第17話 会談その弐
アマデウスとココがヒートアップしかけたが、執事のウォルターとセレスティナのとりなしによって事なきを得た。両者ともに冷静さを取り戻し、改めて会談を始める。
「セレスティナ様のことは一切、他言しないと誓います。ウォルターもいいですね」
「かしこまりました」
ウォルターは腰を折るとココの後ろへと下がっていく。定位置に着くと、気配が薄くなったように感じられた。
「そこについては信用している。話を戻すが、こちらの求める情報は貰えるのか?」
「各国の情報については問題ありません。もう片方については、詳しいことは何も。もしよろしければ調べさせましょうか?」
「そうしてもらえると助かる」
アマデウスが頷くとすぐにココがウォルターに『貴族狩り』について調査するよう指示を出した。ウォルターは指示に従い、急いで執務室を後にした。
これで何か手がかりが掴めるとありがたいとアマデウスは考える。気掛かりなのは、グローバル家の情報の網に何も引っ掛からないことだ。犯罪組織による人身売買絡みならば、裏社会の事柄であってもグローバル侯爵の耳に何らかの情報が入るはずなのだ。この問題の裏には犯罪組織などよりももっと大きな何かが潜んでいるのかもしれない。
「国際情勢に関してですが─────」
このメガラニカ大陸において、領土的野心を持つ列強はアマデウスたちのいる【アルビオン王国】から見て、南西の湾岸一帯を抑える【アルマダ】と【アルビオン王国】の北東部と国境を接する【アヴローラ連合】だという。
「アルマダとアヴローラ連合共に内陸部への拡大を狙っており─────」
【アルマダ】は東西交易ルートの要衝である【メガラニカ中央連邦】と度々小競り合いを起こしており、【アヴローラ連合】は【龍王中原連盟】との境にある【
「両者が本格的な侵攻に至っていないのは、メガラニカ中央連邦をワラキアが支援しており、紫天王朝は龍王中原連盟が後ろに控えているからです」
列強の思惑が絡み合う2つの地。【アルマダ】と【アヴローラ連合】による本格的な侵攻が始まれば、大陸全土を巻き込む戦争に発展するだろう。とてつもなく危ういシーソーゲームが繰り広げられていることがココの説明でよく分かった。
「海路を牛耳るアルマダが陸路にも影響力を持ちたがるのは分かる。中央連邦は東西の交わる位置にあるからな。だが、アヴローラ連合が龍王中原連盟を敵に回してまで紫天王朝を狙う理由はなんだ?」
「紫天王朝の領内で最近、世界最大級のアダマンタイト鉱脈が発見されたんです」
なるほど合点がいった。アダマンタイトの大鉱床を手に入れたい【アヴローラ連合】が【紫天王朝】 にちょっかいをかけているという構図だ。
アダマンタイトの強度は凄まじく、武器を作れば鋼を紙のように裂き、防具にすれば龍の
では何故、素材の質でアダマンタイトに劣るミスリルが普及しているのかといえば、アダマンタイトは恐ろしく希少なのだ。その採掘量はミスリルの10分の1にも満たず、手に入れるのがそもそも容易ではない。新たに発見された鉱床の開発が進めば軍事力を大幅に伸ばすことでき、アダマンタイトの輸出で経済的にも莫大な利益をもたらしてくれる。武力による【紫天王朝】の併合、もしくはアダマンタイトの産出地域を切り取ることが【アヴローラ連合】の目的となるわけだ。
アダマンタイトの大鉱脈は魅力的だが武力による侵攻をアヴローラが実行した場合、リスクも大きい。王朝に戦争を仕掛けると後ろ盾となる【中原龍王連盟】が黙っていない。王朝の領土で二つの列強が衝突することになる。各陣営と関係の深い国家が動けば世界大戦という最悪なシナリオがちらつく。
「アヴローラ連合が力をつけるのは我が国としても望むところではありません。侵攻が本格的化すれば紫天王朝を支援する立場を取るでしょう」
【アルビオン王国】は北東部で【アヴローラ連合】と国境を接しており、アヴローラの軍事増強は直接的な脅威になりうるからだ。
「表向きはそうするだろう。だがアヴローラ連合が手に入れたアダマンタイトを融通すると言ってきたらどうだ?」
ココはアマデウスの質問に渋い顔をした。意地の悪い聞き方だが、外交とは自国の利益が優先される。利益が得られるのなら見て見ぬふりを決め込むことは大いに有りうる。他の列強とて同じだ。黙っているだけで得るものがあるのならと考える者は必ず出てくる。
アマデウス自身、戦争などに興味はないが付き合う上で新しいグローバル侯爵とアルビオン王国のスタンスは知っておきたかった。
「それを判断するのは陛下や首脳陣ですので、それも有り得るというのが正直な所です。ただ私個人の意見としましては、アヴローラからでも紫天王朝からでも手に入るなら同じことかと。ならば、平和的解決を望みます」
「なるほど。グローバル卿は戦争には否定的か」
アルビオンとしてはアダマンタイトをアヴローラから買っても、紫天王朝から買っても大差はない。ココの父親であるエルシス・グローバルもそうだった。類稀な外交手腕によって多くの紛争を回避してのけ、国境を接するアルマダとアヴローラとの信頼関係構築に尽力していた。その甲斐あってメガラニカ大陸の列強の中でも血の気の多い二つの国と長い間武力衝突は起きていない。自国の平和に寄与してきたエルシスの意志は娘のココにも影響を与えているのだろう。
「これも私個人の考えですが、国内外に太いパイプを持つ私個人として権力、もしくはグローバル侯爵家としての権力を持ってすれば戦争を起こすことなど造作もないことです。私のサイン入りの手紙を何枚か書けば、明日にはどこかで戦禍の火の手が上がるでしょう。だからこそ、我々は己を律する高潔な理性が求められるのです。それを持ち合わせない愚か者は当家には必要ありません。ただ、綺麗事だけでは済まされないのもまた事実。剣を取る覚悟、拳を握る覚悟もまた必要ですが、私はそうする前に言葉を尽くします。それが国と王家より賜った当家の、役割かと」
セレスティナは黙ってずっとココを見つめていた。正確にはココの魂をだ。魂にはそれぞれ色がある。その輝きは千差万別。アマデウスの魂は極めて稀な黄金の輝きを発し、その中に無数の色が溶け込んだ銀河を想わせる色合いであるように、色の混ざり具合や輝きの強さは個人によって異なり、決して同じものは存在しない。澄み渡る大空を思わせる曇りなき魂。ココの語った信念に相応しい輝きを放っていた。
「立場としてアルビオン王国の利益が第一なのは当然だな。上手く立ち回れば得るものもあるだろうさ。この大陸が中々に危ういのは理解した。あとは自分の眼で確かめるとするか。色々と教えて貰って助かった。ありがとう、グローバル卿」
「お役に立てて幸いです」
アマデウスが手を差し出すとココもその手を握り、二人は固く握手を交わした。セレスティナとも笑顔で握手を交わした。
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