第15話 グローバル侯爵

ヴィヴィアンを中心にここ一帯を納めるグローバル侯爵の住む屋敷の応接間に通されたアマデウスとセレスティナはグローバル侯爵の支度が整う間、侯爵家に仕える使用人が用意してくれた紅茶とお菓子を楽しみながら寛いでいた。豪華な邸宅だけあって置かれている家具や調度品はどれも一級品である。身体を預けると深く沈むソファ。アマデウスはその感触が痛く気に入り、出来ることならゴンドワナにあるクランの本拠地に導入したいと考えていた。そんな風に暇を持て余すこともなく、過ごしていると扉をノックする音が響く。世話を任された使用人が扉を開けると、また別の使用人が入ってきた。

侯爵の準備ができたとの事でふたりを呼びに来たのだ。相手をしてくれたメイドに感謝を告げて応接間を出ると広く長い廊下を進んでいく。いくつもの部屋を通り過ぎ、案内されたのは一際豪華な扉の前だった。案内の足が止まったこの扉の先が侯爵の待つ執務室らしい。


「お客様をお連れ致しました」


「どうぞ」


その言葉に従い扉が開かれた。案内役はふたりを部屋へと入る様に促し、恭しく一礼をして中に入ることなく扉を閉めた。

二人を招き入れたのは執事服に身を包んだ60代くらいの紳士然としたロマンスグレーであった。カトレアが側に控えているとばかり思っていたので知らない顔に少し目を細めると、優しげな微笑みと共に一礼が返ってきた。

侯爵の近くに控えることを許されたこの紳士はこの屋敷に使える者の中で最も位が高く、主の信頼厚い人物のようだ。その所作に一切の淀みがなく、部屋に入ったのを確認すると音もなく扉を閉めた。気配を薄める術でも心得ているのか、端に控えて空気と化した。


「当家へようこそおいでくださいました。アマデウス様、セレスティナ様。グローバル家当主ココ・カトレア・グローバルと申します」


スカートの裾を摘んで見事なカーテシーを披露して魅せたのは、美しく着飾った「カトレア」だったのだ。


◇◇◇


時を少し遡る────


衛兵のアランが血相を変えて屋敷に駆け込んできたのだ。何事かと出向くと、アマデウス・フローライトと名乗る者が侯爵に会いたがってると報告をうけた。その者は五大国のうち3つもの国の、それも元首直筆の身元を保証するという旨の書状を所持していたというではないか。


アランからの報告を受けてすぐにココは、家令長であるウォルターを呼び出した。

先代の頃よりこの家に仕え、自身が最も信頼を置く彼ならば心当たりがあるのではないかと考えたからだ。かの有名なクランオーナーが自分を訪ねてきた理由わけに。


唐突に主からの呼び出しを受けたウォルターは何事かと執務室へなるべく早足で向かった。許可を得て中に入ると歴代の当主が愛用してきた歴史を感じさせる黒塗りの執務机と対になる豪華な黒い革張りの椅子に浅く腰をかけ、難しい顔をした主がいた。

普段見せる少女のようなあどけなさはなりを潜め、冷徹な決断を下し、国をも動かす大貴族であるグローバル侯爵家当主としての顔である。

若くして家督を継ぎ、その才能を遺憾無く発揮して領地を発展させてきたココ・グローバルは貴族家当主としても領主としても申し分ない人物である。だが、生まれた頃から知るウォルターにとっては孫同然。立派なお顔をするようになった、などと目に入れても痛くない彼女の成長を喜んでいた。だが、そこはグローバル家に仕える家令。しっかりと弁えており、表情を崩すことなく主の言葉を待った。


「急に呼び出して済みません。ウォルター。アマデウス・フローライトという名前に聞き覚えはありますか?」


「エルシス様や王家の方々が懇意にしていたクランがありました。そのクランのオーナーの名がアマデウス・フローライト様だったと記憶しております。この国を拠点になさっていた頃はエルシス様とよくお会いになっておりましたが、拠点をゴンドワナに移されてからはご活躍の噂だけ。ただ、ここ20年ほどはその名前を聞くことはありませんでした。引退されたものと思っておりましたが───」


ココの口から出たのはえらく懐かしい名前だった。まだウォルターが今より大分若かった頃のことだ。それこそ、今目の前に座る彼女が産まれ前のこと。


懐かしそうに先代とアマデウスについての関係を語ってくれた。二人は雇用関係を超えた友人同士だったのだ、と。


ある事件をきっかけにアルビオン王国を離れるまでその関係は続いたという。そして、数々の偉業についても。

いつになく熱いウォルターの語り口に、耳を傾けながらアマデウス・フローライトという人物を無下に扱うのは愚策だと判断し、会うことを決めた。


グローバル家はアルビオン王国の外交を担う家系である。ココ自身はグローバル侯爵家当主として王家から賜った領地を治めなければならない都合上、あまり動くことはしないが弟や妹は外交官として王宮勤めをしており、親戚を含めた一族には大使として各地に派遣されている者も多くいる。何より侯爵家には代々培ってきた情報網がある。世界中に目と耳のあるココ・グローバルは当然、「アマデウス・フローライト」の情報もまた得ていたがどれも過去のこと。ここ数年は噂すら耳にすることはなかった。突然現れた、男が極めて重要な人の名を名乗るならば警戒するのは当然である。顔を知っているウォルターを迎えにやるべきか、とも考えたが長い月日は人を変えるには十分な時間である。ウォルターでも本人と断定できないかもしれない。本物だと仮定して、ヴィヴィアンを訪れた理由わけも分からない。そこでココはそれならばと、悪戯を講じることにした。


その策とは、自らが迎えに行くというものだ。もちろん、【ココ・グローバル】としてではなく、侯爵家に仕える使用人【カトレア】として

自分の眼でアマデウス・フローライトという人物を見極めるために使用人に扮してふたりに近づいたのだ。




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