第5話 最高傑作
かつて狂気の天才と呼ばれた大魔導キルケ・プライドは多くの生命を実験台とした。人体改造、人体強化、魂の解析、精神構造体の解析・強化、キメラ製造……など等。知識欲に取り憑かれた怪物はありとあらゆる興味と好奇心のため禁忌に手を伸ばしたとされている。その過程で産み出された存在の一つが蒼き民である。
血液の色が青いことと蒼い瞳を持つこと以外は見た目は普通の人間然程変わらない。だがその見た目に反して異常なまでの再生力を誇る肉体と高い魔力との親和性を持つ。
人ならざる存在との交配によって産み出されたとか、高次生命体と身体の一部を置き換えられただの、と色々な推測がなされているが、憶測の域を出ずその真偽は不明である。
その開発技術はキルケ以外再現することは叶わなかった点、あまりにも禁忌に触れすぎていたという二点の理由から世界で研究そのものが禁止されたため個体数が非常に少ない。
その希少性故に
キルケ・プライドは異端者として世界から追われる身となり、各国が編成した大規模討伐隊によって討たれたとされている。
だが研究方法や過程はどうあれその技術や成果だけを観れば人類にとって非常に有益であったことは間違いない。それを理解してしまった人類は血に染まったキルケの遺産を葬り去ることはせず、利用することを選んだ。業腹だが、それによって救われた生命もあったのも事実だ。
今では遺産は社会に深く浸透しており、日常の至る所に潜んでいる。
キルケ・プライドは人類に大いなる発展と混沌をもたらすに至ったのだ。
キルケ・プライドの生み出した禁忌の結晶が男の目の前に座っている。
その身に流れる蒼き血は少女にとって最大の交渉材料だ。彼らの血肉には数多くの犠牲の上にキルケ・プライドが造り上げた禁断の技術が宿っているのだ。
「私達はその出自故に常にその身を脅かされて生きてきました。私達は死によって苦しみから逃れることすら許さないというのに」
「貴族狩りか」
男が口にした貴族狩りという言葉。
貴族狩り──────
セレスティナたち青き民はその利用価値から闇で高値で取引されていた。だが兵器利用も視野に入れて開発されたであろう彼らを捕らえるのは容易ではない。単純に強いのだ。だが一旦、捕らえてしまえば彼らはどんなことをしても死ぬ事は無い。利用価値は計り知れない。だがどのような使い道であっても囚われた彼らに待ち受けるのは想像を絶する地獄のみ。生きたまま切り刻まれる実験材料になるか家畜の様に孕まされ続けるかあるいは不死の妙薬として貪り食われるか。いずれにしろ口にするのもおぞましい仕打ちの数々が待ち受けていることは間違いない。
セレスティナは身体の奥底から湧き上がる怒りをどうにか抑え、表面上の冷静さを取り繕っていた。微かにセレスティナの唇が震えるのを指摘はせずに男は次の言葉を待った。協力するという言葉以外、今は意味をなさないと理解しているからだ。
「はい。襲撃もおそらく私を狙ってのことでしょう。ここにたどり着くまでにも一度捕まり、手足を二度ずつ切り落とされました……」
「そうか。辛い思いをしたな」
「その人が見つかればきっと助けてくれるってお母様が。もう逃げ隠れしなくてもいいんだと!」
ここでセレスティナは一旦落ち着こうと言葉を切った。先程からずっと感情的になりそうになってしまっていた。カップを持つと、ほんのり温かい紅茶の香りが気分を和らげた。
「もう一杯どうだ?」
「………お願いします」
セレスティナの空いたカップに紅茶を注ぎ直すと自分のカップにも紅茶を注いだ。さっきまでコーヒーの入っていたカップに紅茶を注いだため少し濁ってしまっていたが、男は特に気にすることなくカップを傾けた。
「それで探し人とやらの名前は?」
カップをテーブルに置くと男はこの話の肝となる捜索対象の名を尋ねた。これまでの話からそれなりの有力者であり、蒼き民を利用しようとはしない善人なのだろう。男はその人物に興味が湧いてきていた。
「その方の名前はアマデウス・フローライト。高名な召喚師で大クランのマスターをなさっていた方だと聞いています」
名前を聞いて男は吹き出した。
こんなことがあるのだろうか。あまりにも出来すぎている。偶然というものは時にとんでもない奇跡というやつを起こすものだ。あるいはセレスティナのこれまでの不幸と釣り合うほどの幸運が働いたのか。因果とはこうも不可思議な現象を引き起こすのかと。それがたまらなくおかしかったのだ。愉快、痛快とはまさにこのことを言うのだと腹を抱えた。
涙が出るほど愉快、愉快と笑い倒し、男はやっとのことで笑いの沼から這い上がると呼吸を整え、目を白黒させて状況を飲み込めずにいるセレスティナに向き直った。
「いや。すまない、はぁ。あまりにも出来すぎているものだからな。申し遅れてすまない。俺の名はアマデウス・フローライト。お前の探し続ける男とは俺のことだ」
「ふえ?」
状況についていけず、間抜けな声をあげるセレスティナ。
砂漠で落とした金貨を拾うだとかひと堀で鉱脈を見つけ出すだとかこれはそういった類の話だ。
「信じられんのも無理はないな。俺も信じられんさ。このような偶然。俗世と関わるのが面倒になったからこんな所で隠遁生活をしているというのに。引っ張り出しにきた者をわざわざ助けてしまうとは。運命すら感じてしまうじゃないか」
たまたま助けた相手が探し続ける相手がその助けた方だとは、男も当人でなければ与太話と笑い飛ばしていたに違いない。
「そんな、信じられません!そんなこと……。あなたがお母様の言っていた方だなんて……。そんな偶然。嘘はやめてください……。私は必死で、あなたまで私を貶めるのッ!!?」
すぐに男の言ったことを信じることができず、ガタンとテーブルを叩いた音が響く。勢いに任せ立ち上がり、セレスティナは叫んだ。何故謀るのかと。何故、裏切るのかと。
男の言葉を素直に信じる余裕はセレスティナには残されていなかった。疑心暗鬼に陥った彼女の頑な心。今までの辛い経験がそうさせたのだ。
単純に限界だった。何もかもが。裏切られたと感じた瞬間、セレスティナの中で何かがはじけ飛んだ。
理性のタガが外れ、無意識下で抑えられていたであろうセレスティナの膨大な魔力の噴出。小屋自体はアマデウスの施した結界によって護られていたが家財はそうはいかない。リビングダイニングとして利用していた部屋のありとあらゆる家具が壁や天井に激突し、悲惨なことになっていた。それでも魔力の嵐は収まることを知らない。
セレスティナの感情に呼応するかのように蒼血に宿る力が暴走を始めていた。
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