従者の仕事(下)
食事込みの昼休憩が終わると、コノハは
殿下のご自室の中に、殿下専用の書斎があるらしい。皇宮の東側の区画、
白人とコノハは
橙の甘くて爽やかな香りを、やさしい風が
農作業着を着た数人の男性が、橙の実を収穫したり、
木々になっていた実よりも、地面に置かれた籠の中に入っている実の方が圧倒的に多い故、きっと収穫の最終時期だろう。
コノハがふと気が付くと、遠くに衛士府が見える場所まで来たようだ。
篤比古の部屋は、区画の端に近い位置にあるようだ。長い廊下をいくつも通り抜けた後、ようやく白人とコノハは目的地に着いた。
「篤比古様、
引き戸の前で、白人が大きな声で話すと、部屋の奥の方から「……いいよ、入って」と、篤比古らしき小さな声が返ってきた。
ぱたぱた……と足音が聞こえると、白人はゆっくりと慎重に引き戸を開けたのだった。
白人に続いて、コノハが中に入ると、部屋の出入り口の近くに篤比古が立っていた。
コノハと同じくらい緊張している表情で、白人の方を見ると、篤比古は言葉を発した。
「……白人。新米さんの名前、コノハさん……で、合ってるよね……?」
「合っていますよ。……コノハ、こちらが篤比古殿下です。覚えておいてね」
すると、コノハよりも先に初対面の
「初めまして、コノハさんっ。今日から、宜しくお願いします」
「はじめまして、篤比古さま。……コノハと申します」
深々とお
そして、お辞儀をした後、彼女は心の中で、ひっそりと篤比古の
(すごーいっ美少年だ! ホント、キレイな顔……。中性的なお顔立ちと言ったら、ちょ……ちょっと、失礼かな……?)
篤比古殿下は、今年で十六歳になるそうだ。
背は高くはないが、髪は左右一つずつ結んである下に垂らした
ちなみに、建比古も整った顔であるが、篤比古とは雰囲気が全く違うようだ。建比古は
「で……、あっちが僕の書斎です」
コノハの顔を見ながら、篤比古は片腕を動かし左手で示して、書斎の場所を案内した。篤比古の部屋に入って、すぐ右側に書斎があるようだ。
篤比古と白人のあとについて行き、コノハも書斎の方に向かった。
とても短い距離を歩く途中で、仕切りの間から、部屋の奥にある篤比古の寝室が目に入る。彫刻飾りが付いた、木製の立派な寝台が置いてあるのが、離れた場所からでも見えるようだ。
ほんの数十歩、前に進むと、三人は篤比古の書斎に着いた。
篤比古が引き戸を開けると、昼前に彩女と一緒に探した書物が、机の横に置かれているのに、すぐにコノハは気が付いた。
「篤比古様が自主勉強されている間、君には部屋の入口で業務をしてもらうね。しばらくは俺も一緒に居るけど、皇宮正面の門が閉まる太鼓の音が聞こえてきたら、俺は書斎の前に移動するから、よろしくね。……いいかな?」
「はい、分かりました」
白人の指示を聞いた後、コノハは篤比古に向かって
篤比古は再び「宜しくお願いします」と言うと、コノハと白人に深々とお辞儀をして、書斎の引き戸を閉めたのだった。
コノハと白人が部屋の外に出ると、部屋の出入り口の横に、ちょうど二人が座れる
室内で三人が話している間に、
コノハと白人は長椅子に腰かけると、監視の業務を始めた。
緊張が続いているせいか、コノハは直角に近い程に背を伸ばしている。
そんな彼女を見て、白人は「同じ姿勢をし続けるのはしんどいだろうから、たまに伸縮運動をするといいかもね」と、やさしく声をかけた。
白人が横に伸ばした片腕を、もう片方の腕で固定するような動きをしたのを、コノハも同じように動かしてみた。
そうして、どのくらいか時間が経って、日の入りが始まる直前に、正門の方からドン、ドーンッ……と太鼓の音が聞こえてきたようだ。
白人は「座っているのが辛かったら、立って業務をしていーからね」とコノハに伝えた後、監視の場所を移動するために、篤比古の書斎に向かった。
篤比古の部屋の前で、一人になったコノハは深呼吸してから、立ち上がって両足を前後に広げて、伸縮運動をし始めた。
遠くの方から、ほわほわと橙の良い香りがコノハの鼻まで運ばれてきて、彼女は少しだけ緊張感が和らいだようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます