが見て取れる。珍しい物が所狭しと並ぶ市場を抜ければ陽気な音楽と荘厳な鐘の音が響く聖堂広場に出る。吟遊詩人の英雄譚に心躍らせる子供たち。悲壮感たっぷりの悲恋を歌ったアリアに涙する婦人方。異国の旅芸人の魅惑的なダンスに鼻の下を伸ばして悦に浸る男衆。そんな大衆たちに慈悲深く教えを説く修道士。笑えるほど自由なその光景は平和な時が流れていることをアマデウスたちに教えてくれる。


「いい街ですね」


自然と言葉が湧き出て、広場に満ちる笑い声の中に溶けていく。歩みを止めてこの光景を眺めているだけでセレスティナも幸せな気分になれた。ずっと欲しくても手に入らない夢のような温もりに満ちた日常がそこにはあった。横に並ぶアマデウスの仏頂面もなんだか穏やかに見えた。


そんなセレスティナのように訪れた者を魅了する美しく自由で活気あるこの街は、グローバル侯爵領主の領都にしてアルビオン王国第2の規模を誇る大都市である。王宮と中央行政機関が集中する王都が伝統を重んじる政治の中心であるのに対し、ここヴィヴィアンは世界を行き交う商人たちによってあらゆる品々や情報が集まる最先端の文化と経済の集積地である。この2つの都市がそれぞれの役割を担い、果たすことでアルビオン王国という大国を支えている。

そんな王国の【顔】を美しく保つことは当然として常に発展させていかなければならないのだからそのような要地を任せられているグローバル侯爵家が如何に強大かつ有能かはこの街を見れば一目で解る。侯爵家の歴史から考えるとヴィヴィアンという経済の中心を抱える土地を王家より賜ったのではなく、王家より賜った土地に世界有数の大都市を築き上げ、領地を発展させてきたのだろう。恐るべき手腕であると共にこの国におけるグローバル家の権威と発言力は王家に匹敵するとさえ言われる。もちろん王家とも姻戚関係にあり、王位継承権すら持ち合わせているわけで。アマデウスが以前訪れた際の当主の奥方は王の妹であったと記憶している。そう遠くない未来、【侯爵位】から【公爵位】に陞爵されるだろうと予想され、人口増加に伴い経済規模が膨れあがれば独立すら可能ではないとまで囁かれており、グローバル家にその野心があるのかはさておき、この国で彼らを無視できる者などいない、ということだ。


街に入るのにごたついたつき、グローバル侯爵家から来るであろう使者を待たずして衛兵のオリバーに「聖堂広場で待つ」とだけ言伝をして街の中にやって来ていた。オリバーにそれを止められるはずもなく疲れた笑みを浮かべながらも送り出してくれたというわけだ。あの狭くむさ苦しい詰所に何時までも理由なく拘束されるのは息が詰まる。広い場所に出て早く新鮮な空気を吸いたかったのだ。何もやましいことはないのだから当然の権利である。そんなアマデウスに呆れながらも黙ってついてくるあたり、セレスティナも似たようなものだったのだろう。

セレスティナは広場のベンチに腰掛けると大きく伸びをした。やっと窮屈な場所から解放され、落ち着ける。思い返してみるに、街に入る際のことは運が悪かったとしか言いようがない。先に見下した態度をとったあの衛兵に問題があるのであり、アマデウスも衛兵には辟易としていたが何かをした訳では決してない。セレスティナの方が一発殴ってやろうかと思ったくらいだ。やはり自分より遥かに大人なのだな、と横で腕組みをするアマデウスの顔を盗み見ながら思った。


(彼は幾つくらいなのでしょう?見た目は20代といったところだけどきっとそうじゃない。経歴と見た目が一致しないもの。私たちとはまた違う方法で若さを保っているのでしょうけれど)


まだまだ出会ったばかりで謎も多い。


知ってることといえば召喚師を生業としていてクランを持っていることくらいだ。


それでも信頼してついて行くと決めたのだからこれから知って行けばいい、と考えて自分がまるでアマデウスのオンナにでもなったかのような思考をしていると気づき恥ずかしくなる。


一人悶えていると女性が息を切らして駆け寄って来た。


「はぁ、はぁ。アマデウス・フローライト様とお連れの方でお間違いないでしょうか?わたくし、領主様の命によりお迎えに上がりました。カトレアと申します。以後お見知りおきを」


カトレアはすぐに息を整えると優雅に一礼してみせた。


「あぁ、アマデウス・フローライトだ。こっちは連れのセレスティナだ」


「セレスティナ・レノックスです」


「無事お会いできて安心しました。街の入口で衛兵の方にこちらにいらっしゃるとお聞きしたので。改めまして、我が主がお会いになりたいとのことです。あちらに馬車をご用意してありますので領主邸までご同行いただけますでしょうか?」


「わざわざ手間を取らせて済まない。よろしく頼む」


そう言って軽く頭を下げるカトレアは笑顔で恐縮ですと、ふたりを馬車へと案内してくれた。

カトレアが御者へと合図するとふたりを乗せたグローバル家の家紋の入った豪華な造りの馬車はゆっくりとこの地を治めるグローバル侯爵の待つ館へと進み始めた。


さすがはグローバル侯爵家の馬車。驚く程に揺れが少ない。一糸乱れぬ足取りの馬はよく調教され、その馬たちを操る御者の腕もいい。何より馬車自体が振動を緩和する仕組みを取り入れてるらしく、道がしっかりと舗装されていることも大きい。カツカツと軽快な馬の蹄の音が響く。風を切り、迅速に進む馬車の中。


「あのアマデウス様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「構わない。何でも聞いてくれ」


「それではお言葉に甘えて。領主様……。我が主はアマデウス様の来訪に大変驚いておられました。何でも我が領へいらっしゃるのは数十年ぶりだとか。それにしてはお若い……。何か若さの秘訣があるのでしょうか!?」


カトレアが真剣な面持ちで何かを問いたいと申してくるので何を聞かれるのかと思い、身構えていたアマデウスは予想の遥か斜め上を行く事柄であったが女性には何より大切なことだと何とか吹き出しそうになるのを堪えた。


「ふっ、人より少し老いにくいのは事実だな。加護や何やら持ってはいるからその影響だろうな」


「ふぇ〜。わたくしもそんな素晴らしい加護がほしいですね〜。体型の維持とか肌のお手入れとか大変なんですよ〜」


心底羨ましそうにアマデウスを見るカトレア。


「そんなこと気にしなくても、十分綺麗だと思いますよ?それに健康的な生活をしてれば特に気を使うようなことではないかと」


そう言って首を傾げるセレスティナに、カトレアの表情が凍りついた。

同じ女性ではあるが、ある程度成長すると老いることなく、美しさと若さが担保された【蒼き民】であるセレスティナには無縁の話であり、カトレアの悩みを理解することができなかったのだ。



「そっ、そうですね。け、健康により一層気をつけると致します……」


張り詰めた空気の中、引き攣った笑みを浮かべながら大人な対応をみせたカトレア。


(無自覚に心を抉る様なことを……。)


胸のうちでカトレアに同情したが、これ以上この話を続ける方が要らぬ緊張を生むと判断した。


「それにしても突然の来訪にもかかわらず、時間を作っていただきグローバル卿には感謝している。それに馬車の用意まで」


「いえ、主も来訪には驚いておりましたがお会いできることを楽しみしておりますのでお気になさらず」


「それならいいが。グローバル卿にも感謝していると伝えよう」


静かに微笑んで丁寧に一礼を返すカトレア。

彼女がグローバル家でどのような立場にあるかは分からないが洗練された立ち居振る舞いといい、それなりの地位にあるのだろう。侯爵が賓客への対応を任せられる位には信頼されているのだから。


そろそろ到着します、と御者の声がした。程なく馬車が停止する。カトレアは御者と短いやり取りをしたあと到着をふたりに告げ、馬車の扉を開けると豪華な屋敷が目に飛び込んできた。その証拠にセレスティナはグローバル侯爵邸の外観に目を奪われていた。

立派な佇まいは以前と変わらず、時を刻んだ分より深みを感じる。庭も恐ろしく手入れが行き届いていて足を踏み入れるのを躊躇う程だ。屋敷を見るふたりの様子にカトレアは満足げな表情を浮かべ、応接室へと案内していく。


「主の準備が整いましたらお呼び致しますのでこちらにて暫しおくつろぎ下さい。お茶をご用意させますのでお待ちを。わたくしは主におふたりのご到着を伝えて参りますので、これにて一度失礼致します。何かあればそちらの彼女にお申し付けください」


部屋の隅に控えていたメイドが腰を折ると客間からカトレアは去っていき、侯爵を待つ間メイドが用意してくれたお茶とお菓子をゆっくりと楽しむことにした。





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