部下の心中
平地や山など自生していたり、家々に植えられたり木々の葉が青々とし始める頃になると、涼しさを感じる日も増えてくる。
皇国に、夏が少しずつ近付いてきているらしい。
強風を吹く日も一気に減り、最近になってコノハは、非常に清々しい気持ちで弓の鍛練に励むことができるようだ。
ある日の夕方、コノハは
吉年は少し驚いた表情をしたが、コノハにきちんと会釈を返した。
室内で吉年の姿が完全に見えなくなると、コノハは全身の力がちょっとだけ抜けた。
そして、いつも通りの落ち着いた気持ちで、コノハは弓の訓練場に向かって軽快に歩き始めた。
数周目の練習、三本目の矢を射終わった後のこと。コノハが的の方に行こうとした時、意外な人物が弓の訓練所に入ってきた。
「……あれ?? 今日は建比古様、来ていないんすか?」
引き戸を開けて訓練場に入ってきた後、近衛兵の
どうやら魚成は、コノハが建比古とよく訓練場で会っているのを知っているようだ。
「はい。……
「あっ、そーなんですね! じゃっ、おれ……これから、しばらくコノハ様とお話ししていても、建比古様に怒られないかもなぁ〜」
恐る恐る訓練場に入ってきた時の表情をころっと変えて、魚成は子どものような無邪気な笑顔になった。コノハの方を見る彼の目は、とてもキラキラと輝いている。
「う〜ん、『さま』は恐縮するなぁ……。それに、たぶん……わたしは魚成さんよりも年上、かな?」
「ええっ!? コノハ様おいくつですか?? ……おれは十九ですけどっ」
「二つ上ですよ。……あ、ちょっと敬語は不自然かな? 二十一歳だよ」
「えええぇぇ、年下だと思ってました!! ……あ、スミマセンッ!」
コノハは自分が童顔だということは自覚していたので、魚成の言葉は全く気にしなかった。
魚成は両手を合わせて、勢いよくコノハに謝った。
今年の春にコノハに会った時に、上記のように思い込んでいたので、彼はコノハの年齢が衝撃的だったらしい。魚成は大げさに身振り手振りをする程、非常に驚いたようだ。
「あと、おれ……実は党賀出身でっ。まあ、貧しい漁村の生まれなんですけどね。
あっ。そーいや、吉年様って、めっちゃスゴ〜イ人みたいですね。砂鉄の独占状態に、長年疑問を持っていた吉年さんが取りまとめて、三年前にやっと和解までこぎ着けたって、聞きましたよー」
「……そーなんだ。初めて聞いた」
ウキウキした様子で、魚成は矢継ぎ早に話し続けた。だが、コノハは飽き飽きした顔はせず、自然に魚成の話に耳を
「それからっ、建比古様は鬼教官とはいえ、嫌ってはいないので安心してくださいね! 根はイイ人だってのは、前々から知ってますから〜。
おれが衛士府に入りたての時、周りに庶民育ちのヤツがなかなか居なかったせいか、よくからかわれることがあって。毎回ね、建比古様がそーゆーヤツらには、えげつなく厳しく叱ってくれたんですよ! 『そんなちっさいことで優越感に
……あ……。いつもの悪い癖で、一方的に話しっぱなしになってしまったぁ〜。ゴメンナサイ……」
深いお
子犬のように人懐っこい性格の魚成なら、うっかり失礼なことをしてしまっても、全然嫌な気持ちにはならないだろう、とコノハは感じていた。魚成は会話上手、世渡り上手なところがあるようだ。
「ううん、気にしないで。皇宮に来てから、慣れないことばかりで大変やったけど、なんか気晴らしになったかも。……魚成くん、ありがとう」
笑顔でコノハがそう言うと、魚成は照れて
そして、彼はコノハの弓の鍛錬が終わるまで、休憩用の
訓練場を出ると、コノハは途中まで魚成と一緒に廊下を歩いていたようだ。
すると、魚成が突然、ポロッと予想外のことを
「やっぱコノハさん、超カワイイですねっ!!」
「え、ええっ!? ……あー、でも建比古さまからは、一切そーゆーこと言われたこと無いなぁ〜」
「それは建比古様が口下手で、照れ屋だからですよ~。毎回ここに居る時、建比古様がコノハさんを見つめる目がトロ~ン……って、してましたし。
前に実際、建比古様がコノハさんに
「ハッキリ言わないでっ、魚成くん!! もう恥ずかし過ぎて、ホント気絶しそー……」
衛士府の建物の出入り口まで
コノハは夕飯のため建比古の執務室へ、魚成は近衛兵の寮に向かったのだった。
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