第16話 会談その壱


ココの企みはアマデウスとセレスティナを大いに驚かせた。領主邸まで案内してくれたカトレアは、使用人に扮したココ・グローバル侯爵本人であったのだ。最初に名乗った【カトレア】という名は、【湖上都市ヴィヴィアン】の浮かぶカトレア湖に由来するココのミドルネームである。

なんとも言えない奇妙な表情を浮かべたるふたりを順番に眺め、カトレアこと、ココ・カトレア・グローバル侯爵は満足げな笑顔を見せた。本来の立場と姿を露にしたココは貴家当主に相応しい朱色の艶やかなドレスに身を包み、大胆に空いた胸元を飾る豪華な金のネックレスにはドレスと同じ色に輝く宝石があしらわれ、化粧で隙なく整えられた尊顔をより引き立てる。


「驚かせてごめんなさい。どうぞお座りになってください」


口許を隠しながら花が咲くように顔を綻ばせるココは戯れに付き合わせたふたりに謝罪すると席を勧めた。席についても喜色に満ちた表情のココ。目が合えば、笑顔が返ってくる。これにはアマデウスも毒気を抜かれて、文句の言葉も度声やら。やれやれと肩を竦めることしかできない。そんなアマデウスとお茶目な侯爵閣下を交互に見比べてセレスティナは相好を崩した。


「すっかり騙されたぞ。グローバル卿」


「ふふっ。戯れにお付き合いいただいて恐縮です。短い時間でしたがとても楽しかったですわ」


上手く心を掴むことに成功したココはふたりに悟られぬよう笑みを絶やすことなく思考を侯爵としてのものに切り替えた。ここからが本番である。


「まずはわたくしの部下の失態についてですが、ご不快な思いをされたでしょう。申し訳ありません」


先程までの人懐っこい笑みは消え、貴族の顔になる。


「謝罪を受け入れよう」


済んだことだと謝罪を受け入れたアマデウスは巧みに顔を使い分けるココの姿に心の内で舌を巻いていた。若くても海千山千の大貴族。なかなかの貫禄である。難しい交渉だったなら、一筋縄ではいかなかったであろうとも思った。


「ありがとうございます。このようなことが二度とないようにしっかりと対処致します」


「こちらとしてはあまり重い処分を求めるつもりはない。当人と彼の上司にも頭を下げてもらったからな」


「解りました」


アマデウスはココ側の不手際を責めることもできたが、そうしなかった。理由は元凶である衛兵のアランを監督する立場にあるオリバーの男気に触れたからだ。損得抜きに出た申し出である。

だが、ココの解釈は全く違うものだった。アマデウス一行に貸しを作ってしまったと。ヴィヴィアンを訪れた目的のために便宜を図ることになるだろう。そこまで考えてココは無理難題でないことを祈りながら、ウォルターにお茶の準備を頼んだ。


◇◇◇


「それでどのような用向きで当家に?」


ウォルターが淹れてくれたお茶を啜りながら、ココは用向をたずねる。今日のお茶はミズホ産の茶葉を使用している。この茶葉には鎮静効果があり、苛立ちなどを抑えてリラックスさせてくれる。極めて分かりにくくはあったが、主の焦りを察したウォルターの落ち着いた会話ができるようにとの配慮である。


「改めて、急な来訪を受け入れてもらって感謝する。グローバル卿の持つ優れた情報網に頼らせてもらいたくてお邪魔した。一つ目は貴族ブルー・ブラッド狩りについて。二つ目はここ10年ほどの各国の情勢について知りたい」


「各国の動きについては専門分野ですのでお力になれるかと。ただ、貴族狩りについてはどのような情報をお望みでしょうか。確度の高い情報をお求めなのであれば、あまりお役には立てないかも知れません」


カップを置くとココは少し申し訳なさげに答えた。セレスティナのためにも【貴族狩り】についての情報は仕入れておきたかったアマデウスであるが、グローバル家の握る網にもかからないとなるといよいよ難しい。わかっているのは、どこぞの国の貴族が関わっているということだけだ。当てが外れ、自然とアマデウスの顔が渋くなる。


「貴族狩りについてならどんな些細なことでも構わない。噂程度でも何か耳にしていることがあれば教えて欲しい」


「わかりました。その前に何故、貴族狩りについての情報をお求めか聞いてもよろしいでしょうか」


ココの質問に答える前にアマデウスはセレスティナを見た。その視線にセレスティナは無言で頷いた。【貴族】と呼ばれる希少な種族であるという秘密を明かしても良いという合図だ。素性を明かすリスクよりも情報を得ることを優先させたいのだろう。確認が済み、許可が出たので情報を開示することにした。


「彼女は蒼き血の民。俗に貴族と呼ばれる種族だ。これが理由だ」


アマデウスの口から簡潔に語られるセレスティナの素性。

ココは驚きと同時に納得した。旅の連れが狙われる危険があるのなら、情報を欲しても何ら矛盾はない。


「それをわたくしに明かしても良かったのですか?セレスティナ様のような蒼き民の方は裏では高値で取引されていると聞きます。もし私が貴族狩りに加担していたら?私から他の者に漏れ伝わってしまう恐れだってあるではありませんか?」


「そうだな。忠告に感謝する。だがグローバル卿、ひとつ言わせてもらうならこの程度のことはリスクにすらならないのだよ。セレスティナが俺の庇護下にある限りな。例え、グローバル侯爵家が敵になろうと、アルビオン王国が敵になろうと滅びるのはそちらになると理解していただきたい」


アマデウスとココの視線が交差する。普段なら大言壮語だとココも一蹴するところだが、今回は違う。知っているからだ。この男が規格外だということを。ココの背中に冷たいものが走り、口の渇きを覚え、無意識にカップに残るお茶を飲み干す。カップを持つその手は微かに震えていた。


「ココ様、お茶のおかわりはいかがですか?アマデウス、セレスティナ様も宜しければお継ぎ致します」


ウォルターの落ち着いた声が張り詰めた空気を断ち切る。先程同様、主の変化を見逃すことなく、自然な形で話の流れを断ち、危険な雰囲気にならないように助け舟を出したのだ。


「アマデウス様、セレスティナ様。出過ぎた真似をして申し訳ありません。ただ危険なことだとお伝えしたかったのです」


「いや、こちらこそ申し訳ない。侮られたと感じて少し熱くなってしまった。強い言葉を使い過ぎた」


「ココ様、私は何も気にしていません。それを疑ったりもしていません。アマデウス様からグローバル侯爵家の方は信頼できると聞いてましたから」


互いが冷静さを取り戻したことで剣呑とした空気は一気に霧散し、雪解けが進む。セレスティナがグローバル侯爵家への信頼を口にしたのも大きい。

ココの顔に笑顔が戻り、アマデウスも表情を柔らかくする。セレスティナに至ってはココとお友達になりたいと考えている。

こうしてウォルターの陰ながらの助力によって明るい空気へと変わり、アマデウスとココの会談は仕切り直しとなった。


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