第3話 イケメンなクラスメイトが絡んできました
不機嫌になった香織が早足で学校に向かってしまったせいで取り残されてしまった。
わざわざ追いかけるのもなぁ……。
そんな振られた直後に復縁を望む彼氏みたいなムーブはしたくない。
なにより周りに同じ学校の生徒いるから恥ずかしいし。
香織とは別のクラスなので、帰る時までに機嫌が直っていることを祈っておこう。
彼女に追いつかない程度の速度で俺もゆっくりと歩き出す。
さっきまでやかましい幼馴染がいたせいで、少しだけ隣が静かに感じなくもないが、それはそれで悪くな
「おい拓也! 朝から熱々だったなぁ〜!」
騒々しい、悪くいえば不快。良くいえば、それでもやっぱり不快な声で後ろから話しかけられた。
もっと静かな登校を満喫していたかった……。
「そういう典型的な親友ポジみたいなセリフを吐くな。モブ」
歩みを止め、振り向いて悪態を吐いてやると、軽薄そうな笑みを浮かべた好青年がそこには居た。
よくあるラノベの黒髪主人公が現実世界に出てきたんじゃないかと思うぐらいイケメンな青年。
それが、あんな野次馬みたいなセリフ言うとかこの世界のバグかよ。
「……酷いこと言うなぁ。拓也と僕の仲なのに」
青年は軽薄そうな笑みを収めて、今度は爽やかな笑みを浮かべ直した。
同じ笑みでもこんなに違うのか。いつ見ても百面相で気持ち悪い。
てか、俺とお前がどんな仲だって言うんだよ。ただのクラスメイトだろ。
「試験前なのに随分と余裕そうだな」
「拓也ほどじゃないさ。これでも電車の中では勉強していたんだよ」
「どうせ試験のじゃないだろ」
俺の言葉に、浅葱悠あさぎゆうは薄く笑って答えた。
「拓也もセンスはあると思うよ?」
「何度も言ってるだろ。興味ないって」
「それは残念。拓也なら僕の次くらいにいい線行くだろうに」
大して残念にも思ってなさそうな様子で浅葱は引き下がる。
いつもの勧誘。どこまで本気で勧誘しているのかわからない。ただ、一つ言えるのは、こいつには詐欺師の才能が間違いなくあるということだ。
「ところで、香織ちゃん、今日は随分とお疲れだったみたいだね」
「……お前が香織ちゃんって言うなよ」
うっかり手が出てしまうかもしれないだろ。
香織に近づく男子が敵とは言わないが、お前は間違いなく敵だ。
「そんなに睨まなくてもいいじゃないか」
「最近視力悪くなってな」
「ああ。だから、あんなに氷姫のことをマジマジと見ていたのか」
「……マジマジとなんか見てなかっただろ」
「見てたのは否定しないんだね」
朝から強烈な一撃だ。眠気が一気に覚める。
眠くなんて無かったので、余計なお世話だから、その話とっととやめて貰える?
もしもうちのツンデレ幼馴染に聞かれたら被害受けるの俺なんだぞ。
「揚げ足を取るのは相変わらず上手だな」
「ごめんごめん。そんなに膨れないで。可愛くないから」
うわー、嫌な奴だな、こいつ。
爽やかな笑顔を浮かべておきながら、出てくる言葉はあまりにもウザいので、3割り増しぐらいでウザい。
浅葱のウザい言動は折り紙付きで、前に浅葱が髪色と髪型が似ているねなんて、にこやかに言ってきたことがあった。
そこまでなら別にいいのだが、
『もしかして、僕の真似してるの?』
『してねぇよ!』
なんて、やり取りが始まり、その末に俺が髪色を変える羽目にまでなった。
なんでそうなったのかは、あまりよく覚えていないが、『真似してないなら髪色ぐらい変えれるよね?』とこいつに唆されて、美容室に連れて行かれたのが終わりの始まりだった気がする。
売り言葉に買い言葉でホイホイと美容室に連れて行かれた俺を簡単に想像できる。俺チョロすぎない……?
おかげで今の俺の髪色は香織より少し暗めの茶髪だ。そして、髪色を変えた俺をなぜか香織が少し嬉しそうにしてたのが記憶にある。
間違いなくあの時は浅葱の手の上で踊らされていた。ウザい上に策士とか手に負えない。
幸いなことはうちの高校が成績さえ悪くなければ、他は勝手にすればいいという放任スタイルなので、髪染めに何も言われてないことだ。
いつかは元の黒髪に戻したいのだが、定期的に香織に美容室に連れて行かれるようになったせいで、それすら叶ってない。
髪染め、美容室でやると金かかるんだよ。自分のでやるのは怖いし……。
「拓也が神里さんから氷上さんに乗り換えたのかと思ったんだけど」
「もともと香織にも乗ってねぇよ」
「うん。知ってる。それより歩こうよ。学校に遅れちゃうよ?」
知ってるなら言うんじゃねぇよ!
浅葱はにこやかな笑みを崩さずに歩き出す。
一緒に行きたくなんてないが、そんなのこいつが許してくれるわけもなく、軽く舌打ちしてから俺も歩き出す。
「そんなに嫌そうな顔しなくていいじゃないか」
「……お前と登校すると目立つから嫌なんだよ」
なにせ顔だけは自他共に認めるイケメンだ。
加えて、俺以外に対する人当たりは完璧、スポーツ万能。こいつも神様の才能を貰いすぎた人種の1人。
女子人気が凄まじく、何度も告白されてるとかなんとか。
ただ、それを足しても有り余るマイナス点が、この苛烈かく悪辣な本性。
「僕は嫌じゃないよ? ぼっちのオタクくんと仲良くしてあげる優しい好青年を演出できる」
「誰がぼっちオタクだ」
気にしてることを言いやがって……!
こいつ、さっきまでの香織との会話も聞いてやがったな。
電車内から今までの俺たちのやり取りを盗み聞くとかストーカーかよ。警察に突き出してやろうか。
的確に相手の精神にダメージを与えられら言動を理解して行なっているのが浅葱の性格のいいところだ。
ほんといい性格してると思う。是非この本性を俺じゃない誰かに向けてあげてほしい。
「てか、お前、俺と登校なんてしていいのかよ。この前彼女出来てたろ」
もちろん意味としては、「彼女と登校しろ。俺と一緒に登校するな」である。
「ああ。別れたから」
俺の言葉に浅葱はなんの興味も無さそうに答えた。
「えぇ……。お前、そろそろ刺されるぞ」
今年度になってから既に4人目だ。
去年から数えたら10人は軽く超えてる。取っ替え引っ替えなんて言葉じゃ物足りない。
「問題ないよ。ちゃんと後腐れなく別れてる。そもそも今回はそういう契約だったし」
「契約ってなんだよ」
「2週間の間、仮で付き合って好きになれなかったら別れる」
「そんな条件で付き合う方も付き合う方だな……」
どんな精神してるんだよ。
もしかしたら浅葱と本当に付き合えるかもしれないってところだろうか。
ただ、この男に限ってそれは、奇跡が起こってもありえない。
「結局、思った通りの子だったから約束通り振ったよ。面白くも、新しくもなかった」
淡々と告げる浅葱。
その顔は相変わらずの爽やかな笑みなのに、どうしようもなく怖い。
「……やっぱりお前のこと嫌いだわ」
苦虫を噛み潰したような表情をしているであろう俺に、浅葱は肩をすくめる。
「想いが届かないのは悲しいね」
「お前がそんなこと言うと説得力全くないな」
お前がどれだけ人の想いを踏み躙ってるの思ってるんだよ。
「そうでもないさ。これでも片思い中なんだ。今は、氷姫にね」
「……なんかの冗談か」
出てきた言葉に耳を疑ってしまう。
こいつが氷上に?
「まさか。僕が冗談を言ったことあったかい」
今まさに面白くない冗談言ってるだろ。
「前まで氷上には興味ないって言ってなかったか?」
ただ美しく優しいというだけで、こいつが片思いなんてするわけがない。
興味ないという判定から何が起きたら片思いなんて状態になるというんだ。
「拓也も聞いたことあるだろ? 氷上さんの噂」
「ああ。冷たい笑みで振られるってやつだろ?」
その噂は有名すぎる。それが元でこんな氷姫なんてあだ名を氷上舞姫は付けられてるわけだし。
と思ったら、浅葱は目を瞬かせた後に、急に笑い出した。
「ぷっ、くく、はははっ!」
笑い顔も様になるのはイケメンの特権か。
そして、なんで急に笑い出したのかすら分からない。
「なんか変なこと言ったか?」
「ごめんごめん。まさか拓也がこんな噂を知らない程度にぼっちだとは思わなくて」
浅葱は困惑する俺に説明を入れてくる。
どうやら新しい噂とやらが生まれてたらしい。……全然知らなかった。
めちゃくちゃ馬鹿にされてるが、知らなかった以上、あまり反論が出来ない。
でも、ウザいので軽く蹴ろうとしたら当たり前のように避けられた。運動神経の差って残酷!
「それじゃあ、その噂ってなんだよ」
負け惜しみがてら睨みながら尋ねると、浅葱はその噂とやらを語り出す。
「ああ。氷上さんに告白をした男子からの話なんだけど、告白した際に言われたらしいんだよね」
その噂は本当であれば確かに面白いが、荒唐無稽な与太話のようで、本来なら噂にすらならないようなものだった。
それでも噂になるのは氷上の人気の高さによるものなのか。
いや、それは今はどうでもいい。
その氷上が言ったという噂。デタラメにしか思えない話。
けど、もし彼女が本当にそんなことを口にしたのなら。
もし、彼女が──。
テストはつつがなく終わり、帰りのHRが始まる。
教壇には今年から赴任してきた若い女性の先生。
2-Cのクラス担任の
長い茶髪を下の方で結んでいて、顔には眼鏡をかけている。
元々は違う先生がうちのクラス担任だったのだが、その先生は5月ごろに急死してしまった。
話によるとお酒の飲み過ぎによる急性アルコール中毒だとか。
突然の知らせに驚いたが、担任になってからそこまで経ってもおらず、あまり関わりのなかった先生だけにそこまで悲しむ者はクラスに居なかった。
それどころか、この新しい真白先生は、優しく美人ということで人気が前の先生よりも高い。
数学の答えを間違えたり、連絡事項を伝え忘れる以外はいい先生だと思う。
「明日は試験最終日だけど、気を抜かないで取り組んでくださいね。私が頑張って作った数学のテストもあるので期待してます!」
優しそうな笑みを浮かべる真白先生は生徒からしても親しみやすいのだろう。
「せんせー! 明日の数学の試験の出る問題教えてー!」
クラスの中でお調子者の男子がそんなことを大声で口にした。
んなもん教えれるわけないだろ。
「そんなの教えれるわけないでしょー」
やはりというか、困ったような表情で真白先生が答えると、男子生徒は神にでも頼むように手を合わせる。
「少しだけ! ヒントだけでいいから!」
「えー、うーん……、そうだなぁ。じゃあ、授業中に教えたところ!」
それヒントになってないじゃん……。逆に授業中に教えたところ以外出てきたらキレるぞ。
男子生徒も「それはないよぉ〜!」と叫ぶ。それでクラス中が笑いに包まれた。
普段なら俺も周りに釣られて笑っているところだが、今日はそんな気になれず、視線をこっそりと後ろの氷姫こと、氷上舞姫に向ける。
彼女も他のクラスメイトと同じく、口元を押さえてクスクスと笑っていた。
その所作は上品で、彼女のイメージそのもの。
だからこそ、浅葱から聞いた氷上が言ったという言葉が信じられなかった。
『異世界転生を知っている?』
彼女が告白された後の開口一番がこんな言葉だったそうだ。
急にそんなことを言われて、告白された男子はえらく困惑したらしい。
当たり前だ。俺でも驚く。
普通なら馬鹿にされてるのかすら思うかもしれない。
そして、そんな男子の反応を見た彼女は、そんなことを言ったのが嘘のように、優しい微笑みを浮かべて告白を断ったとか。
そんな話を聞いてから彼女が気になって仕方がない。
おかげで朝から何度も盗み見るなんて、片思い中の男子ムーブをしてしまってる。
浅葱のことストーカーなんて思ったが、あいつのこと言えなくなっちゃったよ……。
氷上がオカルト好きというなら何も問題はない。
告白された際にそんなこと言うのは問題かもしれないが、俺には関係ない話だ。
出来ればそうあって欲しいとすら思いながら、彼女の観察を朝から行っていた。しかし、今のところ何一つ結果を得られていない。
つまり、噂のことを言ったとは到底に思えないということだ。
ただのデマという方がよっぽど可能性が高そうだな……。
それならそれで別にいい。
テストにあまり集中出来なかったせいで、今日の科目の点数が少し悪くなりそうだが、それぐらい些細なことだ。
「はーい。それじゃあ気をつけて帰ってねー。あんまり寄り道はしちゃダメよー」
試験期間ということで大した連絡も無かったのだろう。
真白先生からのそんな定型的な言葉があった後、帰りのHRは終わってしまった。
クラスメイトが思い思いに荷物を手に取って教室から出て行く。
試験期間中ということで部活もないからほとんどの生徒が真っ直ぐ帰ることだろう。
俺も帰るか……。
機嫌が直っていれば、きっといつものように香織が玄関のところで待っているはずだ。
別に約束しているわけでもないが、あまり待たせると怒られる。それでまた不機嫌にさせる必要もない。
カバンの中に筆記用具なんかを詰め込んで立ち上がる。
「ねぇ、櫻木くん」
唐突に、俺が帰るのを見計らったかのように声をかけられた。
「え?」
凛としていて、透き通った綺麗な声。
それは、俺がよく後ろの方から聞く声で……。
「よかったら、一緒に帰らない?」
俺が観察していた氷姫、氷上舞姫は柔らかく微笑んだ。
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