第2話 繰り返す遺影
二の話、血が違うと言って殺された。山に住むことを許されず殺されて山の下に蹴り落されて埋められた。我々の死体は肉の塊となり嘆きは今も続く。
第二話 繰り返す遺影
竹丸は陳列に馴れてきた。士郎の真似をして丁寧に並べる。
「竹丸。商品を、棚の上に置かない方がいいよ」
ひょっこり棚から顔を出して、真琴が言った。
「え?」
ガンッという音を竹丸は頭上で聞いた。ナッツ缶が頭に落ちてきたのだ。並べきれずに棚の上に置いた、はぐれナッツ缶だ。
次々と並べたばかりの菓子の袋がが落ちてくる。
「またやられた……」
閉店作業を霊に妨害され大変なことの「手当」が三万円だ。閉店三十分前に出てくる幽霊や怪奇現象はほぼ無視しているが、たまに実害がある。
もっともうっとうしいのがポルターガイストだ。
うまい話には裏がある、を竹丸は身を持ってお勉強中である。
「士郎君呼んできなよ。彼ならおとなしくさせられるから」
真琴が言ってレジに戻っていく。
さっきから黒い影がレジ前でぼそぼそ言っているが、真琴は無視していた。
こんなにも怪奇現象が起きるものか。毎回違う霊と怪奇現象が仕事を邪魔してくれる。
バッグヤードで箱の整理をしていた士郎に竹丸は泣きつく。士郎は得に表情を変えなかった。ばたばたと商品が落ちる棚に向かって、
「やめなさい」
と冷たく言った。すると商品が落ちるのは止まった。
「後で手伝いにくるから」
何事もなかったように士郎は言って背を向けた。
「カッケェなぁ」
竹丸は胸をときめかせた。竹丸は視覚できるだけで何もできない、士郎は治める力をもっている。
「真琴さん、そろそろアレ出した方がいいよ。これたぶん、朝になってもいるよ」
士郎が真琴に話しかけた。
「そうだね。お客さんが来てもどいてはくれないだろうし。お願いします」
真琴がちらっと黒い影を見た。見てもらったのが嬉しいのか、
「あああああああ」
と黒い影が奇声をあげた。
「竹丸、ポルターガイストがダメにしたお菓子、持ってきて」
「は、はい」
竹丸は菓子を両手に抱えて士郎についていく。士郎は蝋燭と線香を手にして、事務所に向かった。
「副店長、初代店長が出ました。遺影、お願いします」
パソコンに向かっていた副店長は目をしょぼつかせながら、金庫の上にある紫色の風呂敷に包まれた長方形の物を下ろして、紐解いた。
まさに「遺影」だった。四十代ぐらいの男だ。副店長は何も置かれていない部屋の隅に遺影を立てかけ、士郎は蝋燭に火をつけて黒い線香立てに線香を炊いて、竹丸から受け取った菓子を並べた。
士郎と副店長は一切会話がなく、両方手慣れている。
士郎と副店長が手を合わせ、竹丸も見ず知らずの男の遺影に手を合わせた。
「初代店長だ。たまに出てくるから、こうやって線香とお供えものをして鎮めている」
ぽかんとしている竹丸に、士郎が説明した。
「死因は深夜、死亡原因は過労による心不全だと言われているけど。今も店をさまよって、祓うことができないから鎮めている」
初代店長が店内で謎の死を遂げている。それだけで怪奇スポットの強烈な逸話だ。
「このスーパーは店長の移動が多い。毒をもらいやすいからな。五年もここに居座っている俺は変人扱いだよ」
副店長が苦笑する。
亡くなった初代店長の遺影を、副店長が風呂敷でしっかりと包み直す。
※
真琴の本業はイラストレーターだ。美大時代からこの奇怪なスーパーで働いているのは理由がある。
黒い影がぶつぶつ言ってる。
真琴は丸っこいスパイダーマンの人形がついているボールペンを左右に揺らしながら、閉店作業表にチェックを入れていく。
「……地下に……地下には……」
黒い影はそればかり呟く。時々、何か怖いものから身を守るように頭を抱える。
地下に。
それについて真琴は知っている。
分厚いマットの裏に御札が何枚も貼られている。その下にある地下を、真琴は見たことがある。
「御札を貼り替えないと、どうなるんですか?」
「大変なことになる。だからもし俺か、士郎に何かあったら頼む」
副店長と交わした言葉を思い出す。
真琴は忌み地の番人であり、士郎の守護者だ。
※
「お疲れさま。今日は大変でしたね」
駐輪所に士郎が待っていてくれた。遅くなる日は道が同方向の士郎が送ってくれる。
二人は自転車で真っ暗な店の門を出た。
「そうだね。かわいそうだけど、ポルターガイストに振り回されてる竹丸がおもしろかった」
士郎が笑う。
「竹丸って、事故物件に住んでて、適当にあしらってたら霊が出なくなるって言ってました。あいつ、わりとまじめでよかったです」」
真琴は士郎が楽しそうなの、にイラっとした。
「ふーん。なんか要領のいい陽キャって感じだよね」
「彼なら長く続けてくれそうで、安心してます。僕と副店長だけじゃやっていけないので」
「ちょっと待って、わたしもいるじゃん」
「そうでしたね。真琴さん大事な戦力です」
士郎の笑顔が自分に向けられていることに、ほっとする。
「じゃあね、今日もありがとう」
家に帰ってきた。
「お疲れさまです
ずっと彼を知っていたように思う。
士郎の背中が見えなくなるまで、真琴は彼の背中から目が離せなかった。
守りたいだけ?
違う。守るという気持ちだけではない、欲がある。
真琴は士郎が好きだ。
※
尾之下神社は忌み地の霊道を止めるため、建てられた。オノシタスーパーからまっすぐ、どん詰まりにある。
ここが士郎の住まいだ。
神社に一礼して、社務所兼住居に入る。古い木造の二階建てだ。
「ただいま、おじさん」
「おかえり、士郎。おまえが作ったくれた煮魚、なかなかうまかったぞ」
「僕の料理の腕も、なかなかでしょ。あー、暑かったー」
士郎は扇風機の前に座りこむ。
叔父は寝転がってテレビを見て、笑っている。
叔父の名は宮田正和、尾之下神社の神主である。両親を交通事故で亡くした、当時十二歳だった士郎を引き取ってくれた。叔父は三十歳で子供を引き取ることを決意してくれた。
士郎の母と宮田は仲が良く、士郎も懐いており、当然のことだといって宮田は士郎を育ててくれた。
身長が高く体も分厚い、鼻の大きな厳めしい顔をしているが、繊細な優しい人だ。坊主にしているので、神主ではなく坊主のようだとよくからかわれている。
「お風呂入って寝るね。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
宮田がうなずく。
母と宮田の優しさは似ている。顔は少しも似てないが。花屋で働いていた母は、息子の目から見ても可憐だった。あまり話さないが、思いやりの言葉はよく口にする人だった。
父は霊媒師の家系である物部家の次男だった。物部は霊媒師を廃業しているが、霊能力は血で引き継がれ、身を守るための対処術は習う。
士郎はそれを父から習った。
父は本が好きだった。士郎が文字を早く覚えることができたのは、父が膝に座らせてよく読み聞かせをしてくれたからだ。
成長すると図鑑などそろえて、いろんなことを丁寧に教えてくれた。本を指さす父の長い指を、今でも覚えている。
一気に幸せは破裂した。
幼くも大人でもない十二歳という年で、泣きわめくこともできず、冷静にもなれなかった。
通夜に大人たちの会話が聞こえるのが嫌で、一人ぼっちでいたら、宮田が抱きしめてくれた。
「大丈夫だ、俺の家にこい」
安心して士郎は泣いた。
こうして大人に身を委ねることができなかったら、士郎はもっと生きることに淡泊だっただろう。
※
竹丸はコンビニの駐車場から、仲良く自転車で帰る真琴と士郎を見ていた。
アイスキャンデーが口の中でどろどろになる。
好きな人が二人なら、嫉妬も二倍。
俺を混ぜろ。
アイスキャンデーの棒をへし折って、ごみ箱に投げ捨てて、竹丸はバイクを走らせた。
つづく
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