夫の生い立ち
「ああ……、そうだ。話は変わるが、お前に早めに伝えた方がいいことがあってな。次の中春辺りに、
「大豪族の国司さまが、ですか……??」
「補足をすると、国司は
建比古は一口、ゆっくりと
党賀の人々は、次期天皇の座を第一子の建比古に
それだけではない。優秀な武人が多いためか、武術の訓練所で、建比古がすぐに頭角を現したことを絶賛していたからだ。同世代の近衛兵たちよりも、圧倒的に武術の上達が早かったそうだ。
一部には、建比古の熱狂的な支持者まで出てきたそうだ。
一方で、塞院の人々は建比古が次期天皇になるのに、非常に慎重な姿勢を示していた。
塞院は豪族と庶民、身分差は関係無く
……とはいえ、建比古の極度な荒っぽさは、彼自身の性格だけで生まれてきたのではなかった。根が優しい建比古は、己の心情を気に留めず、好き勝手に周りが騒ぎ立てることに、不快感でいっぱいだった。
懸命に気を
ある日、一対一で年上の近衛兵と剣の訓練をした時、受け身がうまくできず、建比古は左目に怪我をしてしまう。左眼を失明させた上に、くすんだような青に変色したことが、さらに建比古を追い詰めてしまった。
『……建比古さま、まるで鬼のようね』
『ああっ、本当に恐ろしいっ! ちっ、近寄りたくないわい……』
塞院の者々から「気味が悪い」と言われて、あからさまに避けられていたため、建比古は自分の人生に切望しかけていた。コレが、建比古が眼帯をするようになったきっかけである。
当時は自分の左眼を毛嫌いして、数えきれない程の鏡を割ってしまったという……。
普段は勇ましく堂々としている建比古の、秘められた繊細さを知っているのは、身内を含めた一部の人間だけしか居なかった。
塞院出身ではあるが、庶民とはいえ
そして時は流れ、建比古が十三歳の時、篤比古が生まれた。
だが、塞院と党賀の抗争はほぼ落ち着いたとはいえ、建比古の心は再び乱れてしまった。めでたい出来事のはずだったが、彼の新たな苦悩の原因となったのだ。
赤子だった篤比古の愛らしい寝顔を見て、思わず建比古は積もりに積もっていた負の感情を全て吐き出してしまった。
(これで、俺は楽になれる……)
その瞬間、同時に彼の心には篤比古への『罪悪感』が襲ってきた。唯一の弟に、皇太子という重圧を全て押し付けようとした自分を、心底恥じたのだった。
だからこそ、自分は身を粉にしても篤比古を支えていこう!! 『鬼』になりかけた
「何か……、泥くせー昔話を聞かせてしまったか? ちょっと長過ぎたな、ホント悪かった……」
再び杜仲茶を飲んで、コノハの顔を見た時、建比古はコノハがぽろりと涙をこぼしていたのに気が付いた。
建比古はハッとして、すぐに我に返った。立ち上がってコノハの
「これを使って
「……いえ……。感情的になってしまい申し訳ありません……」
建比古から手拭いを受け取ると、コノハは急いで両頬の涙を
すると、建比古はその場でしゃがんで、コノハの手にそっと自分の片手を乗せた。
「ああ、でもな……。お前と
……コノハ。俺の妻になってくれて、本当にありがとうな」
建比古から感謝の言葉を聞いて、自分の手を優しく握られると、コノハは
コノハが泣き終わるまで、建比古はしゃがんだまま、決して彼女の側から離れることは無かった。
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