新妻、帰郷する(中)

 そして夕方より少し前、やっと建比古たけひこたち一行は開かれた広い集落まで来ることができた。太陽が西側に隠れていない頃、明るいうちに皆々はコノハの故郷の村に着いたようだ。


 広々と開かれている場所とはいえ、辺鄙へんぴな田舎のため、人口は数十人しか居ないという。あちらこちらに点々と、竪穴たてあな式の素朴な家が建っている。流石に隣の家までは遠いようだ。



 緩やかな上り坂を進むと、棚田の横で高齢の男性が一行に向かって手を降っているのが見えた。どうやら、その人がコノハの故郷の村長らしい。

 村長は「よ〜来てくださりました」と、一行に深々とお辞儀をして、コノハの実家の案内をした。


 村内には舗装された小道がほとんどあったが、傾斜がすごい上り坂も多いようだ。だが、歩みの遅い腰の曲がった村長は、杖代わりの太い木をつきながらも、足を休ませること無く黙々と両足を動かしているようだ。

 そのような村長の姿を見て、一行の中の若者たちは非常に驚き、分かりやすい反応をしてしまうくらい関心をしていたのだ。




 コノハの実家に着いた時、外はまだ明るいうちだった。彼女の実家の庭に入ると、庭が狭いせいか、建比古たち一行は密集しているかのようになってしまったようだ。

 すると、建比古たちの声に気付いて、貫頭着かんとうぎを着た一人の女性が家の出入り口から外に出てきた。


「ちょっと、アンタッ!! コノハが今、帰って来たよぉ〜。ボケーとしとらんと、はよお出迎えせなっ!」


「……あ……、おお」


 家の中に居た男性がチラリと外をのぞいた時、コノハは彼らに大きな声で声をかけた。


「お父ちゃん、お母ちゃん! たった今、帰ってきたよっ」



 コノハの両親が暮らしている家は、こぢんまりとしていた。そのため、使用人たちは外で待機し、建比古とコノハだけが家の中に入ることになった。


 分厚い敷物の上に建比古とコノハが座り、彼らの真正面にコノハの両親も正座した。建比古たちのすぐ側には、温かいドクダミ茶が置かれたようだ。


「コノハ殿の父君と母君! とんでもなく性急に大切なお嬢さんを頂いてしまいっ、本当に大変っ、申し訳ありませんでしたっ!! 結婚を、どうか……お許しくださいっ!」


 たまに衝動的になるという性格の欠点を、建比古はきちんと自覚して、かなり気にしているようだ。

 妻の両親との初対面で、いきなり建比古は床に頭をぐりぐりと押し当てながら、勢いよく謝罪をした。これにはコノハだけではなく、彼女の両親も非常に驚いてしまったようだ。


「そんなそんな……、建比古さまっ。もうお顔を上げてくださいなっ! こんな高貴なお方がねぇ……、肉体労働好きで、マジメ過ぎる田舎娘をもらって頂けるなんて、ものすんご〜い嬉しいですっ! ホント光栄ですよ!! ……ねえぇ〜、アンタッ!?」


「あっ……、あぁ」


 とても明るく、弾むような声を出しているコノハの母親とは対象的に、父親はの鳴くような声で返事をしたのだった。母親は陽気な性格で、父親は寡黙な人物のようだ。

 建比古がゆっくりと顔を上げたのを確認すると、次に母親は娘の方を見て満面の笑みになった。


「コノハ……、幸せになるんだよ。結婚だけじゃなくて、仕事のことも応援しとるでねっ! でも、身体からだは十分に気を付けてな」


「うん、ありがとね。急なことで驚かせて、本当にゴメンナサイ……」


「なぁ〜に言ってんのさっ! めでたいことやから、気にする必要は無いって。

 ……建比古さま、これからも娘をよろしくお願いいたします」


「お……、オ、オネガイイタシマスッ」


 コノハの母親が両手を床に付けてお辞儀をすると、父親も彼女を真似て同じ動作をした。


「はいっ、承知致しました! 婚姻こんいんを認めて頂いて、こちらこそ本当にありがとうございますっ!!」

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