第7話 大野鉄平という男
七の話、頭蓋骨を割られ口を開けたまま死んだ、風が口から入って頭から出る、まさにこれこそ風化である。虐げ殺された者たちを弔う者はなし、すべてなかったことにするのだ、人を殺した手で孫の頭をなで、嘘つきの口から人生のすばらしさを語る者たちを許さぬ。
第七話 大野鉄平という男
夏休みは終わった。
大学生の夏休みは大学の友だちと海に行き、ツーリング仲間と川にも行った。
実家には帰らなかった。
一人暮らしにも馴れて、自炊している。わりと自分はマメなほうだな、と竹丸は成長した自分に気づいた。
あっという間に季節は八月から九月になった。
三人の関係に進展はないし、相変わらずポルターガイストにイライラささせられ、意味不明の怪奇現象を遭遇している。
「なぁ、君が竹丸君?」
少し早めに講義室に来て真ん中の端っこに座っていると、知らない男から声をかけられた。
体をこちらに向け、右膝に左足を乗せて頬杖をついた体制の男は、釣り目を好奇心で光らせている。
金髪に柄シャツ、ダメージジーンズとやんちゃな奴に絡まれ、竹丸は少しビビった。
「ああ、そうだけど。おまえ、誰?」
「君、映画研究部に入ってるやん?
そこに藤田っておるやろ。藤田はボクの友達やんねけど。藤田から君について気になること聞いたんや。君、スーパーオノシタでバイトしてるんやろ?」
「そうだけど。質問に答える前に、名前ぐらい教えろよ」
「あ、ごめんごめん、堪忍。ボクは大野鉄平、民族学専攻で君と同じ年や。よろしく。まあこの方言や、大阪の片田舎から出てきてん」
鉄平は穏やかな、大阪のおっちゃんみたいなしゃべり方する。
「ほんでなあ、ボクの第六感で君がバイトしてるあのちっこいスーパーの土地がなんやけったいな空気やなぁって思ってな。バイトをしている君に聞きたい訳よ。どんな店なんか」
「たしかにそこでバイトしてるけど。大野って、初対面の人間にたいしてよくそんなにしゃべるな。俺、まだおまえの話が頭に入ってこねぇよ」
「堪忍堪忍、許したって」
大野は片手を「すまない」と上げる。
部外者に話してはいけないのではないか。スーパーは商売をしているんだ。悪い噂を広めてはいけない。ここはなんとか、やり過ごそう。
「別に普通だと思う」
「ふーん。藤田くんは、めっちゃ怖かった言うてたけどなぁ。君、藤田くんが辞める言うたからあの店で働き始めてんやろ?」
くそ、藤田め。秘密は守らないと立派な社会人になれないぞ。
「怖かったって何が? 俺、オカルト系は信じねーよ」
「ん? ボクは藤田くんが怖かったって言うてたでーしか言うてないで?」
鉄平がにやりと笑う。
竹丸は言い訳を必死に考える。
「いや、その、怖いって言ったら怖い話で、オカルトだろ」
竹丸は俯いていう。
「そうなんやあ。怖い言うたら、バイトの先輩が怖いとか店長怖いとかもあると思うねんけどなあ。
藤田が言うには、オバケ出るねんて。夜の九時半になったら、髪のながーい典型的なオバケが、店の裏に出るなんて。逃げてふと見たら、足首に長い髪の毛が巻き付いてた。怖いよなあ。ボクはこの手の話が好きでね、ちょっと調べてみたん。そしたらやで、おっそろしいほど人、死んでるやん。開店一年目にして強盗に刺されて二名死亡、その後、店長が店内で死亡、これは心不全らしいけど。職員の自殺は二回、異常やん。そんな場所でオバケ出た言うたら、信憑性あると思わん? つまり心霊スポットや」
竹丸はぎゅっと目をつむって開いた。訳わからん。確かに髪の長い女に竹丸も遭遇したことがある。無視すれば何もないが、じっと見ると足首に髪の毛を巻かれる。自殺者二回は知らなかった。
「おまえ、ほんまよく喋るな」
関西弁が少しうつってしまった。
「あ、そろそろ講義始まるな。これボクのラインID。四時以降はB煉二階の一番端のちっさい部屋におるから、気が向いたらきてくれ。ほな、おじゃましました」
鉄平は手を振って、細い足でさっと行ってしまった。
あいつはどこまで知っているんだ?
講義がまったく頭に入ってこない。鉄平はどこまで情報を得ているのか。狙いは何なのか。このまま無視してもあいつは追いかけてくる気がする。
ならばいっそ話してしまおうか。
いや、絶対にダメだ。
「あの儀式」が少しでも知られてしまうことは口外してはいけない。
なんとか適当に話してごまかし、鉄平の気をそらそう。
今日はバイトが休みだ。すべての講義を終えて、夕方にB煉に向かった。半円の建物でカーブがある先にドアがあった。その部屋だけまるで隔離されているようで、部屋名は書かれておらず一見、使用していない部屋に見えた。
夕日がドアノブを照らしていた。
ドアをノックする、すぐに開いて鉄平が出てきて、にやりと笑った。
「おお、よく来てくれたなぁ、竹丸君。ソファーに座って」
部屋に入って竹丸は驚いた。狭い部屋には本や変なお面や、大きな壷やら、物であふれかえっている。
真ん中にある長方形のローテブルだけ何もなく、ソファーには枕とタオルケットがある。
壁の左右の本棚には本が詰め込まれ、床にも本が積まれている。窓際にデスクトップパソコンがあり、大きな金色の招き猫が置いてある。猫の目はぎらぎら光っていた。
「よぅおいでなすったなーどうぞ麦茶でも」
鉄平がミニ冷蔵庫からペットボトルの麦茶を入れてグラスに注いでくれた。
「なんだよ、この部屋……明らかに私用目的で使われてるみたいだけど」
「まぁまぁ、細かいことは気にせずに。一応、本当は怖い民族学同好会や。一年に一回だけ、フィールドワークの旅行に出るぐらいの活動やから、ボクの好きにさせてもろてんねん」
これ可愛いやろ、と鉄平が招き猫の頭をなでて、ゲーミングチェアに座ってソファに近づいてきた。
「なんだよその、本のタイトルのパクリみたいな同好会は。……それで、俺はおまえに聞きたいことがある。スーパーオノシタの話、どこまで知ってる?」
鉄平は足を組んで腕も組み、薄ら笑いで竹丸をじっと見る。
「全部、知ってる……と知ったら、どうなん? だとしたら君にとって何か不都合でも?」
竹丸も腕を組んで考える。心霊スポットだと悪い噂が出て今より客が減ったら、さすがに店は経営していけないのではないか。そうしたら三万円の手当がもらえるバイトを、竹丸は失う。しかし、忌み地で幽霊が出るなんて信じる人間はどれほどいるのか。今まで何度事件があっても、経営は続けてこれた。
いや、どれも違う。
忌まわしいからだ。
「わからん。なんかもう、わからん」
竹丸は頭を左右に振った。
「……おまえ、口が堅いって自信ある?」
「ある」
鉄平は即答した。彼は膝に手を置き、真面目な顔で竹丸を見た。
「ボクは歴史修正者が嫌いや。あったことをなかったことにはできん。この国で虐殺や村八分、差別があったというのは歴史より民俗学から見えてくるとボクは信じてる。ボクがその次に嫌いなんは、アカンことをアカンままにしとくことや。呪われた土地と言われたスーパーオノシタが、忌み地の怨霊の力を手玉にとって、稼いでることに、疑問がある」
「おまえ、それ、どこで……」
「藤田や。副店長から辞める時に、人手不足やから辞めんといてくれ、三万円の話をしたと」
「藤田、あいつ……いや、この場合、店長も店長か」
竹丸はため息をついて、麦茶を一気に飲んだ。もう知られていたか。焦って心配した自分がバカみたいだ。
しばらくお互いに無言だった。
竹丸はソファーにもたれかかり、天井を見る。すっかり外は暗くなっていて、鉄平が電気をつけて、まぶしくて目を細める。
「俺が焦ったのはさ……好きな人が忌み地について深く関わっているから……」
ゆっくりと竹丸は語り出した。
「俺はけっこう楽しいんだよ。エゴだとわかってる。呪われたスーパーマーケットでバイトするのが楽しい。好きな人がいるから」
鉄平は腕を組んでしばらく黙っていた。
「そうなんや。ボクが考えていたより、複雑そうやな」
「手を出さない方がいい。俺もすべてを知らないけど、外部者が無闇に知ろうとしないほうがいい」
「いや、ボクはすべてを記録したい。さっき言うた通り、アカンことをアカンままにしとくのはアカンねん。今のスーパーヤノシタの経営方法が長くは続かんと思う。ボクは君に何を言われようが、調査を続ける」
鉄平は竹丸の目をしっかりと見て言った。竹丸はため息をつく。
「君、なんでわからんのや。スーパーで働いてる君と君の好きな人が、一番危ないんやで」
竹丸はハッとした。
鉄平の言うとおりだ。霊に耐性があるとはいえ、多くの死人で出ている忌み地で、封じるものが爆発する日が来るかもしれない。
「鉄平、おまえ、口が堅いって言ったよな」
鉄平は頷いた。
竹丸は「スーパーヤノシタ」で閉店三十分前になると、怪奇現象が起きること、土地の管理者が元霊媒師一族の物部家であること、知ってるすべてを話してしまった。
竹丸も実はこの不可解な忌まわしいものについて、誰かに話したかった。鉄平はその隙にもぐり混み、猫のように笑った。
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