第17話 その出会いは偶然か必然か
氷上と佐藤の2人と別れ、帰路の途中。
脚が完全に止まってしまった。
家はもう目前。なのに、膝が震えてくる。
これが、圧倒的な恐怖……!
「やっぱりネカフェ行った方がいいな。うん」
気弱な心が逃げの選択肢を与えてくる。
しかし、よく考えれば鞄を氷上の家に預けたままで、その中に財布もあった。
スマホの中に定期券は入っているので電車には乗れる。それで氷上の家に鞄を取りに行ってもいい。ただ、そしたらなんで来たの? って顔をされるのは明白だ。
つまり、野宿!それしかない!
こんなに家に帰りたくないと思う日が来るとは。家出少年か何かかよ。
バレないように自宅な様子を眺める。不審者感がやばい。近所の人に通報されないか心配。
俺の部屋に電気がついていた。香織は俺の部屋にいるようだ。
鍵すらも鞄の中なので、香織が居ないと家に入れない。それに、もしかしたら俺が帰ってくるのを待っているかもしれない。だから、とっとと帰った方がいい。
頭では理解しているのに、勇気がイマイチ出せない。
なにせ、香織とは一応喧嘩中なのだ。
しかも、先程、香織からの電話を一方的に切ってしまった。なにを言われるかわかったもんじゃない。
「どうやって、顔を合わせればいいんだよ……!」
誰かその答えを教えてくれよ。
星読みとかしたら答えでない? 星読みなんて出来ないけど。
「あれぇ、先輩じゃないですかぁ」
救いを求めて天を仰ぎ見た俺に、甘ったるい声がかけられた。
「……は?」
こんな遅い時間帯で、しかも交友関係が少ない俺に話しかけてくる女子なんて幼馴染の香織ぐらいだ。しかし、それは香織の声とは間違いなく違った。
だから、唐突に顔見知りのように声をかけられて困惑する。
「奇遇ですねー。もしかして、先輩も今、帰りですかぁ?」
顔を向けると、そこには小柄な女子が立っていた。
氷上を綺麗と評するなら、その女子は可愛いと言うべきだろう。
香織と似たような髪型。
ただ、こちらは香織よりも全体的に髪のボリュームがある上に、黒髪だ。背中くらいまで髪が伸びている。そんな髪を赤いリボンで、高めのツインテールにしていた。
先輩と呼んできたということは、うちの高校の1年生なのだろうが、ピンク色のスクールベストは見たことない。恐らく校則違反。
しかも、スカートもだいぶ短い。黒のニーソックスを履いていて、スカートとの間に絶対領域が展開されていた。
……なんで、こういう領域ってこんなに眩しいの? 眩しいのにめっちゃ見れちゃうけど。
しかも、一年生にしては、どこがとは言わないがだいぶ大きい。氷上程じゃないとはいえ、香織よりは確実にある。身長が高くないのも相まって、そこの大きさが印象的に写ってしまった。
そして、更に印象的なのはその声。
大盛りパフェに練乳かけた上に、追加でチョコレート絞ったみたいな声してる。甘すぎて吐きそうになるレベル。
「……だれ、お前?」
俺の知り合いに、こんなに甘さとあざとさMAXなやついないんですけど。ここまで印象的だったら流石に覚えてるわ。
間違いなく人違い。なのに、その女子は頬を膨らませた。
「ひっどーい! 先輩ったら、私のこと忘れちゃったんですかぁ!」
相手は俺のことを知っているような対応。
必死に頭を働かせたが、やはり心当たりはない。
そもそも香織以外の女性の知り合いなんて、限られてるつーの。
「人違いじゃないのか?」
「えー、だって、櫻木拓也先輩ですよねー?」
「あ、ああ」
その女子は俺の名前を知っていた。
なのに、こっちは全く記憶にない。少し不気味だ。
「確かに、櫻木だけど」
「ほらー! もう、忘れるなんて酷いですよー!」
怒ったような表情をしつつ、その子は一歩踏み出した。
つま先立ちになって、顔の距離を近づけてくる。
「私ですよ、
夢咲莉愛……。
覗き込んでくる瞳を見ていたら、そういえばと記憶が蘇る。
「……ああ、夢咲か。悪い。疲れてて頭が回ってなかった」
そうだ。思い出した。夢咲莉愛のことを。
俺の中学の頃からの後輩。あまり関わりが無かったが、高校一年の時に、こいつが落としたスマホを探してやったんだった。
そこから先輩なんて呼んでくるようになって、たまに話していた。
なんで忘れていたんだと思うような記憶。
頭が吹き飛んだ影響なのかもしれない。記憶喪失とかそんな設定、今更いらないつーの。
「もう、今度は忘れないでくださいね。それと、夢咲なんて他人行儀な呼び方やめてください。莉愛でいいですよ」
俺が思い出したことで溜飲を下げたのか、莉愛は可愛らしく笑う。
昔は夢咲と呼んでいたが、莉愛って呼べとせがまれてから莉愛って呼んでいたんだった。
「それで、莉愛はどうしてこんなところにいるんだよ。もうこんなに暗いし、危ないだろ」
女子1人にこんな夜道なんて怖くないのだろうか。
「言ったじゃないですかー。帰りですよー」
「帰りってこんな時間まで何してたんだ?」
「ふふっ、先輩ったらお父さんみたいですね」
お、お父さんみたい……!
なぜかわからないが、凄いショックを受ける一言だった。
クスクスと笑って、莉愛は鞄からスマホを取り出して見せてきた。
「さっきまでカラオケで、みんなと遊んでたんですよー」
スマホの画面には一枚の写真。
カラオケ店の室内で撮ったものだろう。
莉愛を囲んで5人の男子たちが、ぎこちない笑顔を向けている。
その男子たちは制服を校則通りに着ていて、チャラそうな印象は受けない。だからこそ、その中で笑顔を向けてピースをしている莉愛がめちゃくちゃ場違い感があった。
一言で表すなら、オタサーの姫。
「いい人たちで、とっても楽しかったです!」
満面の笑みで言う莉愛。
「それならいいけど、あんまり遅くならないようにしろよ。親が心配するだろ」
「はーい。でも、先輩こそこんな時間にどうしたんですかー?」
「俺は、……ちょっと運動してんだよ」
スライム倒してましたなんて言えるわけもない。
俺の嘘に、莉愛は感心したような表情をした。
「へぇー、ダイエットですか?」
「いや、違うけど」
「ですよねー。先輩、痩せてますし」
ツンツンと俺のお腹あたりを突いてくる。
その距離感近い行動。勘違いする男子が出るから辞めろ。
そんなことを思ったら、莉愛は笑みを深めた。
「私、先輩になら勘違いされてもいいですよ?」
「……もしかして、声出てた?」
「ご想像にお任せします」
悪戯な笑みを浮かべてから、莉愛は唇に人差し指を当てて、秘密のポーズを取る。
「さっきの言ったことは、先輩だけなので、他の人には内緒にしてくださいね」
語尾にハートをつけてそうなほど、あざとさと可愛さを兼ね備えた言葉。
莉愛は自分の可愛さの魅せ方を理解している女子だった。
頬が赤くなりそうになるのを誤魔化すために、明後日方向を見ながら話しかける。
「莉愛の家どこだっけ? 遅いから送るよ」
こうやって1人夜道を帰る後輩を見かけた以上、放っておくことは出来なかった。
「えー、いいんですかぁー! 先輩、やっさしー! そういうとこ、好きですよー!」
目を輝かせた莉愛だったが、少し考えるように顎に手を添える。
「けど、いいんですかー。先輩、なにか用事あるんじゃ」
「用事? あー、まぁ、ちょっとな」
後ろにある我が家で待つであろう幼馴染を思って、歯切れが悪くなった。
「ほら、やっぱりー。なので、先輩の好意は嬉しいんですけど、今日は遠慮しておきます! 私の家、この近くなので大丈夫ですよ」
「そうか。悪いな」
本人が大丈夫だと言うのであれば、俺がこれ以上申し出る理由もない。
少し心配ではあるが家が近いというならと、引き下がる。
「代わりに今度、放課後買い物に付き合ってくださいねー」
「いや、なんでだよ」
その交換条件はおかしいだろ。
「いいじゃないですかー。可愛い後輩からの我儘ですよー!」
「可愛いって自分で言うやつは可愛さ半減するんだよ」
「それでも可愛い莉愛ちゃんなのでした」
ドヤ顔すんな。間違ってないけど。なんなら、そのあざとさが一周回って可愛く感じなくもない。
「だめ、ですか……?」
一転させて、目を潤ませながら尋ねてくる。
だから、そういうのはズルいんだって……。
「……わかったよ。買い物だけだしな」
それぐらいなら香織に何度も付き合わされてるから慣れてる。
「やったー!」
飛び跳ねるように喜ぶ莉愛。その度に胸元の大きな果実が揺れていた。
正しい選択をしたと数秒前の俺を褒めてやりたい。
「それじゃあ私は帰りますね。買い物の件、約束ですよー。楽しみにしてますねー! 破ったら許しませんからねー!」
「わかってるよ。気をつけて帰れよ」
「はーい。先輩も気をつけてー!」
「俺んちは莉愛の家よりもすぐだよ」
だってほんと目の前にあるんだから。苦笑しながら歩き出した莉愛に手を振ると、彼女も満面の笑みで手を振り返してくれた。
彼女の背中が見えなくなるまで見送った後に、我が家に向き直る。
莉愛のおかげでちょうどよく緊張が解けた。
家の前まで行って、軽く息を吐いた後に、玄関の扉に手をかけた。
* * *
真っ暗な夜道をスキップするように歩く。
櫻木拓也先輩。
口の中で呟いて、転がした名前は非常に心地よい。やっぱり、あれは良い人間だ。
頬が緩みそうになるのを抑えながら歩いていると、目の前から男の人が歩いてきていた。
片手にコンビニの袋、もう片方の手ではスマホを持って、画面を操作しながら歩いている。
クスリと笑って、少し早足になった私は、わざと彼にぶつかった。
「きゃあっ!」
大袈裟に倒れてみる。彼の持っていたスマホも地面に落ちた。
「えっ、あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
その男の人はメガネをかけた好青年といった感じで、恐らく今の私よりも年上。
「私こそごめんなさい。ちょっとふらついちゃって」
立ち上がらせて欲しいと、手を差し出す。男の人は少しだけ戸惑ったようにしてから私の手を取ってくれた。
しっかりと彼の手を握りしめて立ち上がる。
その際に彼の視線が私の胸元に向いたことを見逃さなかった。
「ありがとうございます!」
「い、いえ……」
可愛らしい笑顔を意識しながらお礼を言うと、彼は少し顔を赤くしながら、落としたスマホを拾った。
「あ……」
その画面は勢いよく落ちたせいで割れてしまっていた。
「ごめんなさい! 莉愛のせいで!」
「いえ、僕も不注意だったので」
少し残念そうな表情をしている。
私はとても申し訳なそうにしながら、彼のスマホを持つ手を取った。
「責任、取ります! 」
この年齢にしてはよく発育してくれた胸に、彼の手を押し当ててあげる。
真っ直ぐに瞳を見つめてあげると、彼の瞳が揺れて、生唾を飲む音が聞こえた。
脳まで蕩けるように甘く囁いてあげる。
「莉愛に出来ることなら、なんでもしますから」
「な、なんでも……」
その後、小さく口にされた彼の提案に、私は心の中で笑みを深める。
「でも、それは……」
困惑したようにしてから、潤んだ瞳で彼のことを見た。そして、意を決したように呟く。
「……家に行くだけならいいですよ?」
か弱い小動物のような表情を作ってあげた。
彼の心に渦巻いた小さな小さな欲望が爆発するように。
「も、もちろんそれだけでいい!」
「はい。それじゃあ、約束ですよ」
少し早口気味に返答した彼に笑顔を向けると、彼の手が私の肩に触れた。
ちょっと乱暴なそれに少しだけ顔を顰める。
既に意識は家に帰った後のことにしか、関心がないのかもしれない。
まぁ、そう仕掛けたのは私なんだけど。
これで、今日は6人目。やった。大漁だ。
それから約30分後、私はまた1人夜道を歩く。
月に照らされた道を踊るように歩きながら、口元を舐める。
少し薄味だったけど、十分に美味しかったですよ。お兄さん。
けど、ダメじゃないですか。
家に行くだけって契約なのに、それを破ったら。
そんなことしたら、悪魔に魂を食べられちゃいますよ。
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