閉店三十分前

なつのあゆみ

第1話 ラッキーボーイ

 一の話、産まれてみたが産着も着せてもらず、穴に葬られた。隣の友はひどく冷たかった。

 土地は呪われた。

 我々の誕生である。


 第一話 ラッキーボーイ


 血が床に滴っている。

 鯖のパックがクッキーの箱の上に置いてあった。鯖が腐って、漏れた赤い汁が、クッキーの箱を生臭く汚している。

 商品がどっちも台無しだ。


 床を拭いて、竹丸雅也はため息をついた。スーパーマーケットでバイトをはじめてから知ったのは、迷惑行為をやる人間の多さと細々とやることの多さだ。

 小さなスーパーだが人手が足りず忙しい。

 台無しになった商品を処分して、クッキーの箱を並べる。

 六月は食べ物が腐るのが早く、廃棄が多い。竹丸が一人暮らしをしている事故物件では、冷蔵庫の中の物がすぐに腐る。

 一人暮らしには馴れてきた。大学では良い友達ができたし、何より実家から出た開放感、それに尽きる。

 竹丸の親は毒親だった。


 首に視線がきた。素早く竹丸は振り返る。五、六歳の子供がいる。竹丸は鳥肌がたった。

 子供の顔は塗りつぶされたように、真っ黒だ。子供は驚いている竹丸を指さして笑い、走り去った。

 その子供を、バイトの先輩が目で追っているのを見た。

 見えているのか?


「竹丸君、こっちの作業、手伝ってくれる?」


 大学三回生のバイト先輩の名前は物部士郎。優しい先輩だ。


「はい」


 バックヤードは蒸し暑く、さっき腐った物の臭いを嗅いだせいか気分が悪くなる。


 竹丸は士郎を見た。彼は細身だが重い箱を軽々と運んでいく。

 彼はとても綺麗だ。

 色白で目が大きく、鼻筋は細く鼻梁は高い。長い睫が伏せられると、黒い瞳を覗きこみたくなる。


「あ、店内に戻らないと。この商品、レジでスキャンチェックしてもらって」


 士郎に見とれていた竹丸は、すぐに返事ができず怪訝な顔をされた。


 竹丸は正気に戻って、スキャンチェックを頼まれた商品を受け取り、店内に戻った。


「お願いします」


 レジ係の若い女性に話しかける。 岡崎真琴という名の年上の彼女とは、夜のシフトでよく会うので、雑談をする仲だ。黒髪のボブカットで左右の耳にシルバーの小さなフープピアスをつけている。猫のような釣り目の大きな瞳に小顔、真琴は可愛い。


「はい、ちゃんと通りました」


「ありがとうございます」竹丸は周りを見渡した。「あれ、今日もパートのおばちゃん、帰ったんですか?」


「篠原さんは遠くから来てるから、忙しい日じゃない限り、私一人だよ。だいたい九時半から客少なくなるから」


「ああ、そうなんですね」


 竹丸は店内で作業を始めた士郎に、スキャンが通ったことを報告した。

 九時半丁度になると、空気が重くなった。強烈な違和感がべったり体に、のしかかってくる。耳鳴りがして頭が痛い。

 真っ黒な小さい影が視界を横切る。笑い声も聞こえた気がした。


「なんで九時半になると、店内に入るんですか?」


 竹丸は頭痛に耐えながら尋ねた。


「危ないからだよ。昔、夜にバックヤードにいたアルバイトが強盗に殺される事件があったんだ」


 竹丸の頭痛は激痛に変わった。


  若いアルバイトの青年が背中を刺されて倒れる。犯人はレジへ行き、若い女を包丁で脅してレジを開けさせ、女の胸を刺す。犯人は袋に金を詰めて逃げ出す。


「大丈夫? 顔色悪いけど……」


「被害者は一人ではなく、二人ですね」


 竹丸が言うと、士郎は驚いた顔をした。

 耳鳴りと頭痛はおさまった。すぅと息を吸う。士郎の反応を見て竹丸は確信した。


「俺は視えるんです。士郎さんも同じでしょう。ほら、あの異様なものが視えるでしょう?」


 竹丸は肉売場の方を指さした。


 白髪を振り乱しながら、生肉を手につかんでむさぼり食っている化け物がいる。古い霊で祓うことができない、手がつけられない。体は骸骨に赤黒い肌をかぶせた容貌で生者の時のおもかげはないが、生肉のパックを手当たり次第に開けてパワフルにむさぼり食っている。


 士郎は真剣な顔になった。


「そうか、君は僕たちと同類だったか。それなら話は早い。今日はもう仕事を切り上げて、話をしよう」


 それから士郎は黙々と仕事をはじめたので、竹丸はそれにならった。制服から私服に着替え、タイムカードを押して、士郎に休憩室に連れてこられた。


 すでに副店長と真琴がいた。

 会議室のような無機質な部屋だ。竹丸はパイプ椅子に座って副店長と見合う。 


「なんていうかな、君次第だな。忌み地って聞いたことある?」


 副店長に尋ねられた。


「一応、聞いたことあります。もしかしてここが忌み地なんで、幽霊が集まってくるんですか?」


 はは、と副店長は笑う。年は三十代前半だろうか、気さくで穏やかな人だ。


「話が早い。その通りなんだ。霊感があって日常的に視える奴なんてそうそういないよな。俺は物部という霊媒師の家系で視える、士郎は俺の従兄弟で同じ血筋だからだ。真琴ちゃんはそういう気質だな。君はどうなの、どれだけ視てきた?」


 そうだったのか。それにして物部副店長は士郎と似ていない。


「子供の時から視えてました。でも、幽霊の話をすると母親が嫌がるので見て見ぬふりをするようになりました。心霊スポットに行くこともあります。すごく変なんですけど、幽霊視かけないと寂しい? みたいな感じがして」


「へぇ、じゃあ幽霊は怖くない?」


「憑かれるとかいう経験はないんで、霊は怖くないです。山神とか祟り神とかは怖いかな」


「なるほど。この店、スーパーオノシタ二号店が忌み地に建てられ、怪奇現象が連続しているのに営業しているのは、前日の夜に怪奇現象が起きるほど、翌日は全チェーン店の売り上げがあがるからだ。

 この店は知っての通り客が少ないが、他店の売り上げのためにやっている。この店が偶然、安いからとこの土地に小さな二号店を建ててから、本店の売り上げが爆発的に延びてチェーン店が続々と増えた。

 しかし、夜勤の従業員は恐ろしい幽霊に憑かれたり、体調不良で続々とやめていった。そこで社長からウチの家系の者に管理を任せたいときた。それで俺は副店長になり、士郎がアルバイトで入ってくれた。真琴ちゃんは知り合いの紹介で。人手不足だから竹丸が俺たちの仲間になってくれたら嬉しいよ」


「もちろんですよ。ここで幽霊観察するのぶっちゃけ面白いし」


 竹丸は笑った。


「三万円。毎月、夜勤アルバイトに渡す手当だ。まあ今は楽しいだろがいろいろと大変だ、それでも引き受けてくれるか?」


 竹丸の目はパァっと輝いた。

 三万円!

 コツコツ貯めなくても欲しいバイクがすぐ買えそうだ!


「改めて竹丸雅也をよろしくお願いします!」


 竹丸は立ち上がって、礼をした。


「選挙立候補者かよ」


  真琴がぽつりと言うと、士郎がくすくす笑った。

 竹丸は士郎と真琴が大好きだ、すごくタイプだ。この人たち秘密を分かちあうだけでも素晴らしい。


「霊感あってよかったー!」


 竹丸は自分はラッキーボーイだとじーんと感動した。

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