第9話 プリンセス
おれはここのスーパーが好きだ。 幽霊がわんさかいる。天井からぶら下がっているやつ、黒い体の首のない子供が走り回ってる、生肉をむさぼり食っているやつがいる、りんごをよく見たらこけしが混ざっている。
誰もいないのに商品が棚から落ちぞわぞわする、ここは知る人ぞ知る心霊スポットだ。
夜の九時半、閑散としたスーパーで次々と起きる怪奇現象を楽しみながら買い物をする。
デザート売場に、ドレスの女がいた。金髪に碧眼、ディズニーランドのシンデレラみたいな女がくるくるまわってる。きらきらと光ってる。
「today is my birthday?」
ドレスの女が笑顔で質問してきた。
「なんだ、おまえ」
おれは言った。場違いな奴め、雰囲気を壊しやがって。
※
「today is my birthday? 意味わかる?」
出勤してきた竹丸に、真琴は尋ねた。
「それぐらいわかりますよ。今日は私の誕生日?、でしょう。なんでいきなり英語?」
「今日はプリンセスがくるから。そう聞かれたら、YESってすぐに答えて。できれば、congratulationも」
「わかりましたけど、プリンセスって?」
「見たらわかる」
真琴はそう言って、レジに戻った。九時半までにやるべき仕事をして、パートさんを見送り一段落した。
「おつかれさまです! この時間ってほんと人少ないねー」
良子が買い物カゴをレジに置いて言った。
「う、うん。だからいつも私一人で大丈夫なんだよね」
真琴は商品をスキャンしながら、売り場の方を見た。
水色のドレスでくるくるそわそわと歩き回っているプリンセスがいる。金色の髪も美貌も、シンデレラによく似ている。
良子がいるのに、こっちに来たらどうしよう。真琴は手早く商品をスキャンした。
「お母さんの誕生日だから、ケーキ作るんですぅ。ケーキ作るの久しぶりだから、上手に作れるかなぁ」
良子が袋づめをしながらにこにこと話す。
「そうなんだ、親孝行だね」
笑いながらも、真琴はプリンセスがこっちに近づいきていることに焦った。良子には悪いが早く帰ってほしい。
「わっ! すっごいきれいー! えー、やばくないですか、ほんとにシンデレラみたい!」
良子が歓喜の声をあげる。
「today is my birthday?」
プリンセスが良子に問いかけた。
「こんぐらっくれいしょん! ゆーあー、びゅーてぃふる」
良子が拍手をして答える。
「today is my birthday?」
「YES、congratulation」
真琴の答えも聞くと、プリンセスは微笑んでまた浮かれた足取りで店内をさまよいだす。
「噂、本当なんだ、ヤバっ。この店、お化けでるって。しかもシンデレラみたいなお化けがでるって、ぶっ飛んでる」
良子が笑う。
「良子ちゃん、霊感あるの?」
「うーん、一応、見えますし。前からこの店で人影見えてました」
それって。
「超、心強いかも!」
最近、怪奇現象が増えて忙しい。閉店までもう一人いてくれたらいいな、と考えていた。
「あのさ、良子ちゃん。霊が平気なら、夜のシフト入ってくれないかな?」
「んー……実は今の掛け持ちしてるコンビニ、辞めようと思ってて。夜のシフト、まこちゃんとだったら良さそう」
「うれしい。あとで、詳しいことラインするね。実は怪奇現象続きで人手不足で。あ、とり憑かれるとかそういうのはないから安心してほしくて」
「ふふ、まこちゃん必死じゃんー。わかったー、じゃあ、ライン待ってます」
「うん!」
真琴は良子に大きく手を降って見送った。
※
「ほんとにプリンセスだ」
竹丸は呟いた。
大きくふくらんだスカート、銀色の髪留めでまとめた金色の髪に、アニメーションから出てきたような顔立ち。
「today is my birthday?」
「YES、congratulation」
竹丸が答えると、次は士郎のところに行った。同じくお祝いしてもらえて、プリンセスはご機嫌で店の中をふわふわとした足取りで歩く。
「彼女はアメリカ出身の十七歳のモデルだった。誕生日にお姫様の衣装のドレスを着て、両親と幸せなバースデーを過ごしていると、強盗がきて両親を射殺、プリンセスは強姦されて殺された。五十年前に、この土地で起きた事件だよ」
士郎が悲しそうな目でプリンセスを見て語った。
「彼女はこのスーパーマーケットの商品がすべて、自分へのプレゼントだと思いこんでいる。だからお菓子や果物を見て喜んでいるだろう。不幸な亡くなり方をしたんだ、この日ぐらいは祝ってあげよう」
無邪気なプリンセスが、苦しみを忘れて笑顔でいる。そうして傷が癒えていつか天国に彼女がいけることを願う。
「なんだおまえ! やめろ!」
男の怒号がして、竹丸は駆け寄った。プリンセスが三十代ぐらいの男に向かって叫んでいる。プリンセスはひどく興奮して、手当たり次第果物を投げていた。
「お客様、どういたしました?」
士郎が男に声をかけて、竹丸に副店長を呼んでくるように言った。呼んで戻ってくると、男が士郎の肩をつかんでいるのが目に飛び込んできた。
竹丸と真琴が、男から士郎を守るように立ったのは同時だった。真琴は竹丸を横目で見ると「任せた」と小声で言いレジに戻る。
果物が床に散乱していた。
「お客様、どうか落ち着いてください」
士郎が言うと、客は怒りの形相を見せた。
「こいつ、何なんだよ! りんごを投げつけてきやがって、おまえはなんだよ落ち着けって、落ち着いていられかっよ!」
男が士郎に向かって怒鳴る。
「わかりました。ですが手を離してください」
竹丸は怒りを押さえて男に言い、士郎の肩から男の手をどける。
「あぁ? なんだよ。って痛ッ! あいつなんとかしろよ!」
プリンセスが男にパイナップルを投げつけ、竹丸にも当たった。
士郎がプリンセスに近寄って、英語で話しかける。優しい声で今日は君の誕生日だよ、向こうにケーキがあるよ、と誘導していった。
「おれ、怪我してんだけど。どうしてくれんの?」
「申し訳ございません、お客様。治療費とクリーニング代等をお渡ししますので、事務所に来てください」
副店長が男に言った。
閉店前の音楽が流れ始める。
「あーあ、大惨事だ。プリンセスの質問にNOと答えると暴れるんだよ」
真琴が掃除道具をもってきて、ため息をつく。
「まーた残業だ。レジの閉店作業やって、掃除だね。まったく、最近は帰れるの十一時半……」
「真琴さんは帰ってください。掃除は僕らでやりますよ。プリンセスは地下に戻りました」
士郎が戻ってきて言った。
「士郎くん、肩、大丈夫だった?」
「そうですよ、あのくそ野郎」
士郎は心配する真琴と竹丸を見て笑った。
「肩つかまれたぐらいで、大げさな。あの人、出禁になります、大丈夫。大丈夫じゃないのは……売り場だな」
果物売り場には割れたりんごの果汁と、潰れた柑橘類で床がべたべたしている。
「掃除しながら、相談したいことあるんだ。だから私も残る」
真琴が言う。まだ品出しも残っているので、ありがたい。真琴と士郎がレジを閉めて閉店作業をしている間に竹丸は品だしを終わらせた。
※
物部慶三は客の前で煙草を吸った。
「お客さんみたいな人、困るんですよね。うちの幽霊は見せモノじゃないんで。幽霊に話しかけられて答えるのはよしたほうがいい。憑かれ殺されますよ?」
慶三は煙草の灰を、客の目の間においたアルミの灰皿に落とした。
客の歯が震えている。頭の上、両肩、両足、青白い霊に取り囲まれている。
「出禁です。今後、一切、スーパーオノシタに近づきませんと署名お願いします」
客の腕だけ解放して、ペンを渡して署名させた。霊から解放された客は震えながら去っていった。
やれやれ。士郎から報告を受けていた、霊をじろじろ見てにやけている客を、ようやく出禁にできた。
「副店長、相談があるんです。掃除しながら聞いてくれます?」
レジから集めた金をもってきた真琴が言った。金庫に金を入れて、モップとバケツを持って果物売り場に向かう。
農産チーフになんと説明しよう、と慶三はため息をつく。
「良子ちゃんが、九時半に来たんですよ。プリンセスのことが見えて、ちゃんと対応してくれて。彼女、霊が見えるそうで怖くないと。それでね、良子ちゃんに夜のシフト入ってもらおうかなーって」
床をふきながら、弾んだ声で真琴が言う。夜のレジ仕事は彼女に任せっきり、十時閉店なのに最近は怪奇現象と接客に追われ帰るのは十一時近くになっている。夜のパートさんも介護をしながら働いているので、シフトも入れる日が少なくなっていた。
「そうか、彼女もそうだったとはな。あの子は明るいし、夜のシフトに入ってもらおうか」
慶三が答えると、真琴はほっとした顔をした。
「じゃあ、ラインで良子ちゃんに知らせますね」
「うん、よろしく。な、士郎。大丈夫だろ、良子さんなら」
「ん、うん。にいちゃんが大丈夫と思うなら……」
「にいちゃん!」
いきなり竹丸が大声を出した。
「副店長、士郎さんににいちゃんって呼ばれてんの、うらやましい!」
なんだこいつ、と慶三は思う。
「士郎は俺の従兄弟だからなー」
士郎の頭をなでると、彼に嫌な顔をされた。
「俺もにいちゃんって呼ばれたい……」
「なんでだよ」
慶三と士郎、真琴の声が重なった。互いに顔を見て笑いあう。
※
「良子さん、本当に大丈夫かな」
帰り道、士郎が呟いた。
「前から店で人影を見てたみたい。すごくからっとした子だから、大丈夫だよ。正直、最近は忙しいから助かる」
「真琴さんがそう言うなら、信じてみます。でも、気をつけてあげてください。僕の力が及ばず、申し訳ないです」
「士郎くんが謝ることじゃないじゃん。最初は私と士郎くんと副店長だけだったけど、なんやかんや竹丸がきて助かってるし、頼れる人には頼ろう」
士郎は答えずに目を伏せる。真琴の家の前まで来た。士郎は自転車をおりる。
「少し、話をしていいですか?」
「うん、なに?」
「不安なんです。最近、店の中が荒れてきていて。怪奇現象や変な客も増えてきて、その、土地の……限界がきているかもしれない」
「そうかな。少し増えたかな、と思うけど。今日の客は出禁にできたし、大丈夫だよ」
真琴は自分の不安を紛らわせるために言った。封印された地下の中にいる化け物、それが膨れあがって手に負えない時がくるかもしれない。宮田神主が言っていた。その時は大変なことになる、心しておくようにと言われた。
何を、何がどうなるのを覚悟しておけばいいのだろう。
「僕はもみんなを巻き込みたくないです。危険な目には遭わせません、それは約束しますね。では、おやすみなさい」
士郎が自転車に乗って去ってしまう。一方的におやすみなんて。まるで自分が犠牲になるみたいな言い方が心に刺さる。彼はどうして心を開いて、すべてを話してくれないんだろう。いつだってこっちばかり話して、自分のことを話してくれない。
「おつかれさま、まこちゃん。こんな時間まで大変だったね」
ライン通話で良子の声を聞き、真琴はほっとした。彼女の柔らかい声は人をなごませる。
「トラブル発生で、ほんと疲れた。時間遅いけど、大丈夫?」
「うん、あしたは昼からのシフトだから。それでね、コンビニ辞める。実はね、店長がしつこく食事に誘ってきたり、どうせ男遊びしてるんだろうとかセクハラしてきて、辞めようと思ってたから」
「うわ、最悪だね。そいつぶん殴りたい」
「でしょーだったら、セクハラよりお化けの方がマシだよ。それに、まこちゃんと一緒だし」
「ありがと。うちの店はさ、九時半に大きい怪奇現象が起きる。その対応がなかなか大変なんだよ。副店長から話があるから、詳しく聞いてね」
「はい。なんか楽しみ。夜のシフトの士郎さんと竹丸くんと、うちらでごはんとか行きたいなー」
「いいね、良子ちゃんの歓迎会しよ」
「っていうか、まこちゃん、士郎さんのこと好きですよね?」
ひえっ、と変な声が出た。
「見ててわかりましたーなんていうか、士郎さんの前のまこちゃんってかっこいい。まこちゃん、好きな人の前ではきりっとしちゃうの最高すぎでしょ」
良子が笑う。
「あーもー、うっさいなぁ~そうだよ、好きだよ。三年以上も片想い。いっつも帰り家まで送ってくれるのにさ、ぜんぜん付き合う雰囲気出ない」
「んー、士郎さんいい人だけど、ちょっと何考えてるかわかんなくて不思議でー難しそう」
「難関だよ。告白しようって何度も考えたけど、職場で気まずくなるのは嫌で。もうなんか片想いでもいいかなーって」
「そんなあ、まこちゃんには幸せになってほしいなあ」
「その気持ちだけもらっとく。話聞いてくれて、ありがとね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
通話を切って、真琴はため息をつく。
士郎の前で、私はかっこいいんだ。良子の言葉が気恥ずかしくて嬉しい。
士郎の前で格好悪い自分は嫌だ。彼がいつでも頼ってくれるう、凛々しくしよう。
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