第8話 尾之下神社

 スーパーオノシタから出てまっすぐ進んで徒歩十分で尾之下神社につく。店の入り口と鳥居が直線でつながっている。林道にカーブミラーが七つもあり、すべて外側を向いていた。

 境内は小さな赤い瓦屋根の社に、社務所と手水がある。社は大きなクスノキに囲まれていた。

 鉄平は手水で身を清めて参拝する。南天の木の向こうで、木のベンチに座っている人がいた。水色の袴姿の若い男、膝に茶虎の猫をのせて頭をなでている。

 日陰でも彼はきらめいて見えた。


「すみません。お尋ねしたいことがあって」


 鉄平が一歩踏み出して、声をかけると猫は逃げていった。


「はい、おうかがいします」


 立ち上がった物部士郎を見て、ほう、と鉄平は納得した。竹丸が焦るだけある。顔がとても小さく細身で、瞳が驚くほど大きくてたっぷりと光をたたえている。


「ボク、竹丸と同じ大学の民族学部所属の大野鉄平と申します。郷土学を研究してまして、こちらの神社について知りたいことがあるのですが」


「はい。僕がわかる範囲でお答えします。僕は物部士郎と申します、神主見習いです。資料もお見せしますね。お暑いでしょう、こちらにどうぞ」

 

 士郎は丁寧な物腰で、境内にある民家へと鉄平を通してくれた。縁側に座らせてもらい、冷たい麦茶をいただいた。

 士郎は巻物の資料を見せて、元々は神社が山にあったが崖崩れで倒壊し、ここに場所を移したと説明した。祀られているのは氏族の祖神で、厄払いの神である。鉄平は士郎の許可をもらって古びた資料をスマートフォンで撮影した。


「神社があった元の場所はどないなってるんですか?」


「物部という一族の屋敷になっています。物部はいわゆる拝み屋で、神社の者が山崩れで亡くなったため、山からの神おろしをしました。神道の者でないのにかなり異例のことですね」


「あなたも、その一族の者ですね」


 鉄平が問いかけると、士郎は少し動揺を見せて目をそらした。


「はい。名前の通り……今の僕の所在地はこの神社で、今は物部とは関係ありません。あの、資料が少なくてすみません」


「いえいえ、十分です。立ち入ったことを聞いてすみません。今日はありがとうございました」


 鉄平は頭を下げた。


「また、いつでも来てくださいね」


 士郎に見送られ、鉄平は神社を出た。日が暮れた薄暗い林道で、カーブミラーが光っている。

 物部家が山を所有していることを鉄平は知っている、家系図も調べ尽くした。最近の物部の動向、スーパーオノシタの親会社の駒田社長と、その取り巻きの柄の悪い奴らが出入りしている。

 

   ※ 


「岡崎さん、今日のあれ、見ましたか? 首のない幽霊が店の中を走り回ってましたね」


 バイトが終わったあと、士郎が話しかけてくるようになった。真琴が霊感のある「仲間」だとわかったことのあとだ。


「うん、見た。あれやばいね、仕事やりにくかったでしょう。すごい必死に走ってて、そのうち笑えてきてさ」


 真琴は話しかけられた嬉しさを隠さず笑って答えた。


「ですよね、僕は何度もカートでひきそになって」


 バイトが終わったあと、話しながら士郎が家まで送ってくれるようになった。岡崎さん、から真琴さん、に変わるのは早かった。

 この話を友達にすると、たいていは「付き合っている」「告白しなよ」「いや、告白されるように仕向なよ」と言われる。恋愛脳の馬鹿が多すぎる。

 幽霊の話は真琴と士郎にしかできない。

「儀式」の士郎を見た時は、正直、引いてしまった。


「不幸なまま死んでしまった霊は社会の犠牲者だから、この店で自由にふるまって、成仏してほしいんです」


 士郎は霊を弔うことに必死だった。時に弱い体にむちうって何日も寝込み、やつれた顔でバイトに出て来た。そんな士郎に無理をするなと真琴は言い続けてきた。儀式の士郎には驚いたけれど何回も見るほどに彼への共感でむせび泣くようになった。


 物部副店長が竹丸を儀式に参加させると言った時、真琴は反対した。


「最近、士郎は寝込まなくなっただろう。体が丈夫になったのもあるが、竹丸の影響もある。あいつはなかなか見込みがある、こうなったら一蓮托生、竹丸にも見ておいてもらったほうがいいだろう……この先、何があるかわからないからな」


 物部副店長の言う通りだった。

 士郎の細すぎた顎もしっかりしてきて、少年期は消えつつある。顔色もよくなった。


 私だけの子、瞳が大きくてきれいな子、あの子は私だけに幽霊の話をしていればよかったのに。



「竹丸、あれ見える?」

 

 仕事が暇な時、士郎はよく霊を指さして言った。

 見えますよ、と言うと士郎は笑顔になる。仲間なのだ、というその確認行為が竹丸は可愛らしくおもった。儀式の狂乱の姿、あれは幻だったと思いたい。士郎は竹丸が思う想像以上に、霊に対して本気だ。


「危ないよ」


 ちょこちょこと動き回る手だけの幽霊にぽつりと呟いて仕事をする。竹丸がカートで霊をひいたらかわいそうだと言う。霊に優しくするとつけこまれると反論すると、


「僕はいいんだ。でも竹丸は無理にしなくていいけど、あまり乱暴しないでくれ」


と士郎は真剣に答えた。


 祓えそうな霊は、竹丸がこっそり処理した。ほっておいたら、九時半から始まる「開店」でやってくれる浮遊霊は士郎へと集まってくる。竹丸はそれらを手ではらいのけて、消していった。


「そんな虫を払うみたいにするな」


 見つかって士郎に叱られた。


「これが俺のやり方なんです。ほっといたら、全部あなたのとこに行くのが俺は嫌なんで」


「せめて、声ぐらいはかけてやってくれよ」


「なんて言えばいいんですか?」


「さようなら、って」


 切ない顔で士郎が言ったので、竹丸はそれ以後「さようなら」と霊をはらった。「ありがとう」と声が聞こえた。



 講義が終わったあと、竹丸は藤田を捕まえた。あからさまに嫌な顔をする藤田を大学内のカフェに誘った。


「企業秘密を外部に漏らすのはよくないぜ、藤田。しかも大野鉄平みたいな奴に」


 責められて、藤田は罰の悪そうな顔をした。


「たしかに俺はよくないことをしたよ。でも、誰かに話したかったんだ、あんな怖い体験をしたのは初めてでさ」


「まあ、わからんでもないが。今後一切、その話はするなよ」


「わかったよ。あのさ、おまえよく続けてるよな。よくわかんないけど、霊感ある方がヤバくないか?」


「むしろ毎日、楽しいよ。美人な先輩が二人もいる。俺は低級霊ならはらえるし」


「美人? ああ、あの二人・・おまえすげーな、霊はらえるとか……っていうか、物部さん優しいけどなんか怖かったな。顔が人形みたいでさ、生気なく……」


「そう、俺はすごい。でも、士郎さんは怖くねぇからな。おまえ、親切にしてもらったのにばっくれて、それはねぇだろ」


「おつかれー、竹丸くん。偶然やなー」


 藤田を睨むと、鉄平の声がした。竹丸はため息をつく。


「藤田くんはもうええで。さいなら」


 藤田はそそくさと去っていく。


「おまえ、俺のストーカー?」


「そんなキモいことせぇへんわ。あんな、竹丸くん。いいこと教えてあげる。そうやって口封じする方が怪しまれるで」


「こうやってタイミングよく出てくくるおまえの方が怪しい」


「ボクは怪しいのが商売やからな。尾之下神社に行って士郎さんに会ってきたで。あの人はほんまにきれいでええ人やなあ。顔がちっちゃくて目が大きくて、芸能人みたいやな」


「もう二度と士郎さんには近づくなよ」


「おお、怖いな。竹丸くんは独占欲強いタイプなん? 同時も二人好きになって独占欲強いとか、大変やね」


 竹丸は黙って席を立つ。


「物部家の動向が怪しい」


 鉄平の言葉で、竹丸は足を止めた。ちょいちょい、と鉄平が背を向けたまま指を動かして竹丸を呼ぶ。


「なんだよ」


「物部家はスーパーオノシタの地主で、株式会社駒田に土地を貸してスーパーを経営しとるやろ。その駒田が物部家に出入りしとる。何か大きいことがあるかもしれん、気ぃつけてくれ」


 初めて聞く話だ。


「おまえはどこまでも首突っ込む気か」


「そうや。とことこんな。なんかあったらラインてくれ」


 竹丸は答えずにカフェを出た。

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