従者の仕事(上)

 昨日の夕方に、程良く体を動かしたおかげか、コノハは自室の布団で、しっかりと睡眠が取れたようだった。


 布団を片付けた後、コノハは従者の部屋の横にある中庭に行った。外は陽の光が少しずつ差し込んでいて、まだほんのりと暗かった。

 中庭にある井戸で顔を洗った後、彼女は自室に戻って、素早く仕事着に着替えたのだった。




 コノハが食台の前に着いた頃に、着替えを終えた白人しろと彩女あやめも自室から出てきたようだ。


「おはようございますっ! 改めまして、……今日からよろしくお願いいたします」


 食台の側で、立ったまま朝の挨拶あいさつをしたコノハに、白人と彩女も挨拶を返した。

 すると、自分たちが同じ部屋から来たのを、コノハが不思議そうな視線を向けたのを、二人はすぐに察したようだ。


「そう言えば……。昨日、話してなかったかもしれないわね。私たち夫婦だから、寝室は一緒なの」


「あっ……、そーだったんですねっ!」


「……それから、私は大王家おおきみけの従者だけでなく、副女官長も兼ねてて……。女官たちの寮よりも、この部屋を拠点にした方が動きやすいから、こっちで生活してるのよ」


 コノハが彩女の話を聞いていた時、突然、引き戸の方から「おはようございます、朝食をお持ちしました」という声が聞こえた。

 彩女が引き戸を開けると、膳を持った三人の若い女官が立っていた。


「おはよう。いつもありがとうね」


 彩女が女官たちに声をかけると、引き戸に一番近くに居た女官は「失礼いたします」と言い、会釈えしゃくをした後、部屋の中に入ってきた。他の女官たちも、続けて会釈をして、移動したようだ。


 食台の前に居た白人が「ありがとう」と女官たちに伝えると、コノハも慌てて彼女たちにお礼を伝えたのだった。

 そして、女官たちは食台の上に膳を置くと、引き戸の前で再び会釈をし、足早に部屋から離れていった。



 白人が食台の席に座ると、コノハも見様見真似で席に座ろうとした。

 慣れない場所で、コノハが少しだけオロオロしている間に、彩女が台所から温かい緑茶を持ってきてくれたようだ。


 白人と彩女とコノハの三人が席につくと、皆「いただきます」と手を合わせて、朝食を食べ始めた。


 土器の中に入っているのは、玄米のかゆに、味噌汁みそしるに、青菜のおひたしに、いわしの塩焼……。薬畑山やくはたさんの村に住んでいた頃よりも食事の品数が多いことに、コノハは感激した。

 さらに、初めて海の魚を食べて、コノハは新鮮な気持ちになったようだ。



 三人とも朝食を済ませると、使った食器は膳ごと台所に置いていくように、彩女はコノハに伝えた。食事の後に女官たちが再び部屋に来て、使用済みの食器類を運んで、片付けてくれるらしい。


 と、台所に膳を置いた白人は、早足で自室に入って行った。食台の方に戻って来た彼の腰元には、さやに入った短剣が付いていた。


「この部屋を出る前に、武具と防具は必ず身に付けてね。……ああ、俺は従者、兼大王家の守り人なんだ。コノハ、今日からよろしくね」


 白人に向かって「はいっ!」と元気良く返事した後、コノハは自室に弓と矢を取りに行った。




「部屋を出る準備ができたみたいだから、今日の予定を話すわね――」


 食台の前で、背筋を伸ばして立っているコノハに向かって、彩女は話し始めた。


「コノハには、篤比古あつひこ様のお部屋で勉強される時に使われる、様々な書物を探すのを手伝ってもらうわ。太陽が南中する前には終わる予定よ。そして昼食後には、白人と一緒に、篤比古様のお部屋付近の監視をしてもらうわ。……よろしくね。

 それで白人……。私は少しだけ事務仕事をして出かけるから、先に行って、コノハに西の書庫を教えてあげてくれる? ……ごめんね」


「分かったよ。……コノハ、もう行けるかな?」


「はいっ、お願いします」

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