第3話 指折、蜂刺し

少女が血の雨にうたれ、青色と赤色が綯い交ぜになったひどく濁った色に染まる頃。


家主もまた裏での戦闘の気配と結末を大まかだが察知していた。それはどうやら目の前の5人も同様で、消えた仲間の気配に明らかに浮き足立ち始めていた。


そうなってしまえば後は呆気ない。ひとり、またひとりと家主の男によって始末されていく賊たち。

男はあえて二人ほど殺さず、腹部に拳を突き立てて意識だけを刈り取っていく。くぐもった声を発して倒れる襲撃者。襲撃の目的を詳しく聞き出すために捕らえ、1人ではなく2人を生かしたのは確実性を高める意味合いと保険だ。


捕らえたふたりを引き摺って家に戻ると武器と衣服を剥ぎ取り、手近な椅子へと縛り付ける。意識を失い、身体の自由を完全に奪われた生き残りたち。


始末した賊たちの亡骸はすぐに燃やした。全部で9人。うち2人は捕らえたので、残り7人の襲撃者が返り討ちにあい、死亡したわけだ。


少女が手にかけた4人は些か無惨な状態ではあったが仕方あるまい。これまでにも彼らは金のため多くの生命を奪ってきたのだ。ここが彼らの人生の袋小路。己の行いの報いを受けたのだ。


燃えて灰となり土へと還っていく賊たちを眺めながら男は心ばかりの情けで短い祈りを捧げた。


◇◇◇


辺鄙な森の奥にある小屋の中には現在、4人の人間がいる。

1人はもちろんこの家の主である。

その主に保護されている何かしらの理由でその身を狙われている少女。

そして、彼女を狙いやってきて捕まった賊の生き残りふたりである。


その賊たちは小屋の地下にある物置に半裸の状態で椅子に縛られ、目隠しをされ、舌を噛んでの自殺防止のために布を噛まされて拘束されている。

襲われた少女はこの場にはいない。捕らえてはいるが万が一何かがあるといけないという配慮からだ。

少女は風呂で血にまみれた身体を清めている頃だろう。


少女からも事情も聞く必要があるが、まずは目の前のふたりからだ。こいつらから情報を聞き出さなければならない。


ただの盗賊などではないことはすでにわかっている。そこらの有象無象の戦い方ではない。その戦い方から連携までしっかり訓練されたものだった。要はその道のプロ。殺しや人さらいといった汚れ仕事を生業としている連中ということだ。


捕まったときのことも考慮して情報が漏れぬように特定のワードに反応して発動する術式を仕込んだりしているかもしれないのだ。


目的から雇い主、その背後関係諸々について洗いざらい吐いてもらうつもりだ。


「今から質問に答えてもらう。素直に喋るなら生命までは奪わないと約束しよう。だがこちらが望む情報が得られないのであればこちらもそれ相応の対処をする。楽に死ねるとは思わないことだ。理解したならゆっくり頷け」


囚われの身となった賊は家主の言うとおりにそれぞれゆっくりと頷く。


「よし。今から口枷を外してやるが、おかしなことを考えるなよ。変な真似をしようとしたら即座に身体の一部を切り落とす。いいな?」


ふたりがまたゆっくりと首肯するのを確認してから口に噛ませた布をひとりずつ外してやる。唾液を吸い、糸を引く布を床の隅に投げ捨てるとふたりは新鮮な空気を求めて深く息を吸い込んだ。


「さてまずは1人ずついこう。忠告しておくが、こちらの質問に3秒以内に答えなければ苦痛を与える。このようにな」

「アガッ……あぎゃあああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」


薄暗い物置部屋が悲鳴で満たされていく。目隠しをされ、わけも分からぬまま突然身体を貫く様な痛みにさらされて声をあげるほかなかった。ナイフでも突き立てられたのか。はたまた指をへし折られたのか。拷問に対する訓練も積んできてたがこの痛みに、苦痛に、まったく抗うことができなかった。


「あまり大袈裟に騒ぐな。お前たちがしている拷問に比べたら蚊に刺されたようなのものだろう」


そう言って男が離れると痛みが徐々にひいていく。

苦痛を与えられた方は荒くなった息を何とか整えようと必死に呼吸を繰り返す。そしてこれからこの痛みをひたすら味わうことを想像して死んだ仲間たちを羨ましく思えた。


「フゥ……フゥ……」

「さて、片方だけというのも平等性にかける。そうは思わないか」


男の言う平等的な扱いによってもうひとりもまた苦痛に苛まれていく。


「痛い!!イダイぃぃぃいア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

「これでもかなり手加減しているのだがな。そんなに辛いのか?うん?」


男の問いに必死に頷く姿はすでに心折れているようだったが、あえて無視して話を続けていく。

右側の椅子に縛りつけてある方にそっと近づいていく。撫でるような手つきでその頭に手を置いた。


「立場が理解できたようで何よりだ。それじゃ、本題に入ろうか。まずは自己紹介でもしてもらおうか。まずはお前からだ」


耳元で囁かれる悪魔の声にゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくり頷いた。


ひどく口が乾き、上手く声が出ない。口が回らず、やっとの思いで声を絞り出した。


「あっ……私は……識別用にキャロルと呼ばれていっ、います。名前はあっ……ありません」


名前がないという賊の女。男にとって名前などは大して聞いても意味のないことなので本人の申告通り、キャロルと呼ぶことにした。


「それでキャロル。お前たちの所属する組織の名は?」

「わっ……解りません。リーダーの、アルの命令で仕事をしていた……ので……。私はアルに言われた役割をこなすだけ。アルがどこから仕事を請け負うのかは知りません」


こいつの言うことが本当なら命令されて動いていただけの唯の下っ端を捕らえたに過ぎないということになる。いくらでも替えがきくような末端中の末端。それが目の前の奴ということだ。


「名前もない?組織のことも知らない?そんな言葉を信じるとでも思うか?痛みが気に入ったのら存分に味わうといい」


「嫌……イヤぁ……全部本当……ギャアアアアアー!!ウソじゃなイ゙イ゙イ゙イ゙ィ゙ィ゙ィ゙イ゙イ゙イ゙ィ゙イ゙イ」


脳に直接突き刺さるような痛みが全身を駆け巡っていく。

キャロルはビクビクと全身を痙攣させながら嘘ではないと何度も訴え続けた。


「もう一度聞く。組織について知っていることを話せ!」


女の髪の毛を無造作に掴み後ろに引っ張り、耳元で語気を強めた。冷たく、低い声は獣の唸り声を思わせる。先程までとは打って変わって怒気を含んだ威圧的な扱いに女は小さく嗚咽を漏らした。


「ひぃ……。本当にわからないんです。でも、今回の依頼は、どこかの……国からだってアルが……」

「続けろ」

「はひ、どこの国かまでは解りません。で、でも偉い人から頼まれたって………」


(こいつらは国に属している暗部の連中ではないのか。暗部の連中が仕事を依頼する裏の連中或いはその裏の連中が使うような殺し屋、攫い屋といったところか。訓練を受けている節がある点から見てそれなりの組織の傘下にいると見たがどうやら上との繋がりは死んだ中にいたであろうリーダーだけということか)


暫し、男は思案したあとにそう結論付けた。


この2人は情報など持ってはいない。いやそもそも情報を与えられるような立場にはないのだ。


男の頭を過ぎった『道具』の二文字─────。


(虫唾が走る……)


男の感じる憤りは誰に向けられたものなのかは男にしかわからない。いや、男自身も何に対して憤りを感じたのか理解できていないようにも見えた。


使い潰される運命にある目の前の襲撃者たちにも多少、同情の余地はあるのかもしれない。それでも男は尋問をやめなかった。己の安寧のため、危険の芽は摘まなければないのだ。


今度は別の、もうひとりの方へと近づくと、キャロルにしたようにまずは名前を尋ねた。


「次はお前だ。名前は?」

「……ベル」


ベルの震える唇はなかなか言葉を紡いでくれず、蚊の鳴くような声を絞り出すので精一杯だった。男の声を聞くと心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥り、自然と呼吸が早くなる。

心臓を鷲掴みにされているというのは比喩ではない。男は何時でもベルの心臓の鼓動を止めることができるし、首を刎ねることができるのだ。ベルの生き死には男の手に委ねられている。痛みを与えられ生かされていることが慈悲深いことにすら思えてくる。


「お前もどうせ大したことは知らないのだろ?だとしたら時間の無駄でしかない。生憎役に立たない物を後生大事に取っておく趣味は俺にはない。言ってる意味はわかるよな?」

「お願い……。殺さないで……」


男の冷たい声に震えながら命乞いをするベル。唇は震え、涙が頬を伝う。

殺し屋でも生命は惜しいものなのかと少し興味深くもあった。それでも男が向ける視線に一切の熱は感じられなかった。


「なら、わかるだろ?」

「いっ、依頼に来たのは男でした……」

「顔は?どんな背格好でどんな見た目だった?」

「顔はわっ、分かりません。フードを目深に被っていたから。でも声は、男でした。背格好は長身の痩せ型で統一語を話していました……」


「なるほど……。もう一人よりは使えたな。ハズレの方はいらない。ベル、お前もそう思うだろう?」


ベルとキャロルは息を呑んだ。ベルにとっては価値を示したことへの評価であり、キャロルにとっては死刑宣告にほかならないからだ。


ベルは答えに詰まった。

肯定すればキャロルは死に、自分は助かるかも しれない。

否定すれば自分が殺されるかもしれない。だが、キャロルが助かるかもしれない。

肯定すれば仲間を見捨てる人間だと思われ、不興を買うかもしれない。

どちらを選んでも男は最後にはふたりを処分するつもりなのかもしれない。


何が正解で何が不正解なのか。

それとも質問に意味などないのか。


ベルはひたすらに頭を振りしぼって考えた。


ベルが答えを出せずにいる間にキャロルの顔色がみるみる悪くなっていく。血の気が引いて青を通り越し、白に変わっていた。


「きゃっ、キャロルを救ってください。お、お願いします」


喉の奥が張りついて声が上手く出ない。仲間をあっさりと殺され、生き残っているのはキャロルと自分の2人だけ。2人とも情報源として生かされているに過ぎない。いつ崩れさるともしれない薄氷の上で藻掻くような行為にベルは吐き気を催した。胃液が上がってくる嫌な感覚に耐え、必死に目の前に立つ気まぐれな死神にキャロルの助命を請うた。


「嫌ァァァァァァ!!助けてェェェェェ!!」


すると突然、キャロルの絶叫が部屋に響き渡る。軋む椅子の音。鳴り止まぬ悲痛な叫び。目隠しで何をされたのか分からないがきっと酷いことに違いない。


「なんで!やめてっ!キャロルに酷いことしないでェェェ!!!」


ベルは泣きながら必死に男に訴えかけた。


「黙れ」


無慈悲に発せられる男の声とともにあの激痛が再度、ベルの身体を貫いた。ビクビクと身体を震わせ、だらしなく涎を垂らすこととなったベルは身体を駆け巡る痛みの中で死んだ方がましなのだと痛感した。


「お願い……。私はどうなっても……い、いいから……。キャロルは、キャロルだけは……」


うわ言のように、そう口にするのが精一杯だった。薄れゆく意識の中、脳裏に浮かぶのは笑う仲間たちの姿だった。

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