第16話 人知れず事件は終わりを迎える

 目を開けたら、夜空があった。

 吸い込まれそうな暗闇をぼーっと眺めて、おずおずと手で自分の頭に触れる。

 ちゃんといつも通りの形を保っていた。その事実にほっとする。


 あの感覚的に間違いなく頭が弾け飛んでいたからな。

 そこまでの損傷は初体験だったが、ちゃんと生き返れたようだ。


 重くなった身体を起こす。

 頭が破裂するなんて死に方をした反動か、体調がかなり悪い。


「本当にこれ慣れねぇな……」

「その割には躊躇いがなかったようだけれど」


 漏れ出た言葉に、返事がきた。

 その相手を見ると、見下ろすようにして氷上が冷たい視線を俺に送ってきていた。

 なにその視線。生き返ったばかりなのに、また永久凍結しそう。


「まさか、あの場で本当に自殺するなんて思わなかったわ」

「自殺はしてないだろ。生きてるし」

「死んだわ。普通の人間なら」


 やめろよ。それじゃあ俺が普通の人間じゃないみたいだろ。

 頭破裂させて生きているなら普通じゃないか。


「異世界不適合者って話じゃなかったかしら?」

「嘘はついてないだろ」


 俺は異世界不適合者だ。加えて、どんなバグなのか、チート能力を持っているというだけ。

 チート能力といっても、肉体の再生能力が異常に高いだけだが。


「だから、スライムに寄生されていても生きていたのね。脳を食われたらすぐに再生させて」

「スライムからしたら楽園だろうな。無限に餌が出るわけだし」


 そのおかげで頭痛は酷かったけど。

 恐らく最初にこの公園で襲われた時点で俺は一度死んでいた。金属バットで思いっきり殴られたのだから当たり前といえば当たり前だが。

 だから、あの後の頭痛も、生き返った時の副作用、または再生がいつもより遅い程度に思ってしまっていた。


「なぜ隠していたの」

「それは……」

「なんて愚問ね。魔女に対して心を開かない。正しい判断よ」


 珍しく褒められた。けど、全然嬉しくない。だって、そんなこと考えてなかったし。勝手に納得しないで欲しいんですが。

 今更、この能力嫌いだから言いたくなかっただけ、なんて子供っぽい理由を口に出来なくなっちゃったじゃねぇか。


 気まずさで視線を逸らすと、その視線の先にあったベンチに佐藤が寝かされていた。


「佐藤とスライムってどうなったんだ?」

「佐藤さんなら貴方のおかげで無事よ。脳の損傷もほとんどない。回復魔法で修復できるレベル。もう少しで目を覚ますでしょうね」


 安堵の息を漏らす。

 良かった。あれだけやって救えてなかったら詐欺もいいところだ。


「スライムは?」

「スライムの方は貴方の自爆に巻き込まれて四散したわ」

「ちなみに俺って頭破裂した感じだよな」

「ええ。頭から氷塊が突き出して一瞬で吹き飛んでたわよ。おかげで後片付けが大変だったじゃない」

「それは先に謝ったろ」


 不満そうな顔をした氷上だが、疲れたようにため息を吐いた。


「貴方が不死者だと知っていたならもっと上手いやり方もあったのに」

「例えば?」

「こっそりと近づかせてからの人間爆弾とか」

「言わなくてよかったと心の底から思ってる」

「冗談よ」


 冗談に聞こえなかったんですが。冗談ならもっと笑えよ。ガチトーンだったろ今の。


「ところで、その能力はいつから?」

「事故に巻き込まれた日だよ。あの日から身体の再生スピードがおかしい」


 トラックの事故に遭って崩壊した肉体。それを修正する上で、肉体を再生するために女神与えた力か何かだろう。

 この能力を持っているということが、見た女神の空間が夢でも幻覚でもなく、最悪な事実であるということを証明してきた。だから、この能力は嫌いだ。


 そして、あの日から風邪なんて引かなくなったし、怪我しても少ししたら治るようなってしまった。おかげで幼馴染の看病イベントが発生しない。やっぱり、この能力嫌いだわ。


 寝なくても健康体で、ご飯食わなくてもお腹は多少空くが生きていける。

 睡眠時間が減ったおかげで、活動時間が他の人よりも長い。それによって、勉強時間は伸びてしまって成績上がっちゃったし、試験前に完徹してプロット書くなんてことも余裕で出来るようになってしまった。


 ただ、上がっているのは肉体の再生速度、要は健康体になりやすいというだけなので、運動神経は大したことない。

 めっちゃ走ったら息上がって脚は重くなる。それの回復が早いだけ。

 また、死ぬほどの重い傷となると、後遺症が残りその回復にも時間がかかるせいで、今みたいに身体は重いし、頭も痛いなんて事態になりやすい。


 チート能力ではあるのだろうが、かゆいところに手が届かない。欠陥品もいいところだ。


 そんな説明を聞いて、氷上は興味深そうに目を細めて俺を観察する。


「出来れば解体させて欲しいくらいなのだけど」

「断固拒否する! 虐待反対!」

「でしょうね。またの機会にするわ」

「そんな機会が来る予定はねぇよ!」


 どこまでなら復活するのかとか、切断された腕はどうなるのとか、気になる要素はあるが、そんなことのために自分自身を実験台になんて死んでもしたくない。


「面白かったわよ。残った首から徐々に風船が膨らむみたいに顔が作られていって」


 にっこりと笑う顔が怖い。

 こいつにはあんまり近づかないようにしよう。気を抜いたら拘束されて、なんて未来が容易に想像できた。


「ともかく、これで事件解決だろ」

「ええ。そうね。お疲れ様。後処理はこちらでやっておくわ」

「後処理?」

「佐藤さんのことよ」


 そうだった。

 佐藤は昨日から家に帰っておらず、学校にも行ってないんだった。

 スライムのせいなんて言うわけにも、広めるわけにもいかない以上、誤魔化す必要があるのか。


「どうするつもりなんだ? 記憶の改竄でもするのか」

「ええ。そのつもり」


 そういうことなら後は氷上に任せよう。俺に出来ることなんてないだろうし。

 スライムが寄生していないなら、彼女が佐藤を殺す理由もないので、大丈夫なはずだ。


「じゃあ、後は頼むわ。俺は体調悪いから帰る」


 家に帰ったら久しぶりに長時間の睡眠が出来そうなくらいに身体は重い。

 ベンチから立ち上がると、ふらつきそうになった。


「どこに帰るつもりかしら?」

「あ? それは家に決まってるだろ」

「それなら、上手い言い訳を考えた方がいいわよ」


 言って、氷上はスマホを放り投げてきた。慌ててキャッチする。なんかめっちゃ見覚えあるケースなんですけど。


「おい、これ俺のじゃねぇか」


 なんでお前が持ってるんだよ。


「神里さんから連絡が来ていたわよ」


 着信履歴を開けば、そこには香織の文字。

 俺が死んでいる間に香織から連絡がかかってきていたらしい。


「……もしかして、出たのか?」


 まさかそんなと思いつつ尋ねると、氷上は頷いた。


「なんでだよ!」

「行方不明で警察に連絡なんてされたら面倒だもの」

「それは、そうかもしれないが……」


 だからって出るか普通。


「ちなみに香織からはなんて?」

「なんで帰ってこないのかってことだったわよ」

「それになんて返した?」

「私の家に泊まるからって」

「だから、なんでだよ!」


 警察に通報されるより面倒な事態になってるじゃねぇか!

 じゃあ、香織は今、俺が氷上の家に泊まると思っているってことか。なんでそうなった。間違いなくおかしいだろ。


「やだ、帰りたくない……。怖い……」


 上手い言い訳も思いつかないし、言い訳なんて使ったところで最悪な事態を迎える気がしてならない。


「香織さんの記憶を改竄してあげましょうか?」

「……ふさげんな。それやったら絶対に許さないからな」


 どんな理由があってもそれは使えない。

 香織を異世界の何かなんかに関わらせたくない。


「俺が氷上の家に泊まる理由を考えないといけないのかよ……」


 なんて難問だ。今回の事件よりよっぽど解決できそうにない。

 頭を抱えそうになっていたら、氷上がクスリと笑って近づいてきた。


「理由なんて、簡単よ」


 少しだけ背伸びをして、俺の首に腕が回される。

 え、なに、これ。どういう状況!?

 目の前に氷上の整った顔があって、彼女の息遣いすら聞こえてくる。


「私と貴方が付き合っていることにすればいいのよ」


 顔が触れ合いそうなほど近い距離で、彼女はゆっくりと甘く囁く。

 付き合う、俺と氷上が……。


「櫻木くんが望むなら、私は構わないわよ?」


 綺麗な瞳で見つめられる。

 月明かりに照らされる彼女の顔は相変わらず、怖いくらいに綺麗で、幻想的だった。

 口の中で色んな言葉をこねくり回して、大きく息を吐いた。


「……氷上、それ冗談だろ」

「ええ。もちろん」


 だから、冗談はもっと冗談らしく言えよ。軽く心臓爆発するかと思ったわ。

 腕を離して、クルリと回った氷上は、佐藤へと近づく。


「さて、狸寝入りしているお姫様。私たちも帰りましょうか」


 氷上が軽く声をかけると、佐藤の肩がびくりと跳ねた。

 どうやら佐藤はいつの間にやら起きていたようだ。全然気づかなかった。俺の周りの女子、演技力高すぎない?

 ゆっくりと瞳が開かれて、おかなびっくりといった様子で身体を起き上がらせる。


「気づいてたんだ……」

「ええ。こっそり盗み聞きするのは感心しないわよ」

「ご、ごめんなさい」


 律儀に頭を下げる佐藤。

 わかるわかる。氷上の圧凄いから、つい謝りたくなるよな。


「とりあえず、私の家に来てもらえるかしら」


 佐藤はその言葉に、困惑するようにして呟く。


「……記憶、消すの?」


 そこも聞かれていたのか。いつから起きてたんだよ。


「消されたくない?」


 氷上の問いに困ったように視線を彷徨わせて、俺を見る。

 えー……、こっち見ないで欲しいんですけど。


「……少し考えさせて」

「構わないわ。貴女の記憶だもの。けど、この2日間の話は合わせてもらうわよ」

「うん。わかった」


 頷いた佐藤は立ち上がる。


「……話がまとまったところで悪いんだが、俺はどうすればいいんだ?」

「家に帰るんじゃなかったのかしら?」

「お前のせいで帰れないんだよ!」


 もっとマシな理由を香織に告げておいてくれれば良かったのに!

 氷上の家に泊まるなんて話になっていて、どうやって自宅に帰れと言うんだ。


「何がそんなに不満なの? ……ああ、私の家に置いてある貴方の荷物のこと? それなら一度取りに来る?」


 そういえば鞄を氷上の家に置きっぱなしだ。それも取りに返らないと……じゃなくて!

 わざとらしく誤魔化してくる氷上を睨みつけてから、諦めて肩を落とした。


「……荷物取ったら近くのネカフェにでも行くよ」


 色々と考えはしたが、結局これが最適だ。香織への言い訳は長い夜の間に考えるしかない。


「氷上さん、流石に櫻木くんが可哀想じゃない?」

「大丈夫よ。佐藤さん。櫻木くんなら氷点下の中で寝たとしても生きていけるから」

「いや、それ最終的に生きているだけだからね。絶対何回かは死ぬからね」


 佐藤と氷上の俺に対する温度差が酷い。

 ついさっき会ったばかりの佐藤の方が優しいってどういうことだよ。

 少し考えるように顎に手を添えてから、氷上は渋々と言った様子で告げる。


「仕方ないから、なんとかしてあげるわ」

「なんとかってどうやって」


 氷上はスマホを取り出すと、どこかに連絡を取り始めた。


「あ、神里さん? 氷上です。夜分遅くにごめんなさい」

「おい、待て!」


 電話相手、香織かよ!

 余計にややこしくなる気しかせず、止めに入ろうとした瞬間、目の前に壁ができた。

 横を見ても後ろを見ても氷の壁。閉じ込まられている。氷の檻だ。

 感心したように佐藤が氷の壁に触れる。なにか喋っているようだが、よく聞こえない。


 あいつ、さては防音魔法も追加で貼りやがったな……!


 先程みたいなツララとかであれば、傷つくことを覚悟すれば、無理矢理に進めるが、壁となるとどうしようもない。

 壁を叩くが、氷上には完全に無視されていた。

 少しして、話が終わったのか氷上はスマホをしまう。それと同時に氷の壁が消えた。


「はい。解決しておいたわよ」

「解決って何を……」

「帰ればわかるわ」

「1番帰りたくなくなる言葉じゃねぇか!」


 助けを求めるように佐藤を見ると、彼女は困ったように頬を掻く。


「多分、大丈夫だと思うよ」


 えぇ……。

 佐藤も大丈夫と言ったおかげで信頼度は少しは上がったが、それでも不安しかない。


「早く帰ったほうがいいわよ。魔法が解ける前にね」


 氷上は悪戯を仕掛けた子供ような笑みを浮かべていた。

 釈然としない思いだが、2人ともどうやらネタバラシをしてくれる気はないらしい。

 ここには敵しかいないのか。


「……わかったよ。それじゃあな」

「うん。またね」

「さようなら。櫻木くん」


 佐藤はともかく、氷上のさようならはこの世からのさようならって意味じゃないだろうな。

 事件は終わったのに、どうやら問題は山積みなようだ。それもこれも異世界転生者のせいだ。

 やっぱり異世界転生なんて二次元の世界だけでいい!

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