大自然の中で(下)

 先に着替え終わった建比古たけひこは、村長の家からコノハの実家に向かった。


 漆黒の上品な花婿衣装は、厚みのある重そうな服装であるが、建比古は歩きにくそうな様子は全く無いようだ。

 普段から武術に関わっているのもあって、建比古は皇宮でよく体を動かしているからかもしれない。すたすた……と、彼は田舎道を真っ直ぐに進み始めた。



 コノハの実家に着くと、建比古は浮き足で家の中に入った。

 すぐにコノハは建比古に気付くと、満面の笑みで建比古の方を振り返った。


「建比古さま、早かったですね! ……あっ、やっぱ真っ赤な口紅は、ちょっと派手なぁ……??」


「そ、そんなことは……無いっ!! う、上手く言えないが……、なかなか新鮮で良い、と思うぞっ!」


 顔全体を紅くなっていたので、建比古が照れていたのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 コノハの実家の中に居た人々だけでなく、家の外に集まっていた男性たちも「めでたいなぁ〜」やら「ホント感動しちゃう!」やら騒いでいるようだ。


「なら、良かったぁー。あっ……、いつでも外に行けますよっ!」




 太陽が南中して少し経った後、列を成した大団体は村を出た。皇宮の人々だけでなく、薬畑山やくはたさんの住民たちも歩き始めた。


 建比古とコノハを先頭にして、皆々は薬畑山の登山道を一歩一歩登っていく。しっかりと整備されている道で、頑丈がんじょうな階段が続いているので、誰でも快適に歩くことができるようだ。


 建比古は真横に歩くコノハを気にしながらも、威風堂々いふどうどうと歩いている。

 一方で、重く慣れない服装のコノハは、時々息が荒くなりながらも、懸命かつ慎重に前に進んでいる。花嫁衣装の後ろ側にある少し長いすそを、彩女あやめとヒバリがつかみながら、持ち運んでいるようだ。



 夕方に近づいていき、ようやく花婿の大行列は、広大に開かれた平坦な道まで来たようだ。

 ここから山頂までは、広い横幅のある一本道が続く。皇国で最も高貴な天皇陛下が憧れる花畑まで、あと少し……。




 そして、ついに建比古たちは、薬畑山の頂上に辿たどり着いたのだ。

 赤色、紫色、青色、黄色、それから白色……、まさに百花繚乱ひゃっかりょうらん! 数えきれない程、色鮮やかな多くの種類の花々が一面に咲き誇っていた。


 薬畑山の住民たちよりも、皇宮で働く者たちの感嘆の声の方が圧倒的に大きい。皇宮で暮らす人々の中で、一番大きな声を出したのは、多分怜明天皇だろう。


「なんて美しい……。まるで夢の中に居るようだっ!! ……のう、桃手ももて?」


「はいっ!」


 花畑をながめながら、うっとりとしていた天皇陛下を、桃手皇后はとても優しい目で見つめ返していた。



 遊歩道を少しずつ進み、建比古とコノハは花畑のちょうど中央辺りで止まった。その他の人々は、あちらこちら枝分かれした遊歩道に散らばって立っている。


「「天と地を護る神仏……。そして、此処ここに来て頂いた全ての方々に感謝をいたします。

 相和あいわし、相敬あいうやまい、終生変わらぬ愛を貫くことを誓います」」


 建比古とコノハは共に、暗記していた婚姻こんいんの誓いの言葉を、高らかに宣言をした。


 皇宮で働く人々と村人たちは、建比古とコノハの名前を叫びながら、大歓迎を上げる。壁が全く無い大自然の中、二人を祝う声は響き過ぎることも無く、何となく温かく感じられた。



 ひときわ目立っていた実野谷みのや国司こくしである雪麻呂ゆきまろは、豪快に明るく笑っていたようだ。

 怜明れいめい天皇と桃手、それから篤比古あつひこ花媛はなひめは、静かに微笑みながら、建比古とコノハの方を見つめている。


 また、感極まった彩女は涙を流していた。白人しろとは彩女を気遣いながら、建比古たちにもやさしく視線を送ったようだ。



「なぜだろう……。故郷に帰って来てるのに、今は皇宮が懐かしくて、恋しくて仕方が無いような?? たぶん……自分が気付かないうちに、すっかり皇宮の生活に馴染なじんでいたんでしょうね。

 それと、わたし……建比古さまの妻になって本当に良かった、って思っています」


 山道に戻る途中、コノハは不意に建比古に感謝の気持ちを伝えた。



 妻の言葉を聞いた建比古は優しく微笑んだようだ。コノハの肩に片手で触れると、建比古はコノハと一緒に再び歩き始めた。

 コノハも、建比古の方にそっと体を寄せる。


「俺もコノハの夫になれて、すげー幸せだ。明日には皇宮に帰ろう、に……」



 風に揺られている花々は、建比古とコノハを祝福しながら見送っているかのようだった。花々の精霊たちが居るのなら、これからも建比古とコノハが永遠とわに、明るく平穏に暮らすことができますように……、と伝えているのかもしれない。



 そして、爽やかなそよ風にやさしく背中を押されて、仲睦まじい二人は再び村に戻っていたのだった。



<了>

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深緑の花婿 立菓 @neko-suki

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