第10話 新しいメンバー
増田良子が夜のシフトメンバーに加わった。事務所で大まかな心霊現象への注意、三万円の手当の話をした。良子はメモを取りながら、丁寧に聞いてくれた。
「困ったら士郎に言えばいいから。あいつが来たら大抵のポルターガイストはおさまる」
「士郎さんは霊感が強いというのを越えている気がします」
良子の鋭い質問に、慶三は驚く。
「そうだな、まあ血筋なんだよ」
「従兄弟の副店長から見て、士郎さんってどんな人ですか?」
「んーあいつはなぁ、大人しくて優しいし、頭もいいな。顔も美人だった母親似で俺とは似てない。身内だけど、誉めるとこしかない」
「私もそう思います。でも、士郎さんにも悪い所があります。何かあの人は、自分一人で何かを抱え込んででいる」
んー、と慶三はうなって腕を組み良子を見た。ずいぶんと踏み込んでくるな。良子は鮮やかなオレンジ色のラメが光る目で、こちらをじっと見ている。
「私はまこちゃんから士郎さんの話を聞いて感じたことです。私が士郎さんのことを好きとかではなく、まこちゃんが悩んでいるから聞きたくて」
「岡崎さんは、そんなに士郎のことを話すの?」
「え!? 副店長、鈍すぎ! 気づいてなかったんですか?」
良子が大声をあげたので、慶三はびっくりした。
「え、な、何が?」
「はー、もう、鈍いなあ。まこちゃんは士郎さんのこと好きなんですよ。で、三角関係ですよ、三角関係。どう見てもまこちゃんも竹丸くんも、士郎さんのこと好きでしょ」
良子が声のトーンを落として言った。
「私よく、お母さんに頼まれて夜に買い物しに来るんですけど。竹丸くん、士郎さんのことじっとよく見てるし、まこちゃんと話す時もすごく楽しそう。竹丸くんは、なんと士郎くんもまこちゃんのことも好きなんですよ」
「へ、なんて?」
慶三は良子がひそひそと、しかしテンポよく話した内容をすぐに理解できなかった。
「まったくわからんかった。士郎の奴、顔がいいから昔からモテるが同時に二人から好かれているのか。大変だな」
慶三が笑うと、良子がムッとした顔になった。
「笑いごとじゃないですう。私はまこちゃんに幸せになってほしい。竹丸くんはほんっとに気が多すぎ」
「竹丸のアレは、年上になついてるだけじゃないのか? 君が真琴さんのことを好きなように」
「いえ、あれは邪な目です。はぁー士郎さんはまこちゃんをどう思ってるんですかぁ?」
「士郎はポーカーフェイスだからよくわからんが、まあ、いい人止まりだろうな。俺が知らんだけかもだけど、士郎が恋人できたなんて話は聞いたことない」
「そもそも、士郎さんは優しいようで、ちょっと人を避けてる」
「うん、君はほんと人を見抜く力がすごいな。士郎は友人は何人がいるが、深い付き合いは避けてる所がある。それはまあ、あいつにも色々あるんだ」
「それは、なんとなくわかります。なんかこう、士郎さんって儚げな影を背負ってて。だからさらにモテちゃんうんだろうなぁ。なんか幽霊より、三人の関係が怖いですよ、私は。ハラハラする」
「まあ、他人のことだし、君がどうこうできないし。まあとにかく、これからよろしく。ああ、そうそう。店長から化粧のこと、口うるさかっただろう。俺は気にしないから、好きにしたらいいよ」
「やったー! 私、メイク大好きでティックトックもやっててー」
「俺は詳しくないけど、増田さんの化粧はなんかぱっとこう、明るくていいな」
「ありがとうございます、では今日からよろしくお願いします!」
良子が笑顔でぺこりと頭を下げた。元気のいい子がきてくれてよかったな、と慶三は笑顔を返す。
しかし、竹丸は士郎と真琴、二人に特別な好意を持っているというのは驚いた。
店の裏にある地下のことは、良子には話さない。儀式も参加させない。
士郎が背負っているもの、良子はどこまで見えているのだろう。彼の臍の緒は切れていない、地獄に繋がったままだということ。
※
「今日から夜のシフトに入ることになりました。士郎さん、竹丸くん。改めてよろしくお願いします」
良子は出勤してきて、タイムカードを押した二人に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく。困ったこことがあったら声かけてください」
士郎が微笑んで答える。
「竹丸くんって、年いくつ?」
「十九歳です」
「私より年下だ。夜のシフトの中で竹丸くんが一番年下なんだね」
「最下位です」
「ちょ、その言い方」
士郎の発言に竹丸がつっこむのを聞いて、良子は笑い声をあげた。
「二人はなんか、いいコンビですね。私とまこちゃんもいいコンビだよ」
いいコンビ、に竹丸がにやつく。こいつほんとわかりやすい、と良子は思った。
夜のシフト初日は、パートさんも八時まで入ってもらい、仕事の流れを真琴に教えてもらった。店内の簡単な清掃、掲示板の広告の貼り替え、ゴミ捨て、外のゴミ箱を中に入れるなど、けっこうやることが多い。
そして、あっという間に噂の九時半になった。
誰もいないのに、自動ドアがひっきりなしに開閉する。客が来たと気配を感じて「いらっしゃいませ」と言うと誰もいない、ひたひた、ひた、と裸足で歩く足音がした。
良子は左足首をつかまれた。
下を見ると、赤く溶けている女がいる。頭の頂点から赤い血を流しながら、足首からはいあがってくる。ぬるい感触と、生臭さ。赤く溶ける女が良子の腰に抱きついて、頭を腹にめりこませてくる。ぐんにゃりと気持が悪いなあ。
「ダメ」
良子は霊の頭を押しのけた。
黒い穴の両目と、口をあんぐりと開けて女の霊がぎゃあぎゃあ騒ぎだす。
「うるさい」
一瞬で赤く溶ける女は塵となった。真琴にほうきで掃かれたのだ。
「こういうの相手してると、キリないよ。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
良子は笑顔で答える。
天井から手がにょきにょき生えてきてる、首のない子供が走り回っている。誰もいないのに商品が棚から落ちる。これが、真琴たちには日常なのだろう。慣れてしまえば心霊現象もルーティーンだ。
「痛いっ!」
竹丸の叫び声がした。落ちてきた缶コーヒーが頭にヒットしたらしい。
「あいつ、よくポルターガイストにいじめられてんの。霊もあいつが一番下だってわかってんだね。しかし、頭は狙ったらダメだ、さらにバカになる」
「真琴さん、聞こえてますよーでも見てください、ほら! 缶の方がへこんだ、俺の頭の方が強い」
竹丸が缶コーヒーのへこんだところを真琴を見せにきた。レジから身を乗り出して真琴が近づいたことをいいことに、竹丸が一歩踏み出して距離を詰める。そして缶コーヒーを見てる真琴を注視している。
「あーあ、これじゃあ廃棄になる。もったいない、私が買ってあげる。このコーヒー好きなんだよ」
「マジっすか、やったー」
「何がやったー、なの。ほんと、竹丸はアホだな。廃棄になるのがもったいないだけ」
「ほんとに、竹丸くんはアホでーす。さっさと仕事に戻った方がいいですー」
良子は真琴の肩にあごをのせて、むくれて言った。
「初日の人からアホって言われた……」
しょげて去っていく竹丸を良子はじっと見る。
「では、そろそろ、ゴミ捨てとかいってきますね。昼もやってる作業なんで、できます」
「うん、ありがとう、良子ちゃん」
良子はゴミを捨てる途中、竹丸と士郎の様子をうかがった。士郎のまわりには霊がたくさんついていく。彼は黙々と牛乳を並べていた。気を引くような霊は軽く払いのけている。
「士郎さん、この新商品ってどこの棚ですか?」
竹丸が来て、足で小さな霊たちを払いのけた。売り場まで案内する士郎と竹丸のあとを、良子はついていく。
士郎の前に、赤い小猿がいるのを見つけた。小猿が士郎めがけて、小さな瓶をなげつける。
「危ないっ!」
竹丸が士郎を抱きしめて守った。 小瓶は竹丸の背中に当たって、砕けて落ちる。小猿は天井へ向かって飛び消えていった。
「あー、くそー。俺、見落とした。あの猿次見つけたらぜってぇ許さない」
竹丸が士郎を抱きしめて、頭をなでている。
「わかったから離せよ。僕も気づかなかった。あ、おまえ、背中から血が出てる!」
竹丸から離れた士郎が、竹丸の背中を見て言った。小瓶が当たった時に傷がついたのだろう。
「事務所で早く手当しないと」
「大丈夫ですよ、かすり傷かすり傷。それより、また高い栄養ドリンクが台無しに」
「いや、赤い猿はけっこうやっかいなんだ。消毒する」
「あのー、私がここ片づけておくんで、竹丸くんは手当てしてもらったほうがいいよ。私、見てたんだ。すごいぶつかってたし、血けっこう出てるよ」
良子が声をかけると、士郎はほっとした顔になった。
「すみません、ではお任せします」
士郎がぺこりと頭を下げて、竹丸を引っ張っていった。真琴に事情を話して良子は割れた瓶を片づけて床を拭いた。その間も片目と両腕がない霊や、天井から生えてきた女の首が良子をのぞきこんできた。ほんと幽霊めっちゃ出るなーと良子は感心してしまう。
しかし、竹丸、あいつほんと。
良子はイライラしながら、ゴミ捨てに向かった。
どっちもなんて、許さない。
※
竹丸はロッカーで上着を脱いだ。制服の白いポロシャツは思ったより血で赤く汚れている。明日の着替えあったかな、と竹丸は考えて、士郎に怪我の手当てをされていることを意識しないようにする。半裸が恥ずかしい。
「はい、絆創膏、貼っておいたから。手が届かないから、またあした、消毒する」
「いや、あの。もう大丈夫ですよ。痛くないし」
「赤い猿が投げてきたもので負傷すると、化膿しやすいんだ。あいつのせいで破傷風になった人もいる。それにごめん、僕をかばったから」
竹丸はロッカーの奥から長袖の制服を取り出して着た。
「士郎さんの頭に当たらなくてよかったですよ。頭に当たってたほうが大変だ」
「ありがとう。傷、ほんと気をつけろよ」
いや、むしろこっちがありがとう、なんですけど。竹丸はふっと笑う。
「おつかれさまでーす、真琴さん、士郎さん」
良子がきゃぴきゃぴと自転車で帰る二人に手を振った。
良子の第一印象はギャル。明るくて、気がきくタイプのようだ。心霊現象にあってもほんとカラっとしている。
「竹丸くん。ちょっと話、いいかな。この先のサイゼで、話そう。私、あの車なんだ」
良子に声をかけられて、竹丸はうなずいた。良子がピンクの軽自動車を指さす。
「はい。いいですよ」
「うん、じゃあ、あとで」
良子が発車させて、その後に竹丸はついていった。二人でサイゼリヤに入り、席につく。
「あー、お腹空いた。でもこの時間に食べると太るし。夜のシフトってそこが悩む。竹丸くんはいつも何食べてるの?」
良子がメニューをめくりながら言う。
「俺は一人暮らしなんで、まあ一応、適当におかずを作り置きしてます。節約も兼ねて」
「へえ、偉いね。私、プリンとアイスのセットにしよ。竹丸くんは?」
「俺はドリンクバーだけでいいっす」
良子が店員呼び出しボタンを押して注文する。
「竹丸君さあ、まこちゃんのこと見すぎ、だよね。まこちゃんかわいいから、ずっと見てたくなるけどぅ」
良子が頬杖をついて、ねちっこい口調で言った。あごをあげて上から見てくる、目をふちどる長いまつげが、威嚇してると感じる。
「それに、見たよ。士郎さんに抱きついて、頭なでててた。ほんとさぁ、どっちかに決められないの?」
良子とまともに話すのは、これが初めてだ。どうしてわかるのか、と竹丸は唖然として、ドリンクバーに逃げた。焦って嫌いな野菜ジュースを入れてしまった。
良子はアイスとプリンを食べながら、時々、睨んでくる。
「……決められ……ないんですよ。俺はまあその、バイセクシャルなんですけど。どっちもタイプ過ぎて」
竹丸はぼそぼそと答えた。
「じゃあさ、絶対に、ありえないと思うけど。もし同時に二人に告白されたら、どうする? 絶対にありえないけど」
すげえ嬉しい、と言い掛けて竹丸は口を手で覆い咳払いをする。
「そんなこと、考えたこともなかったです。はっきり言って二人とも、絶対俺のこと好きにならないとわかってますよ」
「それって辛いじゃん?」
良子が眉を寄せる。
「ツラいっすよ。わかってて、わざわざ聞いたんだったら、良子さん意地悪ですね」
「はあ?」
調子に乗ったら良子の目つきが鋭くなって、竹丸はすんません、とすぐに謝った。
「私はね、まこちゃんに幸せになってもらいたい。士郎さんはどうしてああも、人を寄せ付けないのかな。士郎さんとまこちゃんがお付き合いして、幸せになればいいのにーって私は思うの。それについてはどうよ?」
「俺も真琴さんに幸せになって欲しいですよ。だけど、士郎さんは鉄壁ですよ。ほんと心を許さない所があって」
「それなら、よかった。ごめんね、言い過ぎて。竹丸くんがどっちも欲しいからって、まこちゃんと士郎さんの仲を邪魔するかと思ったごめん」
良子が目を伏せた。
「いえ、俺も自分でも気が多いと呆れてますから」
どうしようもない、好きになってしまって、霊感という特殊な力を持った者同士の、秘密の共有をしてしまっている。
「こんな話をしたのは、良子さんが初めてです。鋭いんですね、驚きました」
「他人の恋心なんて、どうにもならないよね。付きあっちゃえばいいのに、とかお節介でキモいよね。でも、どうしても思ってしまう。まこちゃんの気持ちに、士郎さん、気づいてって」
目元をおさえて良子が言う。まぶたをぎゅっと閉じて彼女は涙を出してからぱっと目を見開く。
「……見守るしかないですよ。あまり詳しく言えませんけど、士郎さんは普通の人とは違う、複雑な人なんです。目の前にいて、話せて触れられても遠くにいる気がする。そんな人です」
「それは、なんかわかる」
良子がうなずく。
「今日は急にごめんね、全部、話してくれてありがとう。あのさ、次は四人で来ようね」
「はい、そうしましょう」
会計は良子が「お姉さんだから」と笑って出してくれた。笑顔でバイバイをしてから、竹丸は話せて気持ちの整理がついた。
欲張りな自分は、ひたすら真琴と士郎が幸せになることを願おう。そっとそれを見ていたい。二人が結ばれても結ばれなくても、誰か他の人と結ばれても、ずっとシングルでも
二人が幸せになってほしい。
※
深夜に士郎は家を出る。合鍵を作るなんて簡単だった。警備の解除もすぐに覚えた。
真夜中の三時、士郎はスーパーオノシタの事務所にいる。裏戸を開けて、地下への扉を開ける。階段を降りて暗闇へと入る。もう足が覚えて光はいらない。
冷え切った岩の中だ。一畳半、三メートルほどの天井。半畳は棺桶が積み重ねられている。その中には虐殺された民族の遺体の骨が入っている。
棺桶には封印の呪術文字が刻印されている、残酷なことだ。
木の祭壇には蝋燭と大きな丸鏡が置かれている。士郎はその前に正座して蝋燭に火を灯した。
丸鏡に映る士郎の顔は青白く目に光がない。人形のような顔だとよく言われた、整いすぎて怖いくらいだと。士郎はそう言われる度に居心地が悪くなり、自分を異形だと感じて、その直感は当たっていた。人ではなくなる宿命が、士郎の顔を美しくしてしまったのだ。
岩床に寝ころんで目を閉じる。
棺桶がかすかに揺れだす、互いの体を寄せ合うように動くと、士郎のまぶたの裏に森が浮かぶ。緑はすぐに血の赤に染まった。
士郎は呻き声をあげて、背中をのけぞらせた。日本刀で体を切り裂かれる痛み。息ができない。五歳ぐらいの子供が首を切り落とされる士郎は叫び声をあげて、体を痙攣させた。ひきつる息と引いてはまた襲ってくる激痛に、何度も岩に体をうちつけて、さらにそれが痛む。
棺桶の動きが止まった。
士郎は目を開ける。
肩を上下させて息をする。腕を強く岩に打ち付けたせいで、ひどいあざができていた。
たった三十分なのに、身がもたない。少しずつしか、痛みを感じて慰霊できない。
棺桶の中に閉じこめられて、慰霊もされずに殺された者たちのつらさ、うらみ、くるしさ。それらを士郎は一身に受ける気でいる。
この地下の洞窟の中で、士郎は生きる運命だ。誰かが犠牲にならなければ、業の深い呪縛は終わらない。
いずれ物部の山は崩れるだろう、その時に大量の骨が露出するだろう。その骨もここに持ってこさせ、あちらの業も引き受ける。
士郎の両親は忌み地の慰霊、解放に失敗した。
忌み地を活用したい物部家に邪魔をされた。父と母の無念を士郎は果たす。
「また来ます。土地を奪うために殺されて、無念に死んだあなたたちの恨みを利用した罰を僕が受けます。だからどうか、僕の好きな人たちには手を出さないでください」
士郎は一礼して、蝋燭の火を消した。くたびれた体で階段を登った。
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