第18話 霊山
スーパーオノシタ、急遽休業の連絡がきた。真琴たちと連絡がとれない。
ラインでパートさんたちと何があったのかと困惑の感情を交わしあって、良子はいてもたってもいられなくなった。
休業中の給料は支払われるとのことらしいがいつまで休みか、またその理由は不明だ。
九月の終わりの秋風にミルクティーカラーの髪をなびかせ、良子はスーパーオノシタへ自転車で向かった。
夜の九時半、スーパーオノシタの前に立って、良子は怖気が走った。
真っ暗な店の中で、闇が動いている。キーンと耳鳴りがした。足がすくんで動けない。
ここは本当に自分が働いていたスーパーなのか?
看板も建物の作り形が同じだが、中が違う。激しい破裂音がした。窓ガラスが割れた。
細長く黒い人型が、出てくる。外にでるとそれは人の形になった。
真琴さん?
黒髪のショートボブで、白い着物を着た真琴が良子の前に立っていた。
冷たい手が、良子の手首をつかむ。真琴は微笑んでいる。
あ、大丈夫だ。
怖くない。
良子も笑った。
真琴に手を引かれ、スーパーオノシタの闇の中に入っていく。
※
竹丸にバイクで送ってもらい、真琴は一旦家に帰って、家族に無事を知らせた。両親にはひどく心配をかけてしまった、妹は泣いて抱きついてきた。
「ごめん。今は言えないけど、大事な用事なんだ」
引き留める両親を振り払って、真琴はジャージに着替えてリュックに生理用品と痛みと止め、タオル、何かあった時用のカッターをリュックを入れて家を飛び出た。
※
アディダスのジャージに着替えリュックを背負った真琴をバイクの後ろに乗せて、竹丸は山に戻った。
山道のミラーの下に鉄平が立っていた。テントへと案内される。木々が生い茂ったところにあるテントは
茶色で、隠れ蓑だ。テントの中にはクーラーボックスやランタン、ポータブル電源と必要なものはすべてそろっているようだ。
真ん中に細長い机が置かれ、ヒョウ柄のラグが敷かれている。
「おまえ、いつこんな用意してたんだ?」
「半年前からや」
鉄平がにやりと笑って答える。
「半年も前って……おまえ、ほんとなんなの?」
「まあまあ、とりあえず座れや。岡崎さん、来てくれてありがとうございます」
鉄平がぺこっと真琴に頭をさげて、ラグの上であぐらをかく。
「本格的なソロキャンプじゃん」
真琴が座って言った。
「そうですねん。さっき外でお湯わかしときました、ホットレモンどうぞ」
鉄平が差し出したマグカップを見て、真琴は驚いた顔をする。黒猫が立ち上がって片手をあげているイラストつきのマグカップを真琴は両手で包む。
「これ、私のグッズじゃん。買ってくれたの?」
「はい。岡崎さんの絵が好きやねん。ボク、猫好きやから。これめっちゃかわいいですよね」
鉄平が猫のような笑顔になる。
「わー、ありがとう。いただきます」
真琴が嬉しそうにカップを持ち上げる。
鉄平、こいつはほんとにわからない。
「そうだ。はい、これ。あげるよ。例の布」
真琴がジップロックを鉄平と竹丸に渡した。中には折り畳まれた布が入っている。竹丸はいたたまれない気持ちでうけとった。
「どうもありがとうございます。竹丸、ポケットにいれとけ」
鉄平に言われて竹丸は慌ててカーゴパンツのポケットにおしこんだ。
「すいませんなあ。この山の怪奇はお守りとか札とかではかないません、むしろそれより強いケガレが必要ですねん。女性の月経をケガレとみなし、月経中の女性を小屋で過ごさせた民俗学は、今では差別ですけどね。女性のパワーをわけてもらうということで、どうかご理解お願いします」
「うん、そこはわかってる。私も生理がこなかったら、あの部屋から出られなくてヤバかったよ。たぶんだけどさ」
マグカップをおいて、真琴は目を伏せた。
「あのままだったら私は人柱にされた。鉄平くん、君は半年前からここにいたんだよね。物部家のこと、どこまで知ってる?」
「それはもう、百年前から。郷土資料をあさったら出てきたんです。物部は元々は四国の祓い屋やったんが、関東のこの土地に流れてきた。この山には少数民族の部落があった。山には霊力がある。この山には、ごっつ霊力があるんや」
鉄平がべらべらと喋り、真琴が息を飲む。
「……資料だけでよくそこまでわかったね。君、ただ者じゃないね」
「そうですねん。ボク、霊感はないねんけど、オカルトについての鼻は効きますねん。ボクがなんかあるぞ、と思うとこにオカルトあり。そしてまったく霊障を受けない強い体質。さて、竹丸にもわかるようざっくり説明しましょ。むかしむかーしの話、第二次世界戦争の前のこと」
鉄平が語る。
霊山、尾之上山には倭人ではない、どこからきたか不明の少数民族が住んでいた。民族は霊山の力を使いこなし、豊かな作物で飢えることなく水も清く、蚕も上手に育て機織りの技術もあり、山から一切出ずに生活していた。
その民族についての記述が明治時代の村長が記録しているが、これが特異である。
民族は黒い肌に白い髪、紫色の目で不思議な言語で話した。微笑みを見せて、身振り手振りで村長を自分たちの住処に案内した。木造のいたって質素な家が数軒あり、その中でも大きな家に案内された。数十人の民族が座卓で食事をしていた。
村長も席につき馳走になった。肉はなく野菜ばかりだった。味噌汁の器を手にとると冷たかった、隣にいた年老いた民族の一人がそれを貸せと手で示したので渡すとその者は両手で器を持つと目を閉じて何か念じているらしかった。そして差し出された器を手にとると、汁は湯気がたって器が熱くなっていた。
村長が不思議な民族に会ったのは一度きりで、この記録は白昼夢でも見たのではないかと記録されている。
四国から流れてきた強い霊能力を持つ拝み屋の一族、物部はこの民族を皆殺しにした。
力のある山を奪うためだ。
霊山の民族が唯一作らなかったもの、それは武器だった。抵抗することができなかった。物部一族は日本刀で無惨に民族を虐殺した。
逃げ伸びた一家がいた。
そこがスーパーオノシタの場所だ。元々はそこに神社があった。民族は神社の神聖な空気を察して、そこに逃げ込んだが追いかけてきた物部に殺された。
若い夫婦と幼い男の子、妻は妊娠中だった。神聖な神社を血で汚したと神主が激怒した。
物部は神主一家も殺した。
「物部一族はこの山で霊媒師として権力をもった。殺されて霊山に埋められた民族の怨念をおさえこみ、
それどころか、商売に使うことにした。虐殺した一族の骨を呪術がかかった棺桶にいれて、殺された怨みごと保存して埋めた。それは今もスーパーオノシタの地下にあるはずや。神社を取り壊してそこを店にした。神社で殺された一家の恨み、虐殺された一族の怨みは時にすさまじい力となる。物部一族は怨霊の力を利用して財を成した。怨念という強い力で客を引き寄せる、呪いを請け負う呪術の仕事をしたりやな、平成初期までは手広くやってたそうや。まあ、これには時に物部一族から生け贄を出したり、怨念をおさえこむのも苦労したそうや。そんで封印の力を強めるためにも神社も作った。それが今の尾之下神社や」
「むごいな……」
竹丸はあの夜見た化け物を思い出してつぶやく。しかし、士郎は残酷な一族の末裔としてはあまりにも美しい。
「……でも、それも限界なんだよ。スーパーオノシタで商売を続けてきたのは、人の流れを作るため。閉ざしてしまうと逆に怨念を強くなる、呪いを分散するためにお金が流れていく仕組みを作ったけど士郎くんが産まれてしまったから」
真琴が悲しそうに言った。
「どういうことですか?」
竹丸がたずねると、真琴は悲しそうに眉をひそめた。
「物部家の長男は、もっとも強い呪いを受ける。結婚したら一人目の子は必ず流産するそうよ。士郎くんの両親は結婚を反対されていた。物部家の長男と神社の娘、二人は結ばれてはいけない関係だったのよ」
「祓い屋と神主、つまり二人とも強強い霊感の持ち主で、因縁があって」
「そう。だから、本来は産まれてここないはずの士郎くんが産まれてきた。……副店長によると、士郎くんのご両親は殺されて根絶やしにされた民族を慰霊する計画を立てていた。でもそれは、叶わなかった。物部家は呪術師でもあった。呪ったよのよ、物部が士郎くんのお母さんと、信じられないことに自分の息子も」
真琴の頬に涙が流れる。
「そして、士郎くんが十二歳の時に、両親は事故死した」
竹丸の喉は苦くなった。
士郎はそんな悲惨な目に遭っていたのか。
※
良子は光差す森林の中に立っていた。
「真琴さんじゃない」
隣を見て良子は驚き、つないでいた手を離す。
「ごめんね。君にどうしてもここへ来て欲しかったから、君が見慣れている人の姿を借りたんだ」
黒い肌に白い髪、紫色の瞳をした少年が申し訳なさそうに言った。
半袖半ズボンで、藁のぞうりを履いている彼を見て、良子は自分が不思議な世界にきたのだと感じた。
夢にしては、この澄んだ空気はなんだろう。光は多幸をうながし、涼しい風は身を清めていく。
「あなたは誰なの?」
「僕は大昔に死んでいる。ここは、僕たちの記憶、滅びた村の幻想なんだ。ついてきて」
「どういうこと?」
問いかけても少年は笑うだけだ。
良子は歩き出した少年についていく。
木造の家が見えてきた。
少年と同じ黒い肌に白い髪の人たちが、数十人、ひらけた場所に集まっていた。井戸があり、洗濯物が風になびいて、子供たちが走り回り笑い声をあげている。
村人たちは優しい微笑みを浮かびている。
「僕たちは君とは違う、遠い世界からきた。そこで生きていくことができなかったから。ここで幸せに暮らしていたけど、みんな殺された」
少年が淡々と言った。
背の高い女性が、赤ん坊をしょって縁側で縫い物をしている。畑では豊かに実った作物をとっている人がいる。白いワンピースを着た少女たちは妖精のように美しい。
「みんな、どうして殺されたの? みんな、とてもきれい。ここはすごくきれいな場所だよ」
良子が問いかけると、少年は首をかしげて困った顔をした。
「来てくれてありがとう」
歩み寄ってきた女性は、白い肌でで黒い髪だった。整った顔立ちに見覚えがある。
「士郎さんに似てる……」
「士郎の母です。あなたにお願いがあって、来てもらいました。どうかあなたの力を貸してください」
士郎の母は、士郎とそっくりの困った顔をして言った。
「私にあなたの体を貸してください。あなたの好きな人たちを助けたいの」
銀色の髪の少女が良子の前に立って言った。紫色の瞳は澄んだ輝きで、良子は強く引きつけられた。
必要なことだ。
「うん、いいよ」
良子は少女の手を握って、目を閉じた。
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