第20話 重い

 宮田は山に入れなくて頓挫していた。神具の竹ほうきを振り回し次から次へと襲ってくる悪霊に体力を削られていた。一度退散し装備を整えて戻るか、しかし時間がないこうしている間にも士郎が依り代にされようとしている。


 背中がおぞけ立った。

 これは滅ぼされた民族の気配。馬鹿な、ここまで降りてこれないはずではないか、ひとまず封鎖したスーパーオノシタの地下から這いだしてきたか。


 振り返ると、若い女だった。

 彼女は山にかけ上がっていく。


「やめろ、危険だ!」


 振り返った彼女は、銀色の束をもっていた。月光に照らされた彼女の影は、細身の体からは信じられないほど長い。


「大丈夫です、私、行かなきゃダメなんです」


「待ってくれ、君がもっているそれは、どこでもらった?」


 制止を振り切って走り出そうとする彼女を宮田は大声で引き留めた。あれは銀色の、髪の毛ではないか。


「あなたは誰なんですか?」


「私は尾之下神社の神主、宮田だ」


「神主さん? じゃあ、あなたも士郎さんを助けに」


「そうだ。君はもしかして、オノシタスーパーの店員の」


「良子さんの体を借りています、滅ばされた一族の霊です。この髪は元の私の物です。これがお役に立つと思います、どうぞ」


 良子の体を借りた者が山裾から降りてきて、銀色の髪を宮田に見せた。

 

 良子は明るい髪色で濃い化粧の今時の若い女性だ。なぜ滅ぼされた一族は彼女を選んだのかは、目を見据えてわかった。士郎たちと同じ場所で働いた縁と霊感があること、そして彼女の素直な人柄だろう。


「ありがとう。髪の毛は強い霊力を持つ。私が山に入るのに必要なんだ」


「わかりました、はい」


 良子がくれた髪を宮田は二本のほうきの柄に髪を結びつけた。一本は良子に差し出す。


「なぜほうき?」


「ほうきには厄払いの力があるんだ」


 宮田は山肌に逆さまにしたほうきを突き刺した。悪霊が霧散して宮田は山に足を踏み入れることができた。


 良子は肝の座った目をしていた。 強い精神を持つ子なのだろう。

 

「かつて森は、こんなんじゃなかった。私が見た森はあんなにきれいだったのに……どうして、いい人ばかり殺されるのかな。どうして誰一人、罪を認めて弔わないかったの」


 良子がつぶやく。


「欲深いからだ。この山を奪い支配する奴らに人の命を尊び弔う考えがなかった。愚者どもめ」


 宮田は吐き捨てる。

 頭痛がひどい、吐き気がする。それを良子に気取られないようにするだけで精一杯だ。

 宮田はどれだけ修行しても霊力が上がらなかった。姉の半分しか霊能力がない、怨霊に憑かれて士郎に祓ってもらったほどだ、情けない。


「やりなおしましょう、何もかも。まだ、手遅れじゃないですよね、宮田さん」


 良子が宮田の背を押した。その力は若い女性にしては強く、彼女の中にはやはりあの一族の者が入り込んでいると感じた。


「間に合うさ、間に合う」


 宮田は自分に言い聞かせて、一歩を踏み出す。


     ※

 

 士郎がいる部屋の前に五人の男がいる。半グレ集団とまとめて言って差し支えないような奴らだ。一人だけでかい禿頭がいる。縁側で煙草を吸って酒を飲み、下品に笑ってやがる。


「姐さん、あのでかいのはボクがややります」


「どれをどっちがやるとか、めんどくさい。やればいいんだよ」


 鉄平をさえぎって、先に真琴が男たちの前に言った。


「お、おまえ。おい、あいつ逃げた女じゃねぇか!」


 縁側からサングラスをかけた男が言って真琴に近づく、三秒、サングラスは地面に落ちた。男がその上に背負い投げで落とされる。


「私を荷物みたいな運んだ罰、うけてもらう」


 真琴が腕を鳴らす。さすがたが、彼女はほっといて仕事をやるか。

 鉄平は縁側へ向かって走っていき、飛び上がって煙草を吸っている男の顔面を蹴った。


「なんだおまえらは!」


 禿頭が叫ぶ。


「奪還にゃんちーむ!」


「奪還にゃんちーむ!」


 二人同時に高らかに叫んだ。

 鉄平は禿頭の腹を蹴り、とらえようとしてきた腕をかいくぐって男の太い首に足を回し、肩に乗って締め上げる。男はあっという間に失神した。


「なんや、みかけ倒しか」


 鉄平は腕を振って肩をならし、かかってきた二人を殴り倒す。真琴がナイフを持っていた奴の攻撃をかわし、股間を蹴り上げた。

 竹丸がボトルニッパーで士郎のいる部屋の襖を壊す音が聞こえた。騒ぎを聞きつけて、がたがたと部屋から出てきた者たちに、真琴と鉄平は向かった。


「あんた、やるじゃん」


 真琴がにやりと笑って言う。


「姐さんかにはかないまへん」


「そりゃそうだ。私ね生理中イライラするからさ、こうやって発散すんのは最高だよ」


 真琴が走りながら声をあげて笑う。彼女には逆らわないでおこう、と鉄平は思う。


     ※


 士郎は白装束で畳の上に横たわっていた。彼の白い足首につながれた鎖を竹丸はボトルニッパーで切ろうとする。


「やめてくれ」


 士郎が腕をつかんでとめた。竹丸は振り払ってボトルニッパーを動かす。腕に電流が走った。よく見ると何重にも札が貼られていた。


「無意味だ。そんなもので切れない」


「いや、切れる。こんなもの」

 

 札をはがそうとすると、手のひらが焼けるように熱くなった、なんだこれは呪術か。それでもかまわず、竹丸は痛みに耐えて札を引きちぎる。


「やめろって言ってるだろう!」


 士郎に背中を殴られた。竹丸は士郎を抱きしめる。強く抵抗したが竹丸の力が勝った。


「やめない! 俺は絶対にあなたをここから救い出すって決めてきたんだよ。いいから、おとなしく座っててくれ」

 

 竹丸は士郎を抱えてゆっくりと腰をおろす。自由な片方の足で士郎は竹丸の腹を蹴った、すぐに起きあがって士郎の腕をつかむ。


「なんでわかってくれねぇんだよ!」


 竹丸が怒鳴ると士郎の瞳は震えた。唇をかんでいる。


「俺はあなたを心の底から愛してる、気づいてたはずだろう。でもあなたはいっつもはぐらかしてさ、こんなに必死な俺をどうやったらわかってくれるんだ!」


 竹丸は士郎の手首から手を離す。


「俺だけじゃない。真琴さんだってそうだ、あなたを愛してる。副店長も、みんなあなたを必要としているのに、なんで一人になろうとするんだ、どうして犠牲になろうとするんだよ」


「気持ちが悪い」


 士郎が言った。


「わかりたくない。わかりたくなんかない。迷惑だ。みんな何もわかっていない。勝手な幻想を押しつけて、助けるだのなんだの、うるさい」


 うつむいている士郎の頬を両手ではさみ、無理矢理に上を向かせる。士郎の瞳は震えて今にもこぼれそうな涙で満ちている。竹丸の手のひらに流れてきた涙は熱かった。


「そんな顔して言うことじゃねぇだろ。自分一人犠牲にすればいいって思ってるだろ、間違ってる」


「間違ってない。僕一人が依り代となればすべて解決する」


「それはあんたにとっての解決だ。俺たちにとってはそうじゃない」


「おまえこそなんでわかってくれないんだ! 物部家はもう怨霊を押さえ込むことはできない。封印が決壊したら犠牲者が大勢出るだろう。だったら、僕が犠牲になればいい。死ぬんじゃない、不老不死だってさ、人じゃなくなるだけだ」


「うるさいのはあんただ」


 竹丸は士郎の口を、自分の口でふさいだ。


「俺が簡単に死ぬと思う? 一緒にあんな悪霊ばっかのとこで働いてた。俺と士郎さんと真琴さんは、一蓮托生だ」


 士郎が放心している間に、竹丸は鎖を断ち切った。


「さあ、俺の背中にきて。この家の中心部を教えてくれよ」

 

 竹丸は士郎の前でしゃがみ、背中を向けた。


「……いいのか……これで、本当に」


「あきれたな、まだ言う? ほら、早く。俺の背中にきて」


 竹丸は待った。士郎の体重を背に感じて、よいしょ、と立ち上がる。ぎゅっと士郎がしがみついてきた。


「これでいいんだ。俺と真琴さんは、絶対に死なない」


「……わかった。信じる。ずっと……怖かった……自分のせいでまた誰かが死ぬのが」


「うん」


「僕は普通じゃない。依り代になるために生まれてきた、身を捧げる決意はできて、誰とも深く関わらないようにしてた、それなのに、おまえは土足で僕に踏み込んできて。真琴さんとおまえが、僕に生きたいと思わせて……」


「うん、ぜんぶ、俺のせいにしろ」

 

 竹丸は士郎を背負って歩く。


「士郎くん!」

 

 真琴が駆けつけてきた。

 竹丸が立ち止まると、真琴は士郎の背中に手のひらを当てた。


「私は、君への愛が重いんだ。支えられるよ」


 真琴が言った。

 

「……はい」


 泣きながら、士郎は答えた。



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