少数精鋭主義の大召喚師が征く
一二三楓
1章 出会いと旅立ち
第1話 受難の少女
「…………お腹空いた」
何せもう三日も何も口にしていないのだ。
旅の疲労と空腹でついに少女はその場で力尽き、倒れ込んだ。
少女はとにかく運が悪かった。
旅立ってすぐ、盗賊に襲われ、食料はおろか荷物も全て奪われ、手元に残ったものといえば、衣服と腰に下げた短剣くらい。
さらに盗賊から命からがら逃げた先では魔獣に襲われる始末。
ただひたすら走って、走って、走り続けたが、もう手足を動かす気力も起き上がる気力もなく、そっと目を閉じる。
「お父様……。お母様……。申し訳ありません。私は何も果たすことが出来ませんでした。今、私もそちらに参ります……」
少女は亡き父と母にもう一度会えることを祈り、意識を手放した───。
(───温かい。それにこの包まれるような感覚。ついに私も天へと召されたのですね。天の国は焼いたパンの匂いがするのですね)
少女は幸福の中にいた。辛く長い旅路の果て、目的を果たすことはついに叶わなかったが、死して苦しみから解き放たれたのだと。
冷たい地面に寝転がり、暗い夜闇が過ぎ去るのを怯えながら丸くなって過ごした日々。空腹に耐えかね何ともしれぬ草木を食べて嘔吐した日々。
それらが全てが嘘であったかのような温もりに溢れた場所。
(痛みも、苦しみも、空腹もな───)
少女は襲い来る空腹に飛び起きた。
あまりに空腹で吐き気がする。
周りをみまわすと少女の横にはパンと干し肉、そして簡素なスープがあった。ここがどこなのか。そんなことはどうでもいい。何も考えず、それに手を伸ばし、ただ恥も外聞も品性すらかなぐり捨て、ただひたすらに目の前の食事をほうばった。
口いっぱいに広がるパンの味。何の変哲もないパンが極上の料理のように感じられ、ひと噛み、ひと噛み、食事を噛み締めるごとに少女の目からはボロボロと大粒の涙が溢れ落ちた。
「わだじぃ、いっ、い、ぎてる……」
食べるという行為により、満たされていくことによって生きているのだと、助かったのだと自覚することができたのだ。
スープを飲み干してようやく落ち着いた少女は自分がどうして助かったのかということに思いが至る。
自分はどうやらベッドに寝かされていたらしい。身体を見るとあちらこちらに包帯が巻かれている。誰かが治療を施してくれたのだろうか。
そして、重大なことに気づいた。自身が何も纏っていないということに。包帯によって大事なところは覆い隠されているが、その誰かには見られただろう。たちまち真っ赤になり、少女は自分の衣服を探し、あたりを見回すとほどなく綺麗に畳まれた衣服と短剣を見つけた。
いそいそと服を着込むと改めて自身の寝かされていた一室を確認すると、 部屋にあるのはベッドと小さなテーブルが一つ。先程まで食べ物が置かれていたテーブルだ。窓にはカーテンが引かれ、外は見えない。ランプの明かりと暖炉で踊る火だけが部屋を照らしていた。
少女は窓に近づくと、そっとカーテンを引く。外はもう日が落ちていたが、街中というわけではないようだ。どうやら、森の中に建てられた小屋のようで、窓の外には黒々とした木々が少女を見つめていた。
「また盗賊の住処だったら、どうしよう」
怯えるように呟く少女の脳裏に嫌な記憶が蘇る。
ここへ連れてこられたのが乱暴目的だったら。
人攫いなら奴隷として売り飛ばされてしまうかもしれない。
少女は無意識に自身の大切な場所を確認する。が、まだ純潔を散らしてはいなかった。
裸だったことを考えると悪戯をされたかもしれないが目に見える形跡はなく、とりあえずほっとしたのだが、これからどうするべきかは何も決まっていないし、安全が約束されたわけでもない。
少女はこの部屋唯一の扉へと視線を向けた。
誰かがいるとしたら部屋の向こうだろう。もし開ければ全てが分かる。このまま中にいてもいずれは助けてくれた誰かが様子を見に来るはずだ。
そう思い、まず扉に耳を立てる。
扉の向こう。隣の部屋から聞こえるのは、暖炉で弾ける薪の音と紙をめくる音。誰かがいるのは間違いない。
少女は悩んだ。
ひたすら悩んだ末、扉を開けることにした。
あせが滲む手をドアノブにかけると意を決してそれを回す。
ガチャ
鍵はかかっていなかった。
ドアノブを回すと、ゆっくりとドアが開いていく。
恐る恐る中を覗き込むと、そこでは一人の男がソファに座り、本を読んでいた。
ページをめくる音がやけに大きく聞こえる。
緊張で強ばる身体。そして少女と男の目が合った。
男は読みかけの本に栞を挟み、閉じると少女にソファに座るよう勧める。
少女は男に従い、男のテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろす。
「目が覚めたか。思っていたより元気そうで何よりだ。今、お茶を出そう。少し待っていろ」
そう言って立ち上がった男は別の部屋へと消えていく。おそらく、キッチンか何かだろう。
思いのほか紳士的な対応に少女の警戒レベルが少し下がる。
先程まで少女が寝ていた部屋に比べるとかなり広く、今座っているソファやテーブルもしっかりとした拵えになっている。壁にはいくつかの絵が飾られ、絨毯も踏み込むと押し返す弾力があり、フカフカだ。応接間か何かだろうか。
部屋の中を見回していると男がポットとティーカップを御盆に乗せて戻ってきた。
少女の前にカップを置き、お茶を注ぐと自らも飲みかけのカップにお茶を注ぎ直し、ソファに腰を下ろした。
「それで、身体の方は問題ないか?」
そう尋ねられた少女は何度も首肯する。
その姿を眺め、問題なさそうだと判断したのだろう。男も頷き、お茶を口にする。
それに習い、少女もカップに手をつけた。
カップに口をつけると何だか安心する香りがして不思議と緊張が解けていく。
不思議なお茶を味わうとそっとカップをテーブルに戻し、少女は意を決して男に話しかけた。
「あの、助けていただきありがとうございます。行き倒れて死すら覚悟しました。この御恩は一生忘れません。何かお返し出来れば良いのですが何分、旅の空、着の身着のままという有様でして。お支払いできるものと言ったら、この身くらいのものッ……」
そこまで口に少女は言葉に詰まった。
「いや、見返りを求めて
男は席を立った。
◇◇◇
次の日───
少女が目覚めると日は高く、昨晩は泥のように眠りに着いた。
いつぶりだろだろう。こんなに眠ったのは。
野党や魔獣に怯えながら、過ごした夜。
思い返してみても、旅を始めてから心休まる日は一度としてなかったのだから。
そして、昨日と同じようにテーブルには食事が置かれている。
この家の主が用意してくれたのだろうか。
旅の間に比べたら快適過ぎて怖いくらいだ。
少女は感謝と祈りを捧げ、食事に手をつける。
パンとサラダ、そして温かなスープ。
普段の生活からしたら考えられないくらい贅沢な食事である。
少女は温かい食事を食べながらひとり、また涙を流した。
生きている喜びを文字通り噛み締める。
お腹がいっぱいになり、少女はこの家の主について考え始めた。
よくよく考えれば、感謝の意は伝えたが名前も名乗っていないし、恩人たる彼の名前も聞いていない。
それに昨日は失礼なことをしてしまったかもしれない。
身体目当てなのかもしれないと思い、身体を差し出すと言って相手を試すようなことをしてしまったのだ。
少女は自分の行いに頭を抱えた。
◇◇◇
男はいつものように読書に耽っていた。
自室にはありとあらゆるジャンルの書物が置かれているが、それは全てきっちりと分類され、本棚に並べられている。
この部屋を見るだけで男がいかに几帳面かが分かる。
ふと、読書の手が止まる。
この家に近づく不穏な気配を感じ取ったからだ。
気配の数は5つ。
目的についてはいくつか思い当たる節があるが、それについては本人たちに聞けばわかることだろうと男は立ち上がった。
少女もまた言い知れぬ不安を感じていた。
何だか外が妙に殺気立っている気がしてならない。
妙な気配に怯えていると少女の部屋の扉をノックする音突然のノックに驚き、身体を震わせる少女。
「はッ、はい……」
恐る恐る返事をするとドア越しに聞こえてきたのは家主の声であった。
「何だか外が騒がしい。様子を見てくるから鍵をかけてこの部屋から出ないように」
そう言い含めて去っていく家主。 やはり、今感じている嫌な気配は勘違いではないらしい。
少女は言われた通り、部屋に鍵をかけた。
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