第21話 リンドウ
「ちくしょう、竹丸にいいとこもっていかれたな」
竹丸におんぶされている士郎を見届けて、真琴は言った。でも安心した。竹丸なら士郎を連れていけると信じてた。
真琴は士郎を愛して、おびえてもいた。彼の背負っている怨念の塊、その漆黒に飲み込まれ二度と戻ってこれない気がしていたから、士郎の心に踏み込む勇気はなかった。友人関係を続けたいから告白しなかったんじゃない、士郎と運命を共同した時に自分におこる不幸が怖かった。
竹丸は何も恐れず、士郎に踏み込んでいって、それが憎くてうらやましくて、でも尊敬した。
「負けだな」
真琴は夜空を見上げる。
もうすぐ九時三十分が近づいている。スーパーオノシタの親会社に雇われたごろつきは鉄平がもってきた縄で縛って、屋敷の倉の中にいれた。
「ど、どうか命だけは」
さめざめと泣きながら禿頭の大男が言う。
「人殺しとかキモいことせぇへんけど、君らにはしてもらうことがある。わざと玉突き事故起こしてもらう」
鉄平が言った。
「なにそれ?」
「スーパーオノシタの地下の封印をといて、あそこのバケモンをこの山に戻すためです。人か近づくと危険や。事故で交通規制をかけてもらう。その為ですねん」
「なるほどな。鉄平くん、君はほんとに侮れない、あくどいな」
真琴は感心して言った。
「せやろ。あくどさには自信があります。君たち、やってくれるやんなー? お返事はー?」
「は、はい! 生け贄にされないためならなんでもします!」
ごろつきたちが懇願する。
「生け贄ってなにそれ?」
真琴が尋ねると、ごろつきの一人がいきなりうわあ、と泣き出した。
「やられたんです、社長につれていかれて。俺の同僚、超過労を労基に訴えようとして、殺されてここに埋められたって。俺は仕返しにきたんです」
髭面の柄シャツを着た男が泣きながら言った。
「……うちの会社ではしゅっちゅ行方不明者が出ました。俺はパワハラで自殺した奴の死体を運ばされて、この山に埋めました」
禿頭の男が悲しそうに言った。
「うっわ、駒田って最悪だな」
真琴は眉をひそめて吐き捨てる
「ほんまにキモいな」
鉄平も忌々しげに言った。
霊山に生け贄をささげ、より怨念を増やして強化する。スーパーオノシタの地下に封印された絶滅されられた民族が、帰ってこれないようにするためだ。いつも霊山の方が怨念が強い状態ではいけなかった。
「真琴さん!」
若い女の声がした。
振り返ると、良子がいて真琴は驚く。その横に顔色の悪い宮田がいた。
「良子ちゃん、どうしてここに」
近づいて、真琴は彼女の目を見て驚いた。紫色の瞳をしている。良子は真琴のことを、まこちゃんと呼ぶ。
「違う……あなた、誰?」
「ごめんなさい、私は名乗ることができない。名前を忘れてしまった。私は滅ぼされた民族の一人。この子の体を借りた」
良子に憑いたものがほほえんだ。
「私はあなたをよく知っています。真琴さん。あなたは私たちのためにいつも泣いてくれた、ありがとう。次は私が力になる番です」
あの巨大な化け物の中には、こんな美しい瞳をした人が眠っていたのか。
「ありがとう。名前がないと不便だから、リンドウと呼んでいい?」
リンドウの花言葉は誠実、満ちた自信。
「はい。リンドウはあなたたちの力になるので、どうかこの忌まわしいことに決着をつけたい」
「私たちは終わらせる、何もかも。真琴さん、大丈夫ですか?」
そう聞いた宮田の方が大丈夫ではなさそうだ。
「はい、大丈夫です」
「……士郎は?」
「竹丸が連れて、屋敷の真相部に向かっています」
鉄平が答える。
「みなさん、親指を出して。私の髪をお守りにして結びます」
リンドウが言った。彼女は銀色の髪を丁寧に右手の親指に結んでいった。
宮田が蔵の壁にもたれ、そのまま座り込む。
「神主さん、辛そうやな。時間まで休んでてください。ボクが代わりに物部慶三さんを呼んできます」
鉄平が言った。
「すまない。これを持っていきなさい……君は霊力に強いようだて神主の私が情けないことだ。物部の者がきたらこれで追い払ってくれ」
宮田が鉄平に渡したほうきには、銀色の髪の毛が巻かれて光っていた。
「はい。じゃあ、真琴さん。ボクは慶三さん呼んでくれるんで、士郎さんのとこいってください。宮田さんは、こいつら見張っててください」
鉄平はそう言うとほうきを逆さにして持ち、俊敏に走っていく。
「真琴さんも、このほうきをもって」
リンドウが真琴にほうきを渡す。真琴はうなずいて受け取る。
「行こう」
時間がない。
忌まわしいこの土地を浄化なんてできない。手遅れだ。このままにしておくしかない、封印をといたら計り知れない被害が出て無関係の者を巻き込む。
全部、言い訳だった。
たった一人が依り代となれば解決する。そうやって誰かが犠牲にして成り立つつ社会は間違っている。
やらないことばかりの御託はもうたくさんだ。
愛する人が死ぬこともできず、地下で呪いを一身に受けて苦しみ続けるなんて、絶対に嫌だ。
滅ぼされた民族、殺された神社の一族、数え切れない生け贄たち。すべの犠牲者を掘り起こして慰霊しなければならない。
広い屋敷をリンドウは迷いなく走った。屋敷の奥へ行くほどに廊下が狭くなり、突き当たりにドアがあった。開けると裸電球が一つぶら下がった暗い部屋で、竹丸と士郎がいた。
真琴は士郎にかけよって、彼を強く抱きしめた。士郎の手が背中にまわる。
「君を愛してる。お願い、犠牲になるなんて言わないで」
真琴は士郎の肩に顔をうずめて泣いた。
「はい。僕が間違ってました、ごめんなさい」
士郎が涙声で答えた。
「三人で終わらせましょう。何があっても、俺は二人を守る」
竹丸は真琴と士郎を抱きしめた。三人でしっかり抱き合って意志をかためた。
「でもね、ごめんなさい。士郎くんの命は私たちのもの」
リンドウが悲しげに言った。
「良子さん……ではないですね。あなたは虐殺された一族の人ですね」
士郎の言葉に、リンドウはうなずく。
「この子の体を借りてます、リンドウと呼んでください。あなたの使命を手伝いします」
「お願いします。僕は人生をあなたたち、そして犠牲者の慰霊に人生を捧げる」
士郎は毅然として言った。竹丸と真琴に安心させるように、彼は微笑む。
「慰霊が完全に終わるまで、僕は年もとらないし、死ぬこともない。半分、人ではなくなる」
士郎が言ったことに真琴も竹丸も驚く。
「そんな……じゃあ、士郎くんはやっぱり犠牲になるじゃない」
「どうにかならないのか、そんなの酷いだろ!」
真琴の悲しみ、竹丸の怒りに、リンドウは悲しげに目を伏せた。
「どうか彼女を責めないで。犠牲じゃない、僕がやりたくてやる。僕は慰霊がしたいんだ、この山とスーパーの霊をこの世から解放したい。それに、物部家に人柱にされるより、ずっとマシなんだよ。本来はスーパーオノシタの地下に閉じこめられ、呪いで苦しみながら死ぬこともできない・・・本来ならばそうだった。でも、真琴さんと士郎さんが助けに来てくれたから、自由の身にはなれるんだ」
士郎の顔は清々しかった、澄んだ瞳をしていた。
慰霊は何年続くのだろう。何百年も続いた呪いと怨念を解放する、果てしない時間と労力を要するだろう。それは士郎という心から慰霊を願う者にしかできない。
「私も出来ることをする。士郎くんのためなら、何だってする」
真琴は言いきった。
「俺もです」
竹丸もうなずく。
「じゃあ、二人でスーパーオノシタの地下にある丸鏡をこここに持って来てほしい。鏡を持ち出すのはあの忌み地にいるすべての霊を引き連れてくることになる。リンドウが霊たちを説得してくれるだろう」
「わかった」
真琴と竹丸は二人でぎゅっと士郎を抱きしめて、部屋から出た。
※
士郎の信念を、竹丸と真琴は宮田と慶三に話した。
「俺は情けない。物部の悪行を俺が止めるべきだった。この山で駒田が人を殺していたのことも俺は知らなかった。情けない」
慶三が悔しそうに言った。
「いえ、あなただけの責任ではない。私の力も及ばなかった。あの子にすべて背負わせてしまって」
宮田が正座して頭を下げる。
「お二人の気持ちはわかります。でも、士郎くんが決めたことだから、今は私たちに出来ることをやらないと。丸鏡は店の地下にあるんですよね? どうやって持ち出せばいいですか?」
「丸鏡は三つあります。一つは神社に、二つめはこの屋敷内、そして三つめ店の地下。この鏡を同時に持ち出す必要があります。持ち出す場合、常に鏡に向けて反射させている必要があります。神社と店付近、山にカーブミラーがあるのは、鏡を持ち出す為の時です」
宮田が答えた。
「その照らす鏡は、小さい手鏡でもいいんです?」
「はい。しかし、店の地下の丸鏡は強い呪術がかけられていて、容易に持ち運びは……」
「やります。私と竹丸で。こいつと私はずっとあの店で働いてきました。呪いの体制なんてとっくについてます」
「真琴さんの言う通りです。やります」
竹丸は奥歯をかみしめた。
「鏡を用意してかつ、店の地下のバケモンを出す方法は考えてます。こいつらごろつきに、店の前で玉突き事故を起こさせます。車ムカデ作戦やね」
鉄平がにやりと笑って言った。
捕らえられたごろつきはもう抵抗する力もなく、床に横たわっている。
なるほどな、と慶三が関心した様子で呟く。
「じゃあ、作戦開始ということで。ボクは物部家の見張りしてます。ボクは強いから、任せとってください。丸鏡を店から出す時、連絡くれ」
「任せたからな」
竹丸は鉄平の肩をたたいた。
宮田と真琴は慶三の車に乗った。 竹丸はバイクでスーパーオノシタに向かった。
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